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『生誕の災厄』と、ぼくの小心

自意識は肉に刺さった棘以上のものだ。それは肉に刺さった匕首だ。

E.M.シオラン『生誕の災厄 新装版』p76

棘、もとい匕首が突き刺さっている心臓が、少しずつ膿んでいく。のが、はっきり見えたような気がした。気のせいなのは、当然、わかっているのだけど。あんまり鮮明に浮かぶので、少し、不快になった。


冗談。


『生誕の災厄』を、なにかの儀式のように、適当に頁を開いたり。時々枕にしながら、時間を潰した。スタバで。ほうじ茶を、あと少しで飲み干すまでの。

「朝から晩まで、いったい何をなさってるんです?」
「自分を我慢しているわけですな」

E.M.シオラン『生誕の災厄 新装版』p58

ぼくには、朝から、頭をもたげている問題があった。問題と言えるほどの問題じゃないのだけど、そのときのぼくにとっては、これ以上ないほどの問題だった。


「もし、ぼくが珈琲屋を始めるとしたら」


先日インスタで、そんな感じのひとり言を投稿した。その後すぐに、イベントで何度か顔を合わせている人が、コメントを付けてくれた。さらにその後、DMで、年明けのイベントに出店しないか、お誘いが来た。


DMは、一昨日の夜中に来ていて、ぼくは昨日の朝に気付いて、とりあえず「少し考えてみます」と返信した。が、考えるまでもなく、お断りしようとすでに決めていた。のに、なんだか、期待を持たせるような言い回しをしてしまった気がする。


どのように断るのがいいか、とりあえず行きつけの古本屋の主人に泣きついた。「まあ大丈夫でしょう」となだめられ、わりとすぐに冷静になった。「あなたは、嘘をつくのはダメでしょう。精神衛生的に」とも言われたので、件のDMには、失礼にならない程度の正直さを以て、返信することにした。


ぼくは、珈琲屋を始めたい。と考えているのは、たしかだ。けれど、準備にはまだまだ時間がかかるのはたしかで、半端な状態で、表に出たくないと思った。


来年の、どこかには。と思いながら、DMを返した。


その日は、夕食後に、コーヒーを淹れた。


もし、ぼくが珈琲屋を始めるとして。もし、目まぐるしく色んなことが変わるとして。原点は、いつもここにある。それを、忘れずにいたい。


同時に、いつまで保つのかわからない、膿んだ心臓の辺りを案じた。

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