国語(現代文・古文漢文)を学ぶ意味とは、私たち日本人としてのアイデンティティを確認することにある

上記、別のブロガーさんの記事。将来、国語教師を目指しているとのこと。全文読みました。若いのに、ご立派な方です。

完全に賛同します。昨今のグローバリゼーションにより、古文漢文よりも英語を勉強するべきだとの意見が多くあります。確かに、ビジネスだけを考えたらそれも正しいのかもしれません。

しかし、古文漢文も含めて国語教育とは、日本人としてのアイデンティティを再確認するために必須なのです。紫式部、清少納言など、多くの昔の日本人が書いた作品、それも1000年も昔の作品がいまだに読めることは、私たち日本人にとっての宝物です。これは、GDP(お金)でははかれないものです。pricelessな価値なのです。これからの世代である子供たちにどんな日本を残したいか?その一つが古文漢文だと考えます。

アメリカ人は、古典英語を読めない人がほとんどらしいです。かわいそうに、彼ら彼女らは、自分たちのアイデンティティがよくわからないのです。

はっきり言いますが、本当の売国奴とは、リベラル派(ハト派)のことではなく、このように日本人としてのアイデンティティを軽視、いや、抹消しようとする輩のことです。保守はそういう輩と戦わなくてはなりません。福田恆存氏も保守思想を体現した文化人ですが、彼も「私の国語教室」という本を書いて、旧仮名遣いなどの大切さを訴えました。ただ、勇ましく国防を訴えるだけが保守ではないのです。もちろん、わが国の領土も絶対に大切ですが、日本人としての精神を失ったならば、それはもはや日本列島に住む別の民族だと考えます。

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