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『ふつうの軽音部』3つの「ふつう」が映しだす鋭利な落差【#漫画の話がしたい】

前月に読んでおもしろかったマンガの感想を、翌月はじめに書くことにしている。「名刺代わりの〇〇メーカー」というものを使っているためとりあえず10選となるし、他にもおもしろければ、補足に書くこともある。

そんなわたしが2024年4月に読んでおもしろかったマンガは圧倒的に『ふつうの軽音部』だった。
いや他の作品もおもしろかったけれど、圧倒的にわたしに刺さったのは『ふつうの軽音部』で間違いない。今年読んだマンガのなかで上位に入ることもほぼ間違いないと思う。

とりあえずクソでか感情に任せてTwitter(現X)とかnoteを書いてみたものの、やはりなんだか納得いかない。腹におちない。

このnoteで書いたのは要するに細かい部分の「リアリティ」の素晴らしさであり、それがわたしに刺さっているという話だった。しかし、それだけがこの作品の魅力ではない、と思う。――でもそれがなんなのかわからない。
そんなもんもんとした日をすごして、でもやっぱりわからないからTwitter(現X)にて皆様に聞いてみた。

そして皆様のいろんな答えを聞いているうちに自分のなかに答えがまとまってきたのでここに記しておこうと思う。


結論からいうと、今作『ふつうの軽音部』の最大の魅力は「ふつう」を駆使して生まれる「落差」にある。そしてそれを生み出すため3つの「ふつう」が機能している

まず3つの「ふつう」の話からしていこうと思う。


①軽音部や学生の「あるある」を描く「ふつう」

まずはここから。学生であり軽音部というコミュニティにおける「あるある、あるよね~そういうこと」を描いている「ふつう」だ。

陽キャのひとたちに勝手にひけめを感じてしまったり、知らない子が自分の席に座っているだけで自分を卑下してしまったり。陰キャ学生の持つあるあるにあふれている。そしてそれは軽音部においても同様だ。
恋愛でバンドがころころ解散したり、好き勝手にきめた練習曲がなんだかしっくりこなかったり、適当にバンド名がついてしまったり。バンドを経験したことがある人にとって一度は経験したことのあるエピソードばかりだろう。

このあたりの描写はとってもリアルだし、主人公「はとっち」が好きな音楽や楽器などの小物からもそのリアリティが伝わってくる。これが最初にわたしが感じた『ふつうの軽音部』の「ふつう」の魅力だった。

しかし「ふつう」はそれだけにとどまらない。


②才能を見出される陰キャの主人公

皆様の感想で、いくつかいただいたのが「8話でやられた」という感想だ。

8話は視聴覚室にはとっちがギター片手にのりこんで、誰もいないことをいいことにandymori「everything is my guitar」を熱唱するお話だ。

はとっちはひとり無心に熱唱しながらも、むかし自分の声を否定されたこととか、家庭の危機のこととかが脳裏をよぎる。でもそんないろんな思いののった歌声はどこまでもまっすぐ、力強く視聴覚室を埋めつくしていく。
そんな歌声に作中NO.1策士である厘(りん)ちゃんに聞かれ、熱烈に執着されることになり、はとっちの運命は転がりだしていくのだ。

陰キャで目立たない主人公が、その隠れていた才能を見出される。そして物語が動き出していく。

これはある意味王道の展開であり「ふつう」と言っても過言ではない。しかし多くの読者の心に刺さるからこそ王道なのだ。マンガの醍醐味といってもいい圧倒的な正道な「ふつう」なのだ。


③モブとしての「ふつう」

そしてこの3つ目こそがこの作品のキモだ。
それが「モブ」としての「ふつう」だ。

陰キャの、モブのような主人公が見いだされる話というのはちまたに沢山あふれている。例えば『モブ子の恋』などがまさにそれにあたるだろう。
陰キャで目立たない主人公に気になる人ができ、ゆっくりながら恋愛していくお話だ。間違っても主人公タイプではない。そんなモブ子ががんばって恋をして、恋をされるという状況が心をうつ。

ただタイトルには「モブ」を冠しているものの、あくまでも彼女は最初から主人公。終始、彼女を中心に物語が進む。もちろんそれは普通のことだし、なにも問題はない。ところが『ふつうの軽音部』はそうはいかない。


例えば、初っ端、楽器を買いに行ったはとっちは、ギターのうまい同級生と楽器屋で一緒になるのに会釈ひとつしただけでなにも起きない。それも以後3年間なにも起きないとクギまで刺される始末。

新入生歓迎会で、銀杏BOYZ の「あいどんわなだい」を熱唱し観客を熱狂のうずに巻きこむのは先輩のバンドだ。

新歓なのだから当たり前ではあるが、はとっちはあくまでも観客のひとりとして見ていることしかしていない。いや、ノリノリで熱狂する観客にすらまじれていない。モブのなかのモブなのだ。

