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それを心理学・栄養学では「せつなさ」といいます 『ポニイテイル』★61★

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ブラウニー図書館は、床も天井もおいしそうなブラウンでした。館内は細くて長くて、フロアには本だなは置かれていません。視界をさえぎるものが全然ないのです。本だなのかわりに魅力的なイスがいくつもありました。見ているだけで気持ちよくなるソファ、ゆらゆらとゆれるイス、あこがれのハンモックまであります!

ハンモック。あの気持ちよさそうな布をゆったりとはった空中ベッドです! プーコはさっそくハンモックに飛び乗りました。

「うぉ! ふわふわのふわふわ」

ベージュのコットンハンモックのここちよさときたら! 雲の上に乗っているようです。あこがれていた夢がいきなりかないました。

「そっか、もう終わったんだっけ!」

受験勉強はいきなり終わったし、すてきな図書館に入れたし、ハンモックに寝ころべたし、ペガに会えたのはラッキーなのかどうかわかりませんが、とにかく最高の日曜日です! なんだかなつかしい、思いっきり最高な日曜日!

「それにしてもすごい本……」

ゆかに置かれている本だなは一つもないけれど、そのかわりに前後左右、取り囲む四面のカベが、すべて本だなでした。床から天井までつくりつけの本だなになっているのです。カベの中に本がぎっしりとうまっている。あんなに高いところにまで本。

いったいどうやって本を収めたんのでしょう。とにかく、本、本、本。世界中の本が大集合したみたい。こんなことなら、とっくの昔に来ればよかった!

ブラウニー図書館では、勝手に本へ手を出すのは禁止です。本を手にとりたいときは、かならず司書パナロに頼みます。司書パナロとは、さっきプーコを引き上げてくれた、あのゾウの鼻のような生き物です。

『司書パナロ』と書いてあるフダがかかっているカベのところに、ぽっかりとした丸い穴があいていて、話しかけると、そこからパナロがにゅるっと出てきて、鼻がサーッとブラウンのフロアをすべってゆき、スルスルと本だらけのカベをのぼって、目的の本を取ってきてくれるのでした。

パナロはきれいなきみどり色で、フロアのブラウンときみどり色の組合わせはとてもよくあっていました。べつのフロアに行きたい場合もお願いすれば、ぐるぐると巻きついて、体ごと運んでくれます。それぞれのフロアに、パナロが出てくるための丸い穴があります。

プーコはハンモックに包まれたまま、最初の本が運ばれるのを待ちました。ハンモックで読書——完ぺきです!

しかしパナロが運んで来たのはとんでもなく厚い『生物大図鑑』でした。重すぎて手で持てず、ハンモックではうまく読めません。残念ですがテーブルがある席へ移りました。
イラストや図が満載のこの本によると、ペガが飛べなかったり歩くのがおそかったりしたのは、『大人になる瞬間が近づいていたため』だということがわかりました。折れ線グラフを見ると、大人になる直前のパワーは、元気なときの10分の1くらいに減っていました。『ペガサスは子どもの頃からプライドが高い。自分が弱ったことを、周りに悟られないようにふるまうことがある』とも書いてありました。

「なるほど」

ペガがあんなにお調子者である理由も調べたら『千頭に一頭くらいの割合で、ああいう子がいる』と判明しました。

「何でも載っている……」

おどろくべき図鑑です。この図鑑によると、ペガサスのシンボルの翼は『勇気の象徴』だそうです。実際、ペガの羽を一枚手にしただけでここに来られたくらいです。あどちゃんがあの翼を得たらどこまで行っちゃうのでしょう。宇宙の果てまでいっちゃうんじゃないかしら。

11階は『生物のフロア』でした。現実の動物と架空動物のどちらも調べられます。プーコは「ブラックフォールに住む黒竜のことを調べたい」と、パナロに頼みました。

「黒竜のことならその図鑑にも詳しいですよ」
「この図鑑だと重くてハンモックで読めないんです。できれば薄い本でお願いします」
「わかりました。5秒数えていてください」

きみどり色のパナロは、フロアをなめらかにすべっていきました。

*****

黒竜はブラックフォールにすんでいます。黒竜が黒いのはなぜでしょうか。それは黒竜の主食である男の子のランドセルの色と関係があります。黒竜は、大人に近づいた男の子たちが「こんなかっこわるいものいらないや」といって捨てたランドセルを食べてくらしているのです。こうしている今も、世界のどこかで少年が「明日からランドセルで登校するのはやめようかな」と思っていることでしょう。黒竜はそんな決意をかぎつけて、ブラックフォールを旅立ちます。だから子どもたちが、ランドセルではなく青いカバンで登校する国では青竜が、黄色のふくろに勉強道具をつめて登校する国では黄竜が見られます。少年ははじめてランドセルをしょったとき「こんなにかっこいいものがボクのものだなんて!」と思ったはずです。宝もののように大切に使ったはずです。でも少年はだんだん大人になります。ランドセルはどんどん古くなってこわれます。それでいいのです。

黒竜がブラックフォールにすんでいるのにもわけがあります。同色の黒い水に身をかくすためというのが一つ。もう一つはブラックフォールの水は、とてもあまい味がするのです。そのあまい味は、黒いランドセルが含んでいるちょっと胸が苦しくなるような味——それを心理学・栄養学では「せつなさ」といいます——を中和してくれるのです。

『ポニイテイル』★62★へつづく                            


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