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エピソード#6  旅は自分を取り戻す時間、人を元気にさせるパワーがある


他県から数時間かけて旅行に来られたご家族を熱海駅でお出迎えしました。介助式車椅子に乗車された利用者さまは、首を自分の力で支える事が出来ずに、車椅子の移動介助するご家族に、首を支えてもらって移動して来られました。事前に希望があったので 弊社のリクライニング車椅子に乗り換えて旅行中の移動はリクライニング車椅子で過ごされました。この利用者様のご家族から、最初にご予約のお電話を頂いてから、度々、変更のお電話を頂いていました。
 
『家族での入浴介助は難しそうなので、入浴介助はお願いできますか?』、『普通の車椅子で過ごすのは辛そうなので、リクライニング車椅子を貸して頂くことは出来ますか?』、『移動中の体調管理が不安なので、看護師に同乗して頂くことは出来ますか?』、変更や要望追加のお電話を頂く度に、状態が不安定で変化されているんだろうと思い、頂いたリクエストには可能な限りお応えできるように準備をしました。
 
私達も 差し支えない程度に ご利用者様の体調(病名や身体状況、医療的ケアが必要な方か、介助時の注意点など)を伺っていますが、「少し体調を崩していたが、回復し旅行は行ってもいいと医師から許可は出てます。」と、ご家族がお身体の様子をあまり話されず、言葉を濁す感じがあり、深く聞けませんでしたが、闘病中で身体状況が不安定な方だろうと予測はしていました。
 
また、これだけ状態の変化があるのだから、当日キャンセルという判断をされる可能性もあるかもしれないとも思っていました。それが、このような病状であっても、旅行を決行された事に、覚悟を感じました。そんな強い意志を感じましたので、最高の旅行となるように、精一杯おもてなししようと思いました。
 
そして、その気持ちは、このご家族が立ち寄った、飲食店、観光施設、ホテルでも、さりげない合理的配慮でおもてなししてくださり、心のバリアフリーを感じました。
ある観光施設では、大雨だったこともあり、屋根があって安全に乗降介助出来る場所に、無線で連絡をとりながらスムーズにご案内下さいました。ある飲食店では、安全に乗降介助出来る場所を確保して下さり、かつ雨が降っている中で、傘を差してご案内下さいました。

また、ある観光施設では、通常の出入り口では階段があるのですが、バリアフリーの出入り口にご案内下さいました。そして宿泊されたホテルでは、貸切風呂に近いお部屋をご用意下さって、タオルも多くご用意くださり、出入りさせていただいた3日間、私たちのことまでもいろいろ気に掛けていただきまして、感謝致しました。
 
私は滞在中のホテルでの入浴介助を担当させていただきましたシャワーチェアにも座れないかもしれない、どうしようか、と思いながら入浴介助のためホテルのお部屋へ伺うと、ご利用者様はベッドで休まれていました。初めてお会いし、体調は良くはないんだ、と察しました。

ご家族から 「訪問看護師さんから手紙を預かってきました」と言われ 『旅行中の介護タクシーの看護師さんへ』と書かれた封筒には、普段関わられている訪問看護師の方からの情報提供書が入っていました。その提供書を読んで、ご家族が 事前のお電話で言葉を濁していた意味がわかりました。『元気なうちに伊豆に旅行に行きたい』『温泉に入りたい』というご本人、ご家族の思いがあり、 かなりの覚悟を持っての旅行なんだろうと思いました。
 
ご本人は 疲労もあり、「温泉、入れないと思う。椅子にも座れない」と話されました。血圧などを計りながら、手足がとても冷たかったので「足湯はどうですか?」と聞くと「いいかも」と言われたので、私は決断しました。「温泉に浸かるのは体力も使うし、疲れちゃうかもしれないので、短時間で リクライニング車椅子に寝たまま、足湯して、温泉を身体に掛けて、温まることもできますよ」とご利用者様とご家族に伝えました。(リクライニング車椅子のシートの表面は拭けば乾きますが、中にお湯が浸透して濡れる可能性はありました。)
 
