![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/108648485/rectangle_large_type_2_b75c07c514347876a032f921bd107f22.png?width=800)
薄れていけば、いつかは(今朝は、カフェオレ)
「大事なことなのに、時間が経つと希薄になっていく気がするよ」
「だよね。時間ってすごいよ。ありがたいけど、じつに怖ろしい」
――吉田篤弘『流星シネマ』p130
しんでしまえ、と思っていた人間も、
どうしようもなかった憎しみも、
何もかも、薄れていく。
ような気がする。
憎しみも、憎んでいる人間も、なかったことにはならないし、まだいるはずなのだけど。
近ごろ、忙しいせいなのかな。
いろんなことが、薄くなっていけば、
ぼくという人間も、希薄なものになっていく。
――わからないけど。
――むずかしい話?
――アルネ。おはよう。
――……。
――むずかしくはないよ。たぶん。頭が重たくなる話ではあるけど。
まだわからない、といった風に、アルネは肩をすくめた。
ぼくにしかわからない、ぼくだけの女の子。
――変。
――変?
――変な顔。
――……一応訊くけど、それはぼくの顔のこと?
――もちろん。
――……。
――ぼんやりしているのか、していないのか、よくわからない顔。
――ああ、それは……そうかもしれない。自分でもよくわからないし。
――頭の中がからっぽなのか、つまっているのか?
――そうとも言う。……わからないな。からっぽの方が、楽なのかな。それとも、それはそれで、苦しいのかな。
――それだけ聞いていると、煮つまっているみたい。
――……。
――ねえ、コーヒーを淹れて。
――それは、いいね。手を動かした方が、いいかもしれない。
――あたたかい牛乳も、入れてほしいの。
――わかった。
豆を挽いて、お湯を沸かして、それから、牛乳もあたためて。
いつも通りの手順と、いつも通り、じゃないかもしれないぼく。
ぼくが、ぼくのことをわからないのは、いつものことだけど。
こんなに、混乱するほどに、いろんなことがわからなくなっているんだろうか。
――はい、どうぞ。
――ありがとう。……うん。コーヒーはおいしいわ。
――それはよかった。コーヒーまで迷いの味がしたら、どうしようかと。
――迷いの味はするわ。おいしいけど。
――……。
――頭は、少し楽になったかしら。
――んん……。でも、手を動かしたら、何もしないよりは、いいかな、って思った。何を好きでいるかは、忘れないで済むから。
――よかった。コーヒーを淹れてもらえなくなったら、困るもの。私が。
――たしかに。そのためにも、忘れないようにするよ。
――君が後々困らないように、私も覚えておくわ。
――それは、助かるな。
そう話している内に、コーヒーの熱で、だんだん目が覚めてきた。気がする。
わからないことは、減らないままだけど。
好きなことは、好きなままだから。
時間に流されないように、とどめておきたい。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 「サポートしたい」と思っていただけたら、うれしいです。 いただいたサポートは、サンプルロースター(焙煎機)の購入資金に充てる予定です。