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田舎に帰ることの豊かさ

数日前、祖父母の家に寄った。祖父母の家といっても、それはもうしばらく前の話で、いまは祖父は亡くなっているし、祖母はうちの両親と暮らしている。

子どもの頃は、こんな田舎に育つことを不自由に思った。車がないと何もできないからだ。祖父母の家から当時の自分の家まで、歩くことができないとも言えないけれど、とても歩くような距離ではない。実際、歩いたことは一度もない。

当時住んでいた家から最寄りのJRの駅までも遠くて、車でも20分はかかるような場所だった。こんな場所で育つことは、子どもの私にとってはなんとも不自由で、都会の同年代と比べたらなんて不公平なのだと思った。

だけど、いまの私には違う思いがある。田舎は豊かだということ。戻れる田舎があってよかったと思う。


数日前に祖父母の家に寄ったとき、祖父母宅の裏庭ならぬ裏畑で育てられている玉ねぎの世話をした。「肥料をやっておいて」という母からのこと付けだったけれど、実際に見てみたら草がたくさんだったので、草をひいてから肥料をやることにした。

ざっと100個はありそうな、玉ねぎ用に開けられた穴。1つずつ草をひいて、ときには間違えて玉ねぎごとひいて、仕上げにまた1つずつの穴をまわって肥料をやる。

どれだけ時間がかかるのだろうと思ったけれど、反対側から手伝ってくれた恋人のおかげで案外早く終わった。2人でやったおかげで、土を触って自然を感じる時間をほどよく味わえた。とても豊かだった。


玉ねぎの次は、犬の散歩に出かけた。うちの弟夫婦が飼っている犬に会えることを恋人がいつも楽しみにしていて、それならと散歩に行かせてくれた。この子と散歩をするのは、私にとっても初めてのことだった。

「いつもあちこち匂いを嗅ぎながら歩く」「こだわりが強いから、あまりにも長く嗅いでたら引っぱっても大丈夫」と聞いて散歩に出た。小さな体でぐいぐい好きな方向に進み、匂いを嗅いでいる姿が愛らしかった。

途中で「これは引っぱるところだろうか」と迷ったのが、幼なじみの家に興味を示したときだった。幼なじみといっても1つ下で、一緒に遊んだりしたのは保育園か小学校の低学年までくらいだろうか。いまは何も親交がない。

その幼なじみの家から人と車が出てきた。犬を離れさせるべきかと迷っているうちに、おばあちゃんが犬に声をかけてくれて、私は「あいみです」と名乗ることになった。

そしたらびっくり、出てきた車には、小学校から大学まで同じ学校に通った唯一の先輩が乗っていた。風のうわさに近況を聞くことはあっても、会うのはもしかすると大学の卒業以来ぶりとかだったからびっくりした。

こういうところも、田舎の豊かさの1つだと思う。家の近所やみんなが利用する場所を歩いたら、必ず知り合いに会う。会いたくないときには嫌かもしれないけれど、たまに帰る側の私にとっては、あたたかさを感じられる豊かな体験の1つ。

先輩や幼なじみのご家族と少しの談笑をして、その場をあとにした。ほんの少しの時間だったけれど、その後の私にはあたたかい余韻があった。


自分が生まれ育った田舎があって、その場所に帰るということは、豊かだなぁとあらためて思った今回のことだった。

幼なじみの家を出たあとは、ぐるーっと周囲を散歩して、最後は犬を抱き上げて「こっちね」と家に帰った私たちは、弟やその友人たちとともに七輪で肉を焼いた。もう私の友人は、こんなふうに集まれない年代になってしまったから、弟のコミュニティに混ぜてもらったこの体験も豊かだった。

私はこの一時帰国で、過去には受けとれなかった田舎の豊かさを受けとっている。そう感じた夜だった。

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7年半勤めた会社を30歳で辞め、好きな場所に住んで好きな仕事をする人生を作り直すと決めました。サポートいただいたお金は、退職後にお仕事にしているコーチングのスキル向上や、noteを書き続けるための生活に使用します🙇🏻これからも記事を通してみなさんと繋がれたら嬉しいです☺️