ベッドからリクライニング車椅子への移乗も ご家族に手伝っていただき、貸切り風呂へ移動。リクライニング車椅子で 脱衣介助すると かなり皮膚が落屑あり、乾燥していました。浴室もリクライニング車椅子のまま入り、シャワーを出して浴室を温め、ご本人の身体の末端から温泉を掛けていきました。ご本人は「気持ちいい」と言われ、無表情だった顔が少し緩んだように見えました。

足湯用の洗面器にも温泉を入れて 足を温め、その間に、お顔やお身体を綺麗に洗いました。背中は ご家族にもお手伝いいただき、横向きになったご利用者様を私が支え、ご家族様に背中をタオルでこすっていただきました。「わ~、だいぶ汚れてたね」とご家族様もびっくりされていた位、垢が落ち、ご利用者様も 表情がかなり和らぎました。
 
再び 脱衣室に移動し、濡れているリクライニング車椅子を拭きながら、着替え介助をするのはかなり大変でしたが、入浴前は、ほぼ無気力だったご利用者様も身体の向きを変える時や着替えの時にご協力くださり、ご家族様にも協力していただき、なんとか終了しました。

案の定、リクライニング車椅子のシートは濡れました。よく考えれば、リクライニング車椅子のシートをはずして バスタオルを何枚か敷けばよかったのか、とも思いましたが、かなり痩せてしまっていたので、リクライニング車椅子のシートをはずしたら 寝ていられなかったかもしれない、臨機応変になんとかできた、と心を切り替えました。

ご利用者様は 入浴後、顔色、表情がかなり良く、手足の冷えも 少し改善していました。温泉に浸かることはできませんでしたが、温泉を掛け湯できてよかったと思いました。
 
2日目も入浴介助をさせていただきました。ご利用者様に「温泉は入れそうですか?」と聞くと「温泉、入りたい」という嬉しいお返事をいただきました。前日は温泉に入るまでは、乗り気ではなかったご利用者様が この日は「入りたい」と嬉しいお言葉を言ってくださいました。
 
前日の反省点から リクライニング車椅子のシートははずし、濡れても問題ないシートの代わりになるような道具を揃えたので、説明をしながらいろいろ準備をし、温泉へ(掛け湯ですが)。
前日は洋服を脱いだら皮膚が乾燥して落屑がかなりありましたが、今日は皮膚の落屑はなく,カサカサもそんなになく、温泉効果ありと思いました。

掛け湯をするとご利用者様の表情が和らぎ、ご家族にご協力いただき背中を洗っていただくと、「気持ち良い~」と言ってくださるので、それを見ていたご家族様も嬉しそうにされていました。
 
入浴介助前は さらりとしか読めなかった訪問看護師さんからの情報提供書を読み直すと、きっとご家族は、「病状を事前に伝えたら、温泉は無理ですと断られてしまう」と思ってしまい言えなかったのかもしれないと思いました。
 
今までのナース人生の中で、入浴に関しては、訪問入浴や療養型病棟での経験が 今、役に立っていると思いますが、旅行で来られる方の入浴介助はさまざまなパターンを想定していこうと改めて思いました。
 
初日は、首を自分の力で支える事も出来ず、無気力で無表情だった利用者様が、最終日は、顔色も良く、首もしっかりと支えられているだけでなく『お母さま』としての役割を取り戻し、宿泊されたホテルをチェックアウトする際に、ご家族に色々と指示をされたり、スタッフの方に気を配ったりされていました。
 
旅は人を元気にさせるパワーがあると改めて感じます。
無気力・無表情・無口な方が ちょっとずつ 「無」がとれていくといいますか、「取り戻す」という感じでしょうか。車椅子のフットサポートに足を乗せる時に 自分の力で 足を上げようとしてくれたり、身体の向きを変える時に協力動作があったり、ふとした瞬間に微笑んだり、自分の「○○したい」という気持ちを伝えたり。旅は自分を取り戻す時間でもあるんだろう、と思えます。
 
『伊豆をユニバーサルツーリズムの聖地に』〜気兼ね無く旅行出来る社会を全ての人へ〜
このテーマで、2020年2月に、さんしん夢企業大賞の地域創生賞を頂きましたが、伊豆はすでにユニバーサルツーリズムの聖地になっている!そんな心のバリアフリーを感じた3日間でした。そして、こんなご時勢だからこそ、ユニバーサルツーリズムの可能性を強く感じました。
 
 

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