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騒々しい頭を、静めるためには

いろんな感情が押し寄せていた。


「いろんな」といっても、すべてマイナスでしかないけど。


本を返さないといけなかった。返却期限の延長は、もうできなかった。図書館の閉館まで、あと2時間。とにかく、行かないと。


感情が入り乱れて、具体的な被害妄想になり、目の前に鮮明に浮かぶ。乗っている自転車ごと倒れそうだった。


いつもより時間をかけて到着し、重いそれらを返してから、少し館内を歩く。気晴らしに。


けれどふいに、汗が噴き出て、足に力が入らなくなって、ああ、よくない兆候だと思った。これで、何度目だろう。


頭が混乱、というか混線している感覚。


書架のそばにある小さなソファに座ると、体がずいぶん重かった。少し休んで、なんとかなるもんなのか、これは。


今日は、「よくない日」だったのか。と思う。朝は、そこまでではなかった気がするけど。昼に差しかかって、急にひどくなった。思い出したくもない昔々あるところに。体中をかきむしりたくなるような。ああ、嫌だ嫌だ。


スマホのメモ帳を見ていると、「海 小川洋子」と打ち込んであるのを見た。次に借りたい本リストの、一番上にあったタイトル。たぶん、書店で見かけて気になったんだろう。


それだけ借りて、出ていこう。そう思ってから、数分遅れて気付いた。何も考えていなかったけど、ぼくがこれから向かおうとしているのも、海なのだった。


最初から、海を見たいと思っていたわけじゃない。アパートから図書館までの道中に、唐突に思った。図書館の近くにバス停があるから、それに乗れば、すぐに。


どう考えても、遠出できるような体調ではなかったけど。それよりも、精神衛生を優先するべきだと思った。


どこでもいいから、つかの間でいいから、逃げたい。


土曜日だったからだろう、まだ遅い時間でもなかったので、人はそれなりにいた。なにせ、観光地なのだ。しょうがない。


それでも、海水浴シーズンよりは、ずっとましだ。ぼくは、浜辺の隅に座り込んで、潮風に当たった。


思えば、海はあまり見なかった気がする。ほとんど俯いていた。でも、それでよかった。ぼくは、生活圏から少しでも離れたところで、ぼんやりしたかっただけなのだと思う。


バスは遅くまで運行しているのだし、と思い、気が済むまでそこにいようと思った。結局、やたら話しかけてくるおばさんに絡まれたので、早めに帰ることにしたのだけど。


帰りのバスに揺られながら、明日は丸一日眠ることになるかもしれない、と思った。でも、アパートにいても構わないと思えるようになるまで、ぼくは回復したのだ、とも思った。


頭の中の騒々しさが、少し軽くなって、よかったと思った。

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