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ブラックになるはずだったカフェオレに、

春の匂いがした。


気がした。


たぶん、本当に気のせいだったのだろう。


目が覚めて、意識がはっきりしていくほど、その儚い匂いも離れていった。


夢か。


どんな夢だったんだろう。


わからないけど。


いつもの、ろくでもない夢ではない、気がする。

――おはよう。

――……。

――おはよう?

――……アルネ。おはよう。

――いつにもまして、ぼんやりしているのね。

――いや……アルネ、だったのかもしれないな。

――なんの話?

――いやいや、なんでもありませんよ。

腑に落ちない、と言いたげに、アルネは首をかしげた。


ぼくにしか見えない、ぼくだけの女の子。

――んん……いつも通り眠ったはずなのに、だいぶ眠い。

――この前、夜ふかししたからよ。

――この前……もう、3日は経ったはずだけど。余波がすごいんだな。

――あの日はもう、ほとんど朝だったもの。

――途中から、記憶があんまりないな。

――楽しかった? 君には、あまりないじゃない。友人と遊ぶなんて。しかも、複数人。

――……。

――あら?

――楽しかったよ。……でも、大丈夫だったのかな、とは思う。

――「大丈夫」?

――そのままのぼくが、少しでも出ていたんじゃないか、って。

――だめなの?

――だめだから、そう言ってる。

――……。

――ぼくの友人知人が、ぼくをなじってきた人達と、同じだとは言いたくないよ。でも、何かしらで不快にさせてたら、申し訳ないな、って。

――「そのままのぼく」が出ていなくても、不快にさせてしまうことは、あるでしょう。

――……そうだね。

――……。

――……。

――コーヒーがいいわ。

――ああ……うん。ごめんね。
――ううん。

気を遣わせてしまったな、と思う。


しばらく人と関わらなかった(関わろうとしなかった)弊害が、今さら出るなんて。


気にしすぎたところでしょうがないのは、わかっていても。


それで、気にしすぎなくなるのとは、違うんだよな。

――はい、どうぞ。

――あら。

――?

――ううん、なんでもないわ。……おいしい。

――よかった。……うん、おいしいね。……でも、

――でも?

――リクエストは、コーヒーだったね。ブラックの。カフェオレ淹れちゃった。

――ああ、いいのよ。どちらも好きだもの。

――……。

――君が、ぼんやりしていても、ちゃんとおいしいわ。

――いつもそうだと、いいんだけど。

――ぼんやりしてもいいのよ。お店で淹れる以外は。

――まあ、そうだね。……ありがとう、アルネ。

ぼんやりしてばかりも、いられないけど。


ここしばらく、張りつめていたから。


たまには、いいのかな。


そんなことを、カフェオレになったコーヒーに思った。

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