余命一年である。 先程、神に宣告された。 ほう、そうか、とうなずいた。 余は驚かなかった。なぜといって、そんな気がしていたからである。有り得るな、と。 特に前兆などはなかった。強いていえば、左膝が痛かったくらいだろうか。 なんとなしに心の準備はできていたのである。もうそろそろではないかと思っていたところだ。そんなとき、曇天の道すがら神とすれ違った。すれ違いざま、ぼそと「余命一年である」と囁かれた。そして余は「ほう、そうか」とうなずいた。ヤクの取り引きのような一連の
わたくしは一九八六年五月二九日八時一五分に生まれました。体重二二六〇グラムの未熟児でありました。親が頑張って育ててくれたおかげで、現在までなんとか生き長らえております。よう頑張ったと思います。わたくしは三十八年生きたことになります。人生の半分は生きたでしょうか。短かったような長かったような心持ちでございます。わたくしはなにごとも遅い人間であります。結婚したのも三六年目のときでした。結婚式は挙げておりませんでしたが、矢張り挙げておきたいと思いたち、三八年目の六月にどうにも恥ず
なにかを忘れているような気がする。なにかは思い出せない。きっと大切なことだと思う。 こういうのはちょっとしたら思い出すものだ。だから忘れた気がすることを忘れてみよう。もやもやしてても仕方がない。 忘れたことを忘れる。 ちょっと散歩でもしてくるか。 ここはどこですか? 道だ。 道を歩いている。道は舗装されコンクリートで歩きやすい。舗装されてなくて砂利道だったらじゃりじゃりして煩いと思う。 ぼんやりしてた。 なにも考えられない。 なにも考えたくない。 記憶障
チョコレートの香りがするときは調子がよい。そんな気がした。 ふと、地面を見ると土の色が茶色だ、と思った。チョコレートを連想し匂いまで香った気がしたが、さすがにそれはなかった。調子はすこぶるふつうである。 目線を横に逸らすと鬘を被ったような模様の猫がいた。白毛の体に鬘みたいな部分は黒髪である。体型はふっくらとしておりふてぶてしさを感じる。すこぶるかわいい。 猫という生き物は無類にかわいいものだ。ダ・ヴィンチが完璧な生き物といったとかいわなかったとか。 カツヲ。 無意
辞めても遣つてしまうこと を続けてゆく もう遣りたくないなら辞めればいい また遣りたくなつたら遣ればいい あなたはそれを遣り続けるのだから それがあなたの遣ること いつでも遣りたくなったら遣ればいいよ
箒に乗りくうに舞う 姿は陰 見えない黒ずくめ ひらひらと舞う 星が迸り 一条の黄色となり 肩には黒猫 聲が消え 本物の魔女になる
風が吹いている。鳥山さんは風を食べた。美味しかった。心地のよい味がした。苦くはなかった。 きっかけは風を食べると風のように足が速くなると先輩にいわれたからだ。鳥山さんはとっても足が速くなりたかった。先輩は憧れの人でとっても足が速かったからなんでも先輩の真似をした。先輩が風を食べて足が速くなるといったから鳥山さんも風を食べ始めた。 先輩は五十メートル走を五秒で走った。有り得なかった。周りからなんでそんなに速く走れるの?と訊かれ、いつも風を食べているからと答えた。周りはそん
最後は笑顔だ。 とはいうもののそんなに上手くゆくわけがない。この世は厭なことに満ち溢れている。腹立たしい人間に限ってのうのうとのさぼって生きている。そんな人間ばかりだ。 腹が立って仕方がない。なぜこうも上手くゆかないのだ。不幸の星の下に生まれてしまった。どう足掻いても厭なことばかり起きてしまう。こうも上手くゆかないなんておかしい。 期待してるからいけないのかなと思う。凄く期待していると残念なことが多い。ちょっとしたことが眼につく。粗が見えてしまう。期待してない方がいい
どこの星のかも分からないカレーを食べた。初めは美味いのか不味いのか見当もつかなかった。 セメルは兎に角喰ってみた。 うん? 辛えー! 臭えー! 独特の香辛料が入っておりセメルの口に合わなかった。 ゲップをする度に苦手な味が口中に広がり最悪の気分だ。 臭みを取るためにAIに訊いても分からなくて、ニンニクの臭みの取り方で試してみる。ウーロン茶、緑茶、牛乳、蜜柑、林檎を試してみるも一向に臭みが消えない。 食べ物で失敗するとなにもかもやる気がなくなる。 くそう! お口
