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ぼんやりするだけの、悲しい生きもの

カバみたいなんだか、バカみたいなんだか、とにかく、また大口をあけてきた。歯医者で。


歯ぐきの傷を診てもらうついでに、上の歯をきれいにしてもらったのが先週で、昨日は、下の歯を。


本当についでだったらしく、定期的に来るように、とは言われなかった。


幸い、行き来は吹雪いておらず、受診終わりには、丁度いいバスがあった。


薬を塗るので、30分以上はうがいしないように。


と言われ、下の歯全体に塗られたそれは、何の薬かは教えられなかったし、訊きもしなかった。


帰宅してすぐに、癖で口をゆすぐ。ああ、と思ったけど、すでに30分以上が経っていた。


明日(というか今日)は珈琲屋になるから、豆の味を確認するついでに、自分に珈琲を淹れる。少し酸味が強い。


ほとんど晴れていたおかげか、頭痛はしなかった。それでも、憂鬱な感じは拭えなかった。


天候のせいでも、あるとは思うけど。ぼくは、この数日、ひどく不安になったり、落ち込んだりしていた。


夜になると、特に。寒くなるせいも、あるかもしれない。ぼくは、夜が好きなのに。


雨も好き。だけど、低気圧であることに変わりはないので、ひどく具合が悪くなる。


床から、じかに伝わってくる冷たさ。


薄い靴下では、しのげない。


珈琲は、すぐに冷める。


暖房は点けているのに、ほとんど意味がない。


後ろの方で、圧力鍋がうるさい。


カレーを作っている最中。


ああ、火を止めないと。


ほんのさっきまで、何をしていたのか忘れるほど、ぼんやりしている頭。


薬のせい。


歯医者で塗ってもらったやつじゃなく、普段飲んでいる方。


ぼくが、地獄に戻らないために、記憶の輪郭をぼやけさせる薬。


代わりに、色んなことを忘れやすくなる(正確には、思い出すのに時間がかかる)副作用がある。


忘れっぽくなっている、はずではあるけど。


特定の物事が思い出せなくても、苦しいとか悲しいとか、感情だけはすぐに立ち上がるのがわかる。


ぼくの中で、常に。


ふと、カレーに珈琲を入れると、コクが出るとかなんとか、どこかで見た情報を思い出した。


カップの中の残りを、入れてみる。味の違いは、よくわからなかった。


ぼくの調子がどうでも、今日は人前で珈琲を淹れる。


笑わないと。


そんな風に気を付けなくても、ぼくは、他人の前では、愛想笑いをするようにできている。


悲しい生きもの、と思った。

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