お部屋探しは十生
よろこびの舞を舞ったのはいつぶりだろう。
家にジッショーくんがやってきたからだ。
吉行はSNSでなにげなくなにかをポチっていた。それはジッショーの公式アカウントでポチるだけで一名にジッショーくんが当たって、貰えるというものだった
吉行はそんなことは頭の片隅にもなくとっくに忘れていた。スマホがピロリンと鳴り、ん、と思ったら、ジッショーくん当選しました、とあった。ジッショーくん当選?
ジッショーくん当選!
吉行は平板としたなにもない日々にどっぷり浸かっていた為、なんのことか分からなかったが、その文字を見た十秒後に脳内麻薬が分泌され、わー!となった。
マジで! ジッショーくん当たったの!
吉行はこのよろこびを誰かに伝えたくて、けど誰に伝えればいいのか分からなくて、なんとなしにお父さんにLINEした。
お父さんには十年連絡を取っていなかった。
返事は十秒後にきた。
どしたあ!?
ジッショーくん! 当たった!
は?
だから、ジッショーくんが、当たったんだって!
ジッショーくん? 十年振りの連絡がそんなことかい!
お父さん。ジッショーくんだよ! そんなことて。ジッショーくんが当たったんだよ!
え、もしかして、マジで、あの、ジッショーくん?
だから、ジッショーくんだって!
うおおお! 凄えじゃん! マジ、ジッショーくん当たったんだな! 十年振りに連絡してくるのも無理ないか!
するする。ジッショーくん当たったら、するっしょ!
ところで吉行最近どうなの?
ジッショーくんが当たった。
え、ジッショーくん……、それは今でしょ、最近よ、最近どうなの?
だからジッショーくん当たった。
ん? のみ?
うん。のみ。最近はなんもないよ。これ、のみ。
無一文が宝くじ十億当たって人生大逆転やないかい!
急にお父さんがLINEからLINE電話に切り替えてきた。吉行はLINE電話に出、スピーカーにした。お父さんの声が部屋に鳴り響き、おめでとう、と聞こえた。涙声だった。お父さんは吉行のことを本当に心配していた。十年間連絡を取っていなかったが、心の中でいつも吉行大丈夫か、と思っていた。でもこれで安心だ。なんたってジッショーくんが当たったんだから。けどジッショーくんが家にくるまではまだ安心してはいけない。詐欺ってこともあるのだから。ジッショーくん詐欺は世界中に広まっていて、騙された人は数知れず、本当に当たるなんてふつうないのだから、詐欺かもしれない。
ありがとう。
吉行も泣いていた。
まさかジッショーくんが当たるなんて。人生捨てたもんではない。
吉行、SNSなんて信じちゃいけないぞ。あんなものは嘘ばかりだ。詐欺ばかりだ。騙されるぞ。あんなものは信用ならん。
でも、公式だから……。公式なら……。
は、公式か! なら本当の可能性あるな! 公式だもんな! いや、危ない、危ない。公式と見せかける巧妙な詐欺かもしれんぞ。
まあ、そうだよね……、ジッショーくんが家にくるまでは、俺もまだよろこべんよ。
でもよう。ガチで当たってたらよう。最高じゃねえか。人生乗り切ったも同然だぞ。しあわせな人生確定だぞ。がしかしだ。まだ油断ならねえ、本当だとしても、ジッショーくん目当てで寄ってくる女性には絶対に気をつけろよ! 女性はなによりもジッショーくんが好きだからな。お前が好きな女性とつき合えよ。ジッショーくんを持ってるお前が好きな女性じゃなくて、ジッショーくんを持っていなくてもお前のことを好きな女性とつき合うんだぞ。
分かってるよ。でも、俺なんかは、ジッショーくんの力がないと女性とつき合えないんだよ。たとえジッショーくん目当てでも、女性とつき合えたなら、それはよかったことにならないか?
まあな。ジッショーくん目当てだとしても、お前とつき合ってくれるのなら、そんな女性がいるのなら、それはそれでいいよな。お前とつき合ってくれるんだから。
だよな。絶対誰ともつき合えない人生だったからな。つき合える人生に変わるんだからな。凄いよ。ジッショーくんマジで凄いよ。
ジッショー・ドット・ジェーピーと軽快な音楽が聞こえてきた。お父さんのスマホから流れてきた気がして耳を澄ましたが、後ろからも聞こえてきた気がし、振り向くとテレビからジッショーのCMが流れていて、ジッショー・ドット・ジェーピーと音楽が流れていた。
お父さんテレビつけてる?
ああ。
今ジッショーのCMじゃない?
お父さんはテレビを見ると、わお!という顔をして、お前も見てんの?と訊いた。
凄えな。ジッショーくん当たってLINEしたらお互いのスマホからジッショー・ドット・ジェーピーて聞こえてきて、二人ともジッショーのCM見ながら、ジッショーくんの話してんだもんな。
奇跡だよな。
こんなことってあるんだな。
人生なにが起こるか分からんぞ。
お父さんも奇跡って起きたことあんの?
まあな。実はよう。俺もジッショーくん当たったことがあったんだよな。
え!? そうなの?!
で、お前の母ちゃんが、ジッショーくん目当てで俺とつき合ってくれた女性なんだ。
マジかよ!
ああ、マジさ。
おいおいおいおい。
お父さんもモテなかったからなあ。分かってたと思ってたけど。
ずっと疑問だった。謎が解けたよ。そういうことか。
だから、まあ、奇跡ってのは、あるのよ。起こせるのよ。みんな起こし方を知らないだけで。奇跡ってのは起こせるの。俺が身をもって証明してるわけ。まあまだ分からんけどお前もジッショーくんが取り敢えず当たったと。ジッショーくんが家にきたらもう奇跡確定な訳。
なんの前触れもなくLINE電話が突如切れたが、ここで切れるのが必然だったかのようなラストシーンだった。
それ以来お父さんからはなんの連絡もなかった。お父さんはしあわせな人生を送れたのか証拠はないが、ジッショーくんが当たったことがあったのなら、それはもはや証拠以上のことであり、お父さんは間違いなくしあわせな人生を送った、といえる。
ジッショー公式アカウントから連絡があり、本日発送し、明日到着します、ときた。はやい! そんなにはやいってことある!
吉行は信じるしかなかった。
騙されてもよかったはいい過ぎだが、本当にこの件に懸けていた。信じる度合いが異次元といっていい程常人には考えられない信じ方だった。禱りだった。私、世界平和禱ってるんだ、っていうカジュアルなやつじゃなかった。命の重さのある禱りだった。死を覚悟して生きる人の禱りだった。
待ち侘びた。
明日が百年にも感じた。
百年で利かない。
百年の禱りってものでもない。
千年。
明日は千年後だった。
千年の禱りだった。
一人百年生きるとして、十人分の人生の禱りを使った。吉行は人生を犠牲にし、人生を手に入れた。それでよかった。吉行はそれ程の仕打ちを受け、それ程のしあわせを手に入れることをした。権利が整った。神も許可した。
ピンポーンと鳴った。
午前十時。扉を開けると、ぬいぐるみの振りをした黒猫がジッショーくんを咥えていた。吉行は屈み、黒猫の頭を慈しむように撫ぜた。黒猫の口が緩み、吉行は撫ぜていた反対の左手で、ジッショーくんをなにげなく受け取った。
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