わたくしには記憶というものがございません。 「今」しかありません。 何も覚えられないのです。 「今」の連続で生きております。 温い部屋でわたくしは寝っ転がっております。とても清潔な部屋です、照明は明る過ぎないようオレンジ色の灯りです。 ここで、わたくしには記憶というものがございません、なのに、この文章がどう書かれているか、疑問に思われるかもしれません。 この文章は、わたくしが書いておりません。 代筆です。小宮山さんに書いて頂いているのです。と書いているのが小宮山で
あの空が究めて赤かったとき、わたしは泣いていました。空が赤かったからです。他の理由は特にありません。色に反応したのです。赤色に。赤色というのはわたしを泣かせます。一般的には泣く色ではないかもしれません。空が赤いということは夕焼け?朝焼け?でしょうか?正確には分かりません。もしかしたらどちらでもないかもしれません。太陽が昇るとき、太陽が降りるとき、なぜ空は赤くなるのでしょうか?人は美しさを感じます。空が赤いと美しいのです。しかし、わたしが見たのは、太陽の昇り降りではなかったと
よろこびの舞を舞ったのはいつぶりだろう。 家にジッショーくんがやってきたからだ。 吉行はSNSでなにげなくなにかをポチっていた。それはジッショーの公式アカウントでポチるだけで一名にジッショーくんが当たって、貰えるというものだった 吉行はそんなことは頭の片隅にもなくとっくに忘れていた。スマホがピロリンと鳴り、ん、と思ったら、ジッショーくん当選しました、とあった。ジッショーくん当選? ジッショーくん当選! 吉行は平板としたなにもない日々にどっぷり浸かっていた為、なんの
煌めきがカンっと鳴った。わちゃわちゃと虫達が這いずり出てきて、星々が祝福していた。 見上げると濃紺の夜空で黄色の点々が数多広がりこの世でないような気がした。 ジーギーは一際大きくカンっと鳴り響いた一つの星に耳を澄ませ星の方を見丁寧に丁寧に深くお辞儀をした。小さくありがとうと呟いた。星はニコっと微笑んだ。 頭を上げると綺麗な夜空は一変しており、どんよりとした灰色の星など跡形もなくのっぺりとしたコンクリートが広がっていた。ジーギーは困惑し、なんの反応よりも早く眼から涙が一
緑の空間で虚無の声が聞こえてきます。よく耳を澄ますと怖ろしい程の叫び声です。殆ど聞こえませんが。 山から風が振り降ろしてきてひんやりとした涙が零れ落ちました。舐めるものがい、ペロと舐めます。味は無味でなんのために舐めるのか分かりません。 怖ろしくなった正吉は見事なまでに笑いました。恐怖からくる笑いです。その途端に日が傾いてきました。きっと日の方も隠れたいのでしょう。 えいやさ、えいやさ、と遠方から聞こえてきます。巨人の声です。巨人がお餅つきをしております。速いです。と
心持ち寒い闇夜に紛れざあざあと雨が降っている中微かな違和感を感じている。 黒いレインコートを着大きめのフードに眼が隠れるか隠れないかくらいの隙間からどこか虚ろな眼が覗いている。耳はフードに覆われ雨の音も大きく周りの音が聞こえ辛い。そんな中キーキーキーと音が聞こえてきてなんの音だろうと訝しむ。 レインコートに雨粒がボトボトと当たり痛くはないのだが痛みを感じる。 灰雨時生の自転車は悲鳴を上げていた。 エス・オー・エスのサインであるがなんの措置もしてあげれることができず無
心臓が一鳴きする度に死へと近づいてゆく。死を怖れてはいない。心臓よ、鳴り響け。 心臓がもつ限り竜也は生きる。 竜也は莫迦だけど心臓の強さだけは自信がある。 心臓のみで生きている。 脳でなにも考えずに、ゆける、という雰囲気で行動してしまい、途中でヤバいと気づくも後戻りできず、ゆくしかない、やったる、という心臓で勝負している。その度に心臓は一鳴きする。 そよ風が吹いてきて、顔を一撫ぜし、ふわっと草みたいな匂いがした。地面は昨日の雨の水溜まりが残っている。空は蒼過ぎる。