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「いつものこと」に、ゆらゆらゆれながら

ぼんやりしていた。


いつものこと。


今日が何曜日なのか、わからなかった。


いつものこと。


どこにも勤めていないぼくは、季節を問わず、わからなくなっても、おかしくないのだけど。


意外と、そんなことはない。


でも、近ごろは、そんなことがありすぎる。


なんでだろう。


やっぱり、ぼんやりしているからだろうか。


暑さで。


家の中は、(あんまり)暑くないのだけど。


んん。

――んん。

――おはよう。

――アルネ。おはよう。

――また、ぼんやりしていたの?

――なにもしてないなら、ぼんやりしてたんじゃないかな。

――そういうものかしら。

――そういうものじゃないの?

――さあ。

アルネは、肩をすくめて、あきれた、というような顔をしてみせた。


ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。

――あ。

――?

――なんか、痒い。

――……ああ、そこ、赤くなっているけど。

――……うん。少し、腫れてる感じする。蚊? ええ……いつ刺されたんだろ。

――よっぽど、ぼんやりしていたのね。

――そのせいなのかな。

――さあ。

――……あ、そうだ。アルネに、あれを見せようと思ってたんだった。

――あれ?

――……これ、これ。

――いつもの、お香のマッチ? 香りが違うの?

――うん。いつもは、レモングラスだけど。これは……ええと、木の香り。

――そもそも、マッチは木じゃないの?

――まあ、そうなんだけど。……なんか、森林浴? みたいな。……あれ、うまく説明できないな。

――いい香りなのね。

――うん、それはそう。……はい、これでよし。どうかな。

――ええ、いい香りだけど。

――?

――きみは、マッチに火が点いて、収まるまでを眺めるのが、好きなのね。

――……そうだね。火を眺めるの、好きだから。たき火したいくらい。ぼくには、できないけど。もちろん、マッチが静かに燃えてるのも、好きだよ。

――きみには、安心するものが、たくさんあるのね。

――……そのわりに、不安なことの方が、多いけどね。

――いいじゃない。安心材料は、たくさんあった方が、いいでしょう。特に、きみは。

――まあ、そうだね。必ず、そのひとつに安心できるとは、限らないから。

――……いい香りね。

――ね。

――今日も、穏やかな日になるかしら。

――……ぼくが、どう行動するかに、よるかな。今日は、ずっと家で、珈琲屋の作業をするつもりだけど。

――穏やかに?

――穏やかだと、いいな。

近ごろのぼくは、不安定だから、なにもしなくても、悲しくなるかもしれないけど。


でも、細いマッチの、小さな灯りを見ていると、穏やかでいられるような気もしてくる。


そして、あまり時間をかけずに、マッチは暗くなった。


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