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『五月その他の短篇』と、語呂合わせの日

わたしがもうじき帰ってくることを信じて疑わずに家のリビングで待っているあなたのことを思うと、見ず知らずの人々を何百人と気に掛けるよりも、(中略)ずっと胸が痛んだ。

アリ・スミス『生きるということ(五月その他の短篇)』p39

まだ読み終えていないけど、『五月その他の短篇』は、帯に書かれた通りの本であるらしかった。


「どこにでもいそうな愛すべき人々の、どこにもなさそうな12か月の物語」


どの短篇も、どこにでもありそうな、ありふれた物語のはずなのに、緻密な描写であったり、もしくは、言い回しなどで、特別な物語に仕上がっている、と思った。


特別じゃない日は、一日もない。という、ありきたりな文句を、見事に書き上げているような。


ぼくは、本の感想を書くのが苦手だ、と改めて思った。


『五月その他の短篇』は、先日の結婚記念日に、パートナーがプレゼントしてくれたものだ。


(タイトル自体は、ぼくがリクエストしたものではあるけど。)


本をもらって、一週間くらいが経って、一昨日ようやく読み始めた。


ぼくとパートナーは、パートナーが休みの日に、よくカフェに行く。


大抵は、二人揃って、本を読むことが多い。


なんとなく、そのときに読み始めるのがいいと、思ったのだった。


ぼくは、結婚した今でも、ひとりでいるのが好きで。


自分を中心にしか物事を考えられないと、思っているけど。


でも。


パートナーが好きそうな本を偶然見つけて、それをプレゼントしたいとか。


昨日のような、「いい夫婦の日」とか、こじつけの語呂合わせの日に、何かしたいを思えたり。


パートナーがいなくても、パートナーを想ったり、自分より優先したくなったり。


そんなときに、ぼくは、ちゃんとパートナーを、伴侶として考えているのだと、安心できる。


ときどき、不安になるから。


ぼくのような人間が、だれかと生活することが出来ているのか。


それでも、まったく問題はなかった、と言えないにしろ、結婚して5年目に入った。自分でも、驚いている。


もしかしたら、不安なままでいた方がいいのかな。自分を顧みるきっかけにはなる。


パートナーさえ無事でいればいい、という思いも抱えつつ。


昨日は、夕食にハンバーグとポテトサラダを作った。


喜んでくれたので、よかった。

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