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薄れていけば、いつかは(今朝は、カフェオレ)

「大事なことなのに、時間が経つと希薄になっていく気がするよ」
「だよね。時間ってすごいよ。ありがたいけど、じつに怖ろしい」
――吉田篤弘『流星シネマ』p130

しんでしまえ、と思っていた人間も、


どうしようもなかった憎しみも、


何もかも、薄れていく。


ような気がする。


憎しみも、憎んでいる人間も、なかったことにはならないし、まだいるはずなのだけど。


近ごろ、忙しいせいなのかな。


いろんなことが、薄くなっていけば、


ぼくという人間も、希薄なものになっていく。

――わからないけど。

――むずかしい話?

――アルネ。おはよう。

――……。

――むずかしくはないよ。たぶん。頭が重たくなる話ではあるけど。

まだわからない、といった風に、アルネは肩をすくめた。


ぼくにしかわからない、ぼくだけの女の子。

――変。

――変?

――変な顔。

――……一応訊くけど、それはぼくの顔のこと?

――もちろん。

――……。

――ぼんやりしているのか、していないのか、よくわからない顔。

――ああ、それは……そうかもしれない。自分でもよくわからないし。

――頭の中がからっぽなのか、つまっているのか?

――そうとも言う。……わからないな。からっぽの方が、楽なのかな。それとも、それはそれで、苦しいのかな。

――それだけ聞いていると、煮つまっているみたい。

――……。

――ねえ、コーヒーを淹れて。

――それは、いいね。手を動かした方が、いいかもしれない。

――あたたかい牛乳も、入れてほしいの。

――わかった。

豆を挽いて、お湯を沸かして、それから、牛乳もあたためて。


いつも通りの手順と、いつも通り、じゃないかもしれないぼく。


ぼくが、ぼくのことをわからないのは、いつものことだけど。


こんなに、混乱するほどに、いろんなことがわからなくなっているんだろうか。

――はい、どうぞ。

――ありがとう。……うん。コーヒーはおいしいわ。

――それはよかった。コーヒーまで迷いの味がしたら、どうしようかと。

――迷いの味はするわ。おいしいけど。

――……。

――頭は、少し楽になったかしら。

――んん……。でも、手を動かしたら、何もしないよりは、いいかな、って思った。何を好きでいるかは、忘れないで済むから。

――よかった。コーヒーを淹れてもらえなくなったら、困るもの。私が。

――たしかに。そのためにも、忘れないようにするよ。

――君が後々困らないように、私も覚えておくわ。

――それは、助かるな。

そう話している内に、コーヒーの熱で、だんだん目が覚めてきた。気がする。


わからないことは、減らないままだけど。


好きなことは、好きなままだから。


時間に流されないように、とどめておきたい。

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