チョコレートの香り

 チョコレートの香りがするときは調子がよい。そんな気がした。
 ふと、地面を見ると土の色が茶色だ、と思った。チョコレートを連想し匂いまで香った気がしたが、さすがにそれはなかった。調子はすこぶるふつうである。
 目線を横に逸らすと鬘を被ったような模様の猫がいた。白毛の体に鬘みたいな部分は黒髪である。体型はふっくらとしておりふてぶてしさを感じる。すこぶるかわいい。
 猫という生き物は無類にかわいいものだ。ダ・ヴィンチが完璧な生き物といったとかいわなかったとか。
 カツヲ。
 無意識のうちにつぶやいていた。
 どうも髪型が磯野カツオだったからカツヲと口から零れたようだ。カツオではなくカツヲ。ヲである。すこぶるよい響である。
 近づくとどこかへいってしまった。また会いたいな。カツヲ。すこぶるかわいいよ。
 チョコレートの香りがした。どうやら調子がよいようだ。カツヲを見れたからだろうか。
 正直、なんでチョコレートの香りがするのかは分からない。フェロモン的なものなのだろうか。調子がよいときにチョコレートの体臭が発散され香ってくるのであろうか。その可能性はある。チョコレートは好きでよく食べているし。チョコレートを食べるとしあわせな気持ちになるし。
 しかし、科学的根拠があるものではないと考える。なんとなしに香ってくるのである。鼻腔にふわっと香るときがある。あれ、なんかチョコレートの香りがするぞって。面妖である。
 先程まで青空だったのに茶色い空になってきたぞ。チョコレート色の空。甘い香りが漂い溶けてきそうな空だ。顔にぽとりときた。雨か。いや、チョコレートである。空からチョコレートが降ってきた。ぽとりときた部分を手で拭い一舐めしてみるとやはりチョコレートである。すこぶる美味である。甘さが口一杯に広がりカカオの旨味がくる。
 チョコレートは貧しい地域のカカオ農家がこんなにも美味しく高価なものだと知らずに安い賃金でよくも分からず収穫していると聞いたことがある。搾取してこのしあわせを手に入れているのかと考えると申し訳ない気持ちになる。カカオ農家には見合う生活を手に入れて頂きたい。申し訳なさとともに感謝をしている。
 雨脚が強くなってきた。いやチョコレートが大降りになってきた。辺り一面は茶色いチョコレートに覆われた。ちょっとしたチョコレートの海である。チョコレートでべたべたになりながら泳いだ。ふと口に入ってしまうと甘い。チョコレートの香りが充満している。調子はよい気がするが、こんな状態で調子がよくても仕方がない。でも調子がよいに越したことはない。調子というものは肝要である。いつも調子がよければよいけれどいつも調子がよいってことはなくて悪いこともある。悪いことの方が多いかもしれない。悪いときにこそチョコレートを食べるといい。チョコレートはすこぶる旨いから気分を上げることができるから。
 遠くの方を見ると巨きな茶色い影が見える。すこぶる巨きい。ざぶんと音がする。ぷしゅーとチョコレートを周りに撒き散らしている。茶色い鯨だ。つやつやでつるつるの体をしている。少しとろけている。
 ちょっとしたチョコレートの海だと思っていたがチョコレートの雨量が洪水くらいでチョコレートの大海原へとなっていた。
 溺れそうになりながらも泳ぎが得意だったことが功を奏し慣れてくると楽に浮かぶことができる。
 みるみるうちに茶色い鯨が近づいてき、余りにもの巨大物に慄いていると、茶色い鯨はがばっと巨きな口を開き、喰われた。中は空洞になっているが、ぎっしり詰まっていないクリームパンのように、キャラメルの部分がある。チョコレートとキャラメルはすこぶる相性がよい。チョコレートとキャラメルをクッキーで挟んだお菓子がすこぶる食べたい。だってむっちゃ美味しいから。ニューヨークキャラメルサンドだ。まさかニューヨークキャラメルサンドが食べれるとは思っていなかった。一年に一回しか街に売りにこない貴重なお菓子。それが鯨の体内で食べれるとは思っていなかったのですこぶる嬉しい。骨がクッキーでできてる。内側の皮膚のチョコレートに体液のキャラメルを骨のクッキーで挟めばニューヨークキャラメルサンドだ!
 とんでもなくすこぶるよいチョコレートの香りがする。超超超調子がよい! 最高の空間だ! チョコレート万歳!
 絶好調も束の間、物凄い揺れを感じ、どろどろととろけ出した。茶色い鯨がぐにゃりと溶けた。物凄い量のチョコレートが覆い被さり窒息死を覚悟したが、なぜだか大丈夫だった。おそらく調子がよかったからだと思う。もし調子が悪かったらと思うと空恐ろしい。本当に調子がよくてよかった。チョコレートの香りがしたおかげである。
 チョコまみれの世界にいれば無限ループで調子よく生きていられる。チョコレートの雨に感謝。大歓迎である。空の色が茶色になりチョコレートの雨が降り茶色い鯨が現れ食われチョコまみれになった。すこぶる美味しくてすこぶるしあわせな世界だった。チョコレートさえあれば生きてゆける。世界がチョコレートになればいい。
 嘘のようにチョコレートの潮が引き、扉を開けるように外の世界を見ると、ぽつねんと一匹の猫がいた。
 カツヲ。
 呼びかけると猫は振り向き、特徴的な髪型を見ると、チョコレートのような茶髪になっていた。

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