Eme suzuki(からだのアトリエ バオバヴ )

おどったり、からだを整えるワークショップを行なったり、子ども達とヨガをしたり…… 様々…

Eme suzuki(からだのアトリエ バオバヴ )

おどったり、からだを整えるワークショップを行なったり、子ども達とヨガをしたり…… 様々な身体表現にまつわることをライフワークとしています。noteでは、療育に関するからだの勉強会やWSのレポート、観察日誌等を掲載しています。(参照HP:baobab-karada.com)

最近の記事

療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.54

5月のバオバヴカフェ(オンライン)。今回から、新しい本(「ニューロマイノリティ」横道誠・青山誠 編著)を読んでいくための、導入部を、皆でシェア。目次だったり、あとがきだったり…。 バオバヴカフェを次回で50回目を迎えるにあたり、これまでこのカフェで扱ってきたことの総括のような感触をこの本に感じ、選んでみたところ、継続参加の方々は、興味を持って下さったようで、次回からが楽しみでもある。 キティの書物も、引き続き取り組んでいる。私を含めた「みんな」の固定観念のようなものを解きほ

    • のびのびばplus 7回目

      まず、1つ目の療育ムーブメントの体験。 初参加の方もおられ、特に人間関係の組み合わせを、動きで体験することは新鮮だったようで、1つ1つ納得して動くことの大切さを確認。 2つ目は道具を使うムーブメント。シンプルにリボンを使う楽しさが、テーマが変わることで、急に難しく感じられる体験。 その後、言葉とからだのワークを行い、終了。 動いた後の振り返りでは、実感したからこそ、出てくる「面白さ」であったり、「難しさ」であったり。 参加者から出た「肉(にく)がここにあるということ」

      • のびのびばplus 6回目

        今回も、療育ムーヴメントを、2種、体験しながら、からだに起こるさまざまなことをシェアしていった。 最初に体験した療育ムーブメントは、身体認識、空間認識…と、動きの区分が明確であり、それぞれのからだに合わせて行うことができる類のもので、どんなからだの持ち主でも、それぞれに合わせた取り組みができるようなものであったし、その分、各自から出てくる動きを拡げていくスキルが、ファシリテーターには大切だということを、改めて認識する内容となった。 後者は、モノを使うことから始まり、そのモ

        • 療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.53

          今月のバオバヴカフェでは、継続参加者の花沙さん主導で、エヴァ・フェダー・キティの「愛の労働あるいは依存とケアの正義論」を読み始める。長いタイトルだが、ここに全てが詰まっているのでは、と思わされるスタート内容だった。特に前半の「愛の労働」ということ。 (詳しくは、以下の花沙さんの「雑感」を参照) 参加者の皆さんの気づきや意見も秀逸で、それぞれの立ち位置から、どういう方向に今後、落としどころを見つけていけるか、楽しみなスタートでもあったように思う。 「依存労働」という、はじめて

        療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.54

          療育にまつわる「からだ」へのまなざし vol.52

          3月のバオバヴカフェは、「アートとケア」の最終回。自身も引きこもり経験のある、渡辺篤さんの章を読む。 「想像しえない他者をつなぐ」の章。この方の、優れたプロジェクト「同じ月を見た日」について話す。ちょうどコロナ禍の作品ということで、みんなが引きこもり状態になった、当事者意識を共有しやすくなった、とされる時の作品。人々の「月を見る」という振る舞いを写真にして積み上げていくこと。プロセスが作品のようで、ケアとしての行為のようで、いい意味での曖昧さやゆるさの魅力をシェアする。 「記

          療育にまつわる「からだ」へのまなざし vol.52

          療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.51

          2月のバオバヴカフェは、「育児、家事、エッセンシャルワークなどの、不可視化されやすい労働に潜む政治性やジェンダー規範、倫理観に手芸の技法で光を当ててきた」(美術手帖「ケアの思想とアート」2022、vol.74号より)「碓井ゆい」さんの章を読む。話題の中心として、「ケアと女性性」に行き着く感触だった。「女性に生理があることは大きいのでは」「(誰でも)ケアをしたいと思えるようになることが大切なのでは」という意見が出たり、また、ケアということの対極として、以前にも登場した「ケアレス

