見出し画像

14時過ぎのぼくと、スケッチブック

少し、遠出をしなければならない用があった。ので、朝の内に出かけて、朝の内に帰ってきた。


帰ってくるなり、ぼくは眠ってしまった。


次に目を覚ましたときは、14時を回っていた。足に、上手く力が入らなかった。足だけ、血の気が引いているような。


雨は、止んだように見せかけて、しばらくすると、また降り出した。


帰りの電車を待っていたときのことを、思い出す。


無人駅どころじゃない、ひどく狭いホームは、高架下にあって、だからなのか、風が強かった。


そんな中でも、スケッチブックは、頁を煽られることもなく、じっとしていた。


ぼくのじゃない。ホームのベンチに置き去りにされていた。


値段のラベルが貼られたままのそれは、何も描かれていなかった。代わりに、どの頁にも埃っぽかったので、しばらく打ち捨てられていたのかもしれない。気まぐれで、誰かがここに置いたんだろう。


少々湿ってはいたけれど、濡れてはいなかったので、乾かせば使えそうだった。


とはいえ。


迷ったけれど、ぼくも置いていくことにした。


これがゲームだったら、何かしらのキーアイテムになりそうだ、と思った。


そんなことを思い返しながら、ぼくの足はまだ力が入らない。


それにしても、ひどく喉が渇いていた。


壁にもたれながら、水道水を何杯もあおる。余裕が出たので、軽食を作って食べた。足の感覚は、だいぶまともになった。エネルギー切れだっただけかもしれない。


少し落ち着いてから、ベランダに足を投げ出して、VAPEを吸った。


隣人も出ているのか、すぐ近くで、時々笑い声が聞こえてくる。少し、怖くなるくらいの笑い声。たぶん、電話でもしているんだろうけど。


夜でも、たまにあることだけど。それにしても、逆に、窓際でポメラを打っているときの音は、聞こえないのかしらん。


などと、考え事をしていると、隣人の声は途切れていた。室内に戻った様子はなかったようだけど。薄い仕切り一枚で、しっかり区切られている生活。


やっぱり、スケッチブックを持って帰るべきだったかしらん。けれど、それは窃盗になるのかしらん。置き去りで、まったく使われていない代物でも。


まあ、いいか。


気が済むまでVAPEを吸ったぼくは、室内に戻る。


そのとき、隣人がまた喋り出した。電話は続いていたらしい。


ずいぶん長い沈黙だ、と思った。

この記事が参加している募集

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 「サポートしたい」と思っていただけたら、うれしいです。 いただいたサポートは、サンプルロースター(焙煎機)の購入資金に充てる予定です。