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責められたから、自分を責めた、その次は(今朝は、白湯)

自分のせいじゃないことを、自分のせいのように扱われること。


何年か前は、よくあったことだけど。


しばらくなかったから、ずいぶんこたえた。


5年以上住んだアパートを離れて、新しく生活が始まる、はずの家。


住み始めて、たった数日のこと、かもしれないけど。


ぼくはもう、疲れてしまったのかもしれない。

――それにまだ、コーヒーを淹れられる環境が、できてなくて。

――今朝は、いいんじゃないかしら。

――そうかな。

――きみの胃腸は、ずいぶん疲れているようだし。

――……。

――不安を抱えすぎているのね。

――……そうかな。

アルネは、ぼくの顔を覗き込んで、隈をそっと撫でた。


ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。

――まあ……色々あって。……色々ありすぎて。新しい家には。こちらが責める立場のはずが……いや、責めてはないけど。とにかく、ぼくの方が、責め立てられてる、というか。……どうすればいいのか、わからなくなっちゃった。

――どうすれば……どうもしなくていいんじゃないかしら。そういうわけにも、いかないでしょうけど。少なくとも、今は。

――今……まだ、朝だものね。

――白湯なら、おなかに優しいでしょう。

――そうだね。……ああ、アルネは座ってて。大丈夫。お湯を沸かすくらいは、できるから。

白湯は、毎朝沸かしている。


水があたたまって、その内、鉄瓶は音を立て始めて。


ぼくはそれを、じっと見ている。


まるで、祈りのように。

――はい、どうぞ。熱いから、気を付けて。

――ありがとう。……うん、おいしいわ。

――よかった。……あつ。

――あら、自分で「気を付けて」って、言ったのに。

――うっかりしてるなあ。自分で言ったのに。

――もしくは、

――もしくは?

――それほど、疲れている、ってこと。

――……まあ、そうだね。

――たった今、きみを責める人がいるかもしれないけど。

――うん。

――きっと、責めない人も、たくさんいるでしょう。

――……うん。そうだと、いいんだけど。

――この白湯、本当においしいわ。

――うん。おいしいし、安心する。

――少しは、不安を下ろせたかしら。

――どうだろう。でも、少しだけ、楽になれた気がする。……本当に、少しだけかもしれないけど。

――お茶会なら、いくらでも付き合うわ。

――……ありがとう、アルネ。

不安はまだ、いくらでもあるけど。


わずかでも、下ろすことのできる時間があるなら。


大丈夫かな。


そう思えた。

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