這いつくばるだけじゃなく、(今朝も、ホットコーヒー)
いつもと違うポットと、いつもと違うドリッパー。を用意していると、アルネは目ざとく気付いた。
ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。
――それ、見たことない。
――ああ。まだ、アルネには見せてなかったね。
――買ったの?
――買ってないよ。
――?
――コーヒー屋さんが貸してくれた。あとで、同じの買っちゃいそうだけど。
――気に入ったんだ。
――うん。それに、道具によっていろんなコーヒーが淹れられるのが、楽しくて。
――貸してくださいって、お願いしたんだ?
――まあ、そう、なのかな?
――なんで歯切れ悪いの?
――いや、そのときいろんな道具見せてくれてね。そのコーヒー屋さんが。そしたら、どうぞ使ってもいいですよって。
――気前のいい人ね。
――うん。ぼくの知ってるコーヒー屋さん、みんな親切なんだよ。
――あ、メモ帳いろいろ書いてある。
――ちょっと待って。あんまり見ないで。字が汚いので……。
――コーヒーのメモ?
――いろいろメモ。コーヒーのことも書いてあるよ。
――楽しいのね。
――うん、楽しい。……それに。
――それに?
――……コーヒー淹れようか。温かいのがいい?
――……うん。
ふつふつと湧き上がる記憶を振り払うように、お湯をふつふつ沸かす。立ち上る湯気を顔に当てていると、なんだか安心した。
――はい、どうぞ。
――ありがとう。なんか、濃くておいしい。
――濃いめに入ったよ。……うん、おいしいね。
――それで?
――?
――さっきの話の続き。
――ああ。……コーヒーも、もの書きでもそうなんだけど。いろんな人が応援してくれたり、教えてくれたりするんだ。
――すてきなことね。
――うん。……ぼくをバカにする人、いないんだ。
――まるで、昔はいたような言い方ね。
――いたよ。ぼくを生んだ人達は、ぼくが何をしても、鼻で笑ったよ。
――……。
――何かしら賞をもらったことはあったけど。そのときは、泣いて喜んでたな。本当は、嬉しくなった方がいいんだろうけど。ぼくは、気持ち悪かった。
散々バカにしていたのに、世間的な評価をもらったときだけ、賞賛するなんて。変わり身が早いというか。
――……ねえ。
――何?
――このコーヒー、おいしいよ。
――ありがとう。
――そう言ってくれる人、他にもいるんでしょう。
――……うん。だから、今は幸せだよ。ごめんね、ひどい愚痴だった。
――ううん。……あなたにいろいろ教えてくれる人達は、あなたをバカにする発想なんて、きっとないよ。
――うん。ぼくも、そう信じてる。
踏みにじられたことで、這いつくばるんじゃなく。大切な誰かのために、顔を上げていたい。できるかな。きっと、時間はかかるけど。できるといいな。そう思った。
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