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日本にいる家族が倒れても、私はドイツで日常を過ごすのか

今朝早い時間に目が覚めて、なんとなく携帯を見た。一度携帯を見ると眠れなくなるから見ないようにしているけれど、今日はなんとなく見た。

SNSをひと通り見て、ふとLINEにたくさん通知があることに気づく。開いたら家族からのLINEで、病院にいるとのこと。

数日前にも同じ病院にいると連絡が来ていたから、最初はまた検査かなにかなのだと思った。でも途中で気づいた。これは検査ではない。

祖母が救急車で運ばれたという話だった。幸いにも大事おおごとではなかったけれど、ついあれこれと考えてしまった。

実はつい数日前に、祖母のもっとも仲の良かった方の訃報を聞いたところだった。もうそんな歳だよな、祖母はすごくよく生きてくれているなと。

そんな中での今回のことは、私がたくさんの問いを抱くのに充分だった。日本にいる家族が倒れても、私はドイツで日常を過ごすのか。

もちろん答えは、簡単には出せない。


大学生の頃、祖母が蜂のアナフィラキシーで倒れた。いろんな出来事が重なり、幸いにもドクターヘリで運ばれて一命を取りとめた。

情報がうまく入ってこず、「車から見つかった祖母がドクターヘリで運ばれた!」とだけ聞いた私たち家族は、もう祖母には会えないのだと思った。

関西にいた私と弟は急いで飛行機のチケットを押さえ、空港で合流して帰った。あの時のことを思い出すだけで泣けてくる。生きた心地がしなかった。

だけど幸いにも、ほんとうに幸いにもいろんな奇跡が重なり、祖母は今日も生きている。先に亡くなったおじいちゃんにあれほど感謝した日はない。


関西に住んでいた時の私は、その日のうちに実家に帰り着けた。その日のうちに祖母の病院に行けた。

だけどいまの私はドイツにいる。帰るには1日かかるし、このご時世チケットには30万くらいかかる。

それに、そもそも時差が7〜8時間ある。私が朝起きた頃には日本は夕方で、もういろんなことが過ぎたような時間に目が覚める。

日本とドイツは、そんな距離感なのだ。ふつうに暮らしているとうっかり忘れそうになるけれど、とても駆けつけられる距離ではない。


駆けつけられないことは、私も家族もわかっている。何かがあった時にはきっともう間に合わないし、帰ってこなくていいとも思っているのだと思う。

だけど、やっぱり。最期の時が来たとして、それをその場で見られない、見送れないことを未来の私はどう思うだろうと。

仮にオンラインで繋いでもらったとして、写す家族も最後の時を大事に過ごしたいだろうに、私がそれを奪っていいのだろうかと。

そんなことを考えながら、今朝の私はもう少し眠ることにした。そんなことを考えたって、きっといますぐに答えが出ることはないから。

眠れなくなった頭に残った、ほんの少しの眠気をかき集めて、大丈夫と言い聞かせ、浅い眠りについたのだった。


7年半勤めた会社を30歳で辞め、好きな場所に住んで好きな仕事をする人生を作り直すと決めました。サポートいただいたお金は、退職後にお仕事にしているコーチングのスキル向上や、noteを書き続けるための生活に使用します🙇🏻これからも記事を通してみなさんと繋がれたら嬉しいです☺️