軽音部には45人も新入生がいて有象無象のひとり。かろうじてバンドは組むことができたものの、初心者ばかりで組んだバンドではオーディションにはもちろん通らない。
自分のまったく関係のないところで色恋沙汰がおこり、自分にほとんど関係のないバンドが色恋沙汰のせいでいつのまにか解散している。どう考えても色恋沙汰で解散するバンドのほうが物語があって主人公みがある。桃ちゃんこそ主人公なんじゃないのと頭をよぎらないでもない。

そういう立ち位置の主人公なんだよ、と勝手にわたしたちは納得しているけれど、名実ともにちゃんとモブをやっている主人公なんていうのは普通のマンガではありえない。しかもジャンプという名前を冠した場所でやれるなんて。『ふつうの軽音部』はちっとも「ふつう」じゃない。


『ふつうの軽音部』の「ふつう」が描きだす落差

数ある「あるある」と小物にまでやどったリアリティ。そして主人公の日蔭な立ち位置をあらわにすることにより、彼女のもつ「モブ感」をどこまでも赤裸々に描きだす。その結果、陰キャ主人公の隠れた才能による無双という「ふつう」に対して、落差が生まれる。

この「落差」の鋭さこそが『ふつうの軽音部』の強さだ
モブが深いからこそ、成りあがりパートに強いカタルシスが生まれる。

そもそも多くの人は基本的にモブなのだ。
陽キャの人たちはクラスのごく一部。それを楽しそうにしているのをクラスの端っこから眺めている人のほうが圧倒的に多い。あんな存在には到底なれないなという諦めの思いと同時に、あんな存在になりたいなという憧れの念をかかえ、夜な夜なベットで思いなやむ。そんなモブの立場こそ、多くの人にもっとも深く刺さる刃なのだと言っていいだろう。

モブであるという描写がこれでもか描かれているところが「共感性羞恥」などと言われている部分に繋がっているのだろう。描かれているのが単なる陰キャなどにとどまらない、「モブ」の生態であるがゆえに強い共感を勝ち得ているのだ。


モブの話でいうと『路傍のフジイ』という作品がある。
40歳を過ぎて非正規。独身。真面目なんだけど他の社員からはどこかなめられている。空気みたいな存在だ。そんなフジイさんだが、いっけんモブのような空虚な存在でありながらも、実はやりたいことや知りたいことをたくさん持っている。普段仕事をしているだけでは見えない部分で彼なりに人生を横臥しており、周りに流されない強さを持っているのだ。

そんなフジイの姿がおおきな共感を集め人気をはくしている。2巻の帯についた「これは「俺の」「私の」ためのマンガだ」という言葉も印象深い。

フジイのもつ強さも「いっけんモブ」であることだ。
『路傍のフジイ』をはじめて読んだときには、こんな主人公が受け入れられるんだ!と驚きをもったことを覚えている。SNSが流行してからはもうずいぶんたっているから、そこが理由というわけではないだろうけれど、「他者」がいてはじめて「自分がいる」という観点で自分をとらえている人が増えているのではないだろうか。

だからこそ、いっけんモブのようでいて芯の強さを持っているフジイは見る人に共感とともにあこがれを抱かせる。それははとっちの存在とも近いものがある。
どこまでも「モブ」だったはずの彼女の声には、厘ちゃんでなくともほっておけない強さが秘められているのだ。それに興奮しないわけがない。


『ふつうの軽音部』はリアルにつながるマンガ

もちろんまだ1巻しか出ていないので、これからどうかるかはわからないけれど、最低アニメくらいにはなってほしいし、なんなら『ふつうの軽音部』フェスとかもやってほしい。

「andymori」はもうないけれど小山田壮平さんに出てもらって、「銀杏BOYZ」「BUMP OF CHICKEN」「Syrup 16g」。トリは「ナンバーガール」。なんて立派なメンツだ。ロッキンにも対抗できる。実在のバンドが出てくるマンガは強い。

『ふつうの軽音部』はタワレコとのコラボを果たしているし、すでに強いパイプを勝ちえていると言っていいだろう。

実在の音楽が出てくる系でいうと、『ロックは淑女の嗜みでして』『気になってる人が男じゃなかった』なんかも高い注目度を持つ。
ひと昔前は実在のバンドの名前が出てくるマンガはそこまで多くなかったと思うけれど、最近はむしろどんどん名前を出してきている印象だ。人気が出ればなんらかの形でコラボして、あらたな展開を作ることができることを前向きにとらえられているのだろう。

さて連休も終わるし(GWに書いてた)、このへんで終わりにしようと思う。ぬるっと書いて4000字くらい。正直もうちょっといくと思っていた。

せっかくなので最後にもう一度言っておこう。
『ふつうの軽音部』は、ちっとも「ふつう」じゃない。


――あと、

まったくの余談で申し訳ないけれど、「andymori」のヴォーカル、小山田壮平の亡くなってしまったお姉さんのエッセイはすごく瑞々しくて、バイタリティにあふれ、読み応えがあるので一度読んでみてほしい。
『えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる』という本だ。


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