さよなら、いつかのドッペルさん。

――久しぶり。

と、声がした。


僕とまったく同じ声。

――久しぶり。

と、僕も返す。


その声が誰のものなのか、僕はわかっている。

――本当に、しばらくだね。キミがボクを呼ばなくなってから。

――君だって、僕に会いに来ないだろ。ドッペルさん。

――その名の通り、「ドッペルさん」だからね。ボクから来ることは、ないよ。

――どうして?

――キミが意識することで、ボクは存在するんだから。

と、言われたので、少しむっとしたけど。でも、その通りなので、反論できない。いつぶりなのか、ドッペルさんのことを、僕は突然思い出した。だから、ドッペルさんは僕の前に現れた。

――なにかあった?

――なにもないけど。

――なにもないのに、思い出したの?

――そういうことも、あるんじゃないの。

――じゃあ、近況報告だ。話してみて。さんはい。

――急に言われても。ええ……コーヒーを淹れたり、珈琲屋さんに行ったり、コーヒー教室に行ったり。

――コーヒーばっかりだね。

――もの書きもしてるよ。あと、友人と会ったりとか。

――はは。

――?

――ボクが知らないことばかりだ。もの書き以外は。

――……知らないことはないだろ。君は僕なんだから。

――まあ、そうだけど。でも、なんとなくわかったよ。

――なにを?

――キミが、ボクを呼ばなくなった理由。ボクがいなくても、キミは生きていけてる。それで、今朝呼んだのは、その理由を伝えるため。

――……そうなのかな。なんか、納得いかない。

――どうして? 本当のことだろ?

――それじゃ、なんだか、ドッペルさんがいなくてもいいみたいだ。

――その通りなんじゃないの。もう、ボクがいなくても大丈夫だろ。……もう一人の自分と喋らなくても。

――……。

――別に、怒ってないし、そんなもんだと思ってるよ。苦しくて誰にもなにも言えなかったキミのために、ボクがいたんだ。だから今は、

――ねえ、ドッペルさん。

――なに?

――今の僕は、ドッペルさんを必要としていないよ。それは、事実なんだ。今朝呼んだのだって、いつぶりなのか、忘れているんだもの。

――そうだね。

――でも、苦しくて誰にもなにも言えなかった僕のために、ドッペルさんがいた。それを、忘れたくない。

――知ってるよ。だからボクは、キミに会わなくなっても、寂しくないんだよ。ああ大丈夫なんだな、って。

――ありがとう、ドッペルさん。次に会えるのは、いつだろう。

――キミが会いたいと思えば、いつでも。

そして、笑い声は、少しずつ聞こえなくなった。


僕とまったく同じ声。もう一人の僕。


次に会えるのは、いつだろう。次に、会いたいと思うのは。


いつでも、いいか。


会えても会えなくても、僕らは幸せだ。


きっと。


そう思う。


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