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中村文則さん『掏摸(スリ)』読書感想

この本は、軽い気持ちでスリをやっていた青年が、スリの腕を見込まれ大きな仕事を手伝うようになり、悪に飲み込まれていく話です。

スリというのは、街中で人にぶつかったりした隙をつき財布をとる、盗みの一種ですね。

中村文則さんは人間の「悪の部分」を描くのが上手い作家のひとりであり、この話も読む側が暗い世界に入り込めるよう、多くの工夫がなされた小説だと思います。

あらすじを書いていくと、スリの腕が抜群にいい青年が街中で財布を盗りながら、自堕落に暮らしていましたが、青年のスリの腕を見込んだ暴力団など裏の組織とつながりのある人間に目をつけられ、一緒に強盗をはたらくようになります。

あるとき青年は、小さな子供がスーパーで盗みをしているところを目撃し「こんなことは辞めたほうがいい。ばれている」という忠告をします。子供は「親に盗ってこいと言われている」と返答します。子供が置かれている状況に青年はやるせない気持ちになります。青年は、子供の境遇を自堕落な自分に重ね合わせ、子供を救いたい目線で見ていたのでした。

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そんな日々の中、青年は、若い愛人と過ごす金持ちの老人の家に忍びこみ、老人を脅し金庫を開けさせ、金を何千万と盗むことに成功します。仲間の一人が、ほかの仲間に合図をし、一人現場に残ったまま、青年は逃げます。強盗は成功し、夜の街を見ながら青年は安堵します。

この小説では、子供と話すシーンで「昔バリントンというやつがイギリスにいた。貴族のパーティに呼ばれて、金持ちから散々スッた。スリのためのそういう道具を自分で作って、使いこなしたんだ」と、スリが段違いに上手い外国人の話をしたり、スリの細かいやり方を少年に説明したりする内容が入ります。そういった内容を盛り込み現実感を持たせることにより、読者が物語に入り込みやすいように工夫されているのだと感じました。

青年が強盗をした翌日、テレビに目を向けると、青年が強盗をはたらいた家が映し出され、政治家である老人は亡くなったというニュースが流れます。青年は強盗をした仲間が政治家を殺したことに驚き、震えが止まらなくなりますが、すぐ別の仲間から次の仕事を依頼されます。

その仕事は段違いに難しい仕事で、青年は悲痛なラストに向かっていきます。

この本の著者である中村さんは、別の著書『自由思考』に「少年院の先生である法務教官を目指していた時期がある」と書いています。つまり、児童犯罪を犯した人の更生を手伝う仕事を目指していた時期があるそうです。

中村さんは作家を目指すことを決めたとき、2年作家を目指してだめなら就職しながら作家を目指そう、と思ったそうです。中村さんは人生において「興味があるのは文学で、社会的興味は少年犯罪だったため、作家になれなくても、少年犯罪を少しでも減らすために生きるのも美しい」と考えたことを『自由思考』に書いています。そして、試験に合格した知らせと、大きな小説賞の最終選考に残り編集者に会ったのが同時期だったそうです。そしてそのまま作家になりましたが、そういった「少年犯罪に興味があり、それを減らしたい」といった中村さんの考えがそのまま小説に生きているのを感じました。

少年犯罪は確かに気になる分野のひとつなので、そういった本を読んでみるのも面白そうです。

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