![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/119061234/rectangle_large_type_2_ae6b8801662dee84591193bab8ee6a35.png?width=800)
「きみは、きっとまだ、夏にいるのよ」
スーパーで買っておいたシュークリムの甘さで、舌の根がおぼつかなくなった。
甘さ控えめのもので、ぼくはそれが好きで、味も変わっていなかったのだけど。
口の中で、舌を動かしてみても、なんだか変な感じがした。
――疲れ……疲れるようなこと、あったっけ。
――いつも疲れているようなものじゃない。
――……おはよう、アルネ。
――おはよう。シュークリーム、わたしにも頂戴。
どうぞ、と手渡すと、齧った瞬間から、アルネは頬を緩ませた。
ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。
――それにしても、珍しいわ。起き抜けになにかを食べているなんて。
――んん……お腹空いた、というより、なんか、ふらふらして、食べないといけないような気がして。
――昨日の晩ごはんは? 食べたの?
――食べた、と思う。
――覚えていないの?
――いや、食べたよ。思い出すのに、時間がかかって。
――……。
――ごめんね。最近、いつもより、ぼんやりするような気がして。
――ううん。ねえ、まだ飲んでいないコーヒーがあるの。今朝は、それがいいわ。
――どれだろう、カフェインレス?
――うん。
――いいよ、ちょっと待ってて。
考えてみれば、コーヒーを飲んでも、頭がはっきりしないのは、おかしな話だ。
カフェインレスは、その名の通りだけど、いつもは、それ以外のものを飲んでいる。
決して、量は飲んでいないけど。でも、少量でも、覚醒するものなんじゃないかな。
ぼくの場合、量を摂りすぎると、ひどく落ち込むけど。
――はい、どうぞ。
――ありがとう。……なんだか、ふしぎな味。
――ね。まだ、淹れるのも慣れてないよ。
――カフェインレスじゃないものと違うの?
――なんとなく。
――……。
――……。
――きみは、きっとまだ、夏にいるのよ。
――?
――だんだん寒くなればよかったけど。突然だったから、きみはまだ、秋のところまで来れていないのよ。
――……季節に体が追いついてないってこと?
――まあ、そうね。
――……そうだね。ただでさえ、ぼくはとろくさいから。そうか。
――きみは、ずっとぼんやりしているけど、
――うん。
――ぼんやりしていた方が、穏やかなときもあるんでしょう。
――……うん。
――大丈夫よ。
――大丈夫……。
――大丈夫。
――……うん、ありがとう。アルネ。
ぼくは、アルネのことばを何度も咀嚼した。
自分に言い聞かせるように。
ぼくが不安定なのは、今に始まったことじゃないから。
だから、逆に、安心していいのかな。
飲んでも目の覚めないコーヒーをすすりながら、そう思った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 「サポートしたい」と思っていただけたら、うれしいです。 いただいたサポートは、サンプルロースター(焙煎機)の購入資金に充てる予定です。