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この名前を、伏せたところで

少し嫌だな、と思った。


のは、ほんの数日前、古書店で本を注文したとき。


県外の、そうそう行くことのできないそこに、気になる本があった。


し、オンラインショップの目録にあったので、取り寄せることにした。


当たり前なのだけど、配達してもらうのだから、名前を入力しないといけない。


本名を。


先月、旅先で偶然知ることとなった、古書店。


「古書」と店名にあるものの、比較的新しいものもあった。


柔らかな態度で対応してくれた、あの店長の青年に、先に知られる名前が、この名前か。


そう思ったものの、変に偽名を使って、迷惑をかけるわけにもいかない。


(本名を使わなくていい方法もあるかもしれないけど、まあ、今回はいいか、とよしておいた。)


昨日届いたレターパックには、流麗な字で、ぼくの本名が書いてあった。


それでも、好きになれるわけじゃない。


レターパックを受け取ったぼくは、イベントに出かけた。


イベントホールのロビーで催された、規模の小さなもの。


知り合いが、珈琲を出していたから。


他には、リラクゼーションや占いなんかもやっていたから、せっかくだからと、丁度空いていた占いブースに入った。


さっそく名前を訊かれ、下の名前だけでいい、と言われたので、教えたくないぼくは、アカウント名を伝えた。


が、その後、占いを始めるためには、フルネームを3回唱えなければいけないという。


結局、姓は本名、名は偽名、という、ぼくなのかよくわからない人間が、占われることになった。


会話の中で「今、見えたんですが」と、占い師は言っていたけれど、正確な名前じゃないぼくの、何が見えていたんだろう。


自分のせいとはいえ、途中で、「これは、本当にあなたの名前ですか?」とか、訊いてほしかった。まあ、そんなことを見抜くようなものじゃないんだろうけど。


あと、やってしまったな、と思ったのは、珈琲屋を始めたのを話したこと。


占いなんだから、つまり相談するようなものなのに、ただの好奇心でブースで覗いたぼくは、他人に話せるような無難な悩みがなかった。


だから、ポロッと言ってしまった。


当たり前のように、店名を訊かれ、SNSを知りたいと言われ、ぼくもつい教えてしまった。


このイベントは今後もあるから、ぜひ参加すればいい。私には、そう見えた。とも言われた。主催者のアカウントまで、教えられて。


嫌だな、とぼくは思った。


もちろん、言えなかったけど。


占いが終わってすぐ、ぼくは会場を後にした。


せめて、本名を知られなかっただけでも、ましか。


そう思って、暗澹とした気持ちを払おうとした。

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