「我々はできる限りの事をした。」(今朝は、ホットコーヒー)
冷えた空気が、なぜかうれしかった。しばらく外に出ていなかったので、ぬくもった部屋にいるのが普通だった。それはそれで、幸せかもしれないけど。冷気も曇った空も、どれも今のぼくには美しかった。
――おかえりなさい。
――ただいま。
――どこに行っていたの? 朝早くから。
――どこにも。まあ、散歩だよ。近所に。
――今朝は、寝ぼすけじゃないのね。
――うん。外に出られるのが、うれしくて。昨日も、出たけどね。……うん。うれしいよ。
そう言うと、アルネは呆れたような、でもどこか安心したような笑みを浮かべた。
ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。
――体、なんともなくてよかったわね。
――まあ、なんともなくはなかったけど……風邪ではあったみたいだから。でも……うん、よかったよ。大事にならなくて。……楽しみにしていた予定が、いろいろだめになったけど。
――「我々はできる限りの事をした。」
――あー……なんだっけ、それ。
――私も忘れたわ。
――……。
――……。
――とにかく、過ぎた事はしょうがないでしょう。それに、お友達の結婚式はお祝いできたでしょう。お家から。
――そうだね。あれは、いい式だった。とてもいい日だった。
――ね。だからもう、悩むのは終わり。外に出れるようにもなったんだから。
――うん……うん。
――今朝も、コーヒーが飲みたいわ。
――わかった。丁度、道具も買ったし。
――茶こし?
――これで、コーヒーがよりおいしくなる……かどうかは、わからないけど。まあ、いつも通り淹れてみるよ。
コーヒーは、自宅にこもっているときも淹れていたけど。昨日、数日ぶりに外に出て、見つけたいい道具が手元にある。それが、またうれしい。
外に出れなくて、気が塞ぎそうなときもあったけど。コーヒーを淹れているときは、ふしぎと落ち着く。音とか、薫りのおかげかな。なんだろう。
――はい、どうぞ。
――ありがとう。……うん、おいしい。
――違いは?
――正直、わからないわ。
――あはは。ぼくも。味はね。でも、淹れるときは助かるよ。茶こしのおかげで、目づまりしにくくなる。
――楽しそう。
――そう?
――コーヒーもそうだけど。あなたは、外に出るのが生きがいみたいなところがあるから。
――んん……そうかな。まあ、小さいころから、そうだったから。そうだな。
――まだ、あんまりあちこち行き過ぎないのよ。あなたは、風邪が長引きやすいんだから。
――ありがとう、気を付けるよ。
と言いつつも、今日は行きたいところもあったり。やりたいこともあったり。まあ、無理はしすぎないように。やっと、外の空気に触れられるようになったんだから。冷たいけれど、それが幸せ。大切にしたい。そう思った。
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