見出し画像

今の生活が、今まで一番、

2月になった。


生活が変わらなくても、月は変わる。


し、年もとる。


先日、ある知り合いに、2年ぶりに会った。


彼が年上であることをさておいても、学生時代に比べて、ずいぶん風格があった。


老けたねえ、お互いに。と言われ、ぼくは、寂寥のようなものを覚えずにはいられなかった。「寂寥」が、一番しっくりくる。


大学に入学したのが、もう10年前か。と思い返すことはあったけど、卒業したのも、そろそろ10年前になる。


彼は変わったところもあったけど、変わっていないことも、もちろんあって。


けれど、楽しかった学生時代が、懐かしいと言えるほど、遠くに行ってしまったことを、互いに感じたのかもしれない。


そのときぼくは、彼の学生時代の姿を、なかなか思い出せずにいた。髪型とか服装とか、変わったことはあるにしても。


もしかしたら、彼も思い出せないのかもしれない。学生時代のぼくを。


(まあ、彼とはものすごく親しいわけではないのだけど。)


老けたかあ、と思ったけど、大人になれたわけではないよなあ、とも思った。


見た目……のことは、自分ではわからないけど。少なくとも、中身は。


30歳になったときは、驚いた。自分が。


30歳になるまで、生きていられたことが。


25歳くらいまでは、周りにひどい人しかいなくて、味方すらいなくて。


それからも、ひどい目に遭わされたことはあったけど。


味方というか、知人や友人ができて、この数年は、ようやく落ち着いてきて。


珈琲屋も始めた。


ほんの2、3年前までは、まず飲めなかったのに。自分で淹れるようになって、豆も焙煎するようになって。


今の生活が、今までで一番穏やかだ。


今を除けば、大学も楽しかったな、と思う。自分のままでいても、受け入れてくれる人がたくさんいたから。


でも、卒業して、突然底まで突き落とされて。


いや、もう、いいや。


穏やかな生活が、手元にあるんだから。


老けるのは、自然の摂理ではあるけど。


卒業してから、ぼくも色々ありすぎたんですよ、先輩。


でも、あなたもきっとそうですよね。


彼と再会した後、しばらく考えふけっていた。


今までのこと。


これからのこと。


これからのこと、とか、考える余裕は、なかったはずなのに。


珈琲屋になったからには、考えざるをえない。


1月は、尾道に滞在していた云々もあって、人前で淹れることはなかったけど。


2月からまた、間借りで出店する予定。


30歳が近くなって、ようやく幸せになれたから。


年を重ねることに、悲観的になりすぎずに済みそうだ。


なので、まあ、今月もがんばります。

この記事が参加している募集

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 「サポートしたい」と思っていただけたら、うれしいです。 いただいたサポートは、サンプルロースター(焙煎機)の購入資金に充てる予定です。