          療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.51

          療育にまつわる「からだ」へのまなざし vol.50

          1月のバオバヴカフェの前半では、「ケア」という言葉からイメージすることをシェアしたりと、身近なところから、「ケア」にまつわる言葉をやりとりする。「子育て」「介護」、、 そこから、テキスト(今回は、美術手帖74号「「ケア」をを起点に考える新しい社会のかたち」の章)を読み進めていく。 「ケアについて考えようとすると、同時に格差や人種、インターセクショナリティの問題も関わってくる(杉田敦) 「……資本主義にさえも抵抗できる可能性」(岡野八代) 「依存関係は必ず第三者を必要とする」(

          療育にまつわる「からだ」へのまなざし vol.50

          のびのびばplusという場

          今年初めての「のびのびばplus」。 療育ムーブメントを体に通していく。この動きを通して、何を子どもに伝えていくのか、からだに軌跡を残していくのか、というところから、そのメソッド、方法のからだへのまなざしが透けてみえたり、背景にある身体観が感じられたりする。 どうもやってみて違和感がある場合、それは何処からくるのか、と丁寧に辿ってみる。 今回は、その理論の、そのやり方の向こうに、バレエの身体観がみえてきた。もっというと、西洋の20世紀の近代主義の、、と言えるかもしれない。 自

          のびのびばplus 4回目のこと

          今回も(2023、11/22)、SEE LEARNING(https://www.seelearningjapan.com/202403ws)のお助け術について、じっくり取り組みました。自身のからだに意識を向けるための導入が、9つに分かれていて、自分の状況に合わせて、お助け術を選択できるような流れになっています。どれも心地よい内容で、逸脱しすぎず、取り組みやすいからだのワークが揃っている印象です。これらを参加者の皆さんと時間をかけて実践し、やってみた感触や疑問点などを、大いに

          2024年によせて

          2024年、元旦、能登半島地震、、被害に遭われた方にお見舞いを申し上げます。 同じ1月に起きた阪神淡路大震災で被災した身として、その後も続く余震の恐怖が思い出されます。1日も早く、大地の揺れがおさまりますように。 さて、、昨年は、コロナのことを少し棚に上げて、と、私自身、言えるまでになってきたような年であり、「ケア」ということについて、改めて考えた年でありました。コロナ禍で体験した出来事もそうですが、療育界隈に関わる中で、「ケア」にまつわる問題が何処からくるのか、、と考えた

          のびのびばplus 3回目のこと

          3回目の「のびのびばplus」も、SEEラーニングのプログラム(https://www.seelearningjapan.com/)を共有するところからスタート。 からだの感覚を研ぎ澄ます作業は、他者と共に行うことで、より質が高まることは、これまでさまざまな場で実施してきた中で、実感している。 発達特性のあるこどもと沢山関わるようになって5年程だが、この外部から受ける刺激の濃淡は、ともかくも多様で、「自分が感じることの正しさとその脆弱性」みたいなところは、このようなプログ

          療育にまつわる「からだ」へのまなざし vol.49

          今回から、美術手帖「ケアの思想とアート」(2022、2月号)も扱い、まずは「傍らにある生を照らす、美術の向き合い方」の項をシェアしました。2人のアーティストは、身近な兄や妹に、ケアのまなざしが必要だと感じながら生きてきた人達。 この「ケア」という言葉を、深く丁寧に噛み砕いていくことで、このバオバヴカフェのテーマ「療育にまつわるからだへのまなざし」の根幹を編み出すことができるのでは、と思いながらのスタート。ここ数年、このカフェで扱ってきたさまざまな事例を、このまなざしから、編み

          療育にまつわる「からだ」へのまなざし vol.49

          療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.48

          先月のカフェも、引き続き、「ポリヴェーガル理論」を扱いました。現場での大人や子どものからだの様子を、あえて「色」で、見ていくことで、赤や青の状態がずっと続くことは、あまりよくないな、ということに気づきます。この「ずっと」に変化が起きるように、例えば「背中をさする」や、「涙をふくためのティッシュを差し出す」という動きが出ることは、当たり前のようで、人の営みとして、もっと大切にしていいことなのかもしれない、と、話していく中で感じたところです。他者の働きかけ故に、当事者がよい方向に

          療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.48

          のびのびばplus 2回目のこと(7/12実施)

          2回目の「のびのびばplus」は、SEEラーニングのプログラム(https://www.seelearningjapan.com/)を共有するところからスタート。 ダンスに関わっている人なら、一度は通っているであろう、感覚を意識していくボディワークを、整理されたプログラムとして改めて体験。新鮮な気づきが起こることが心地よい。 他にも、療育ムーブメントを、改めて体験していくことで、ムーブメントの奥行きを実感し、自身の発見や、他者(この場では、特に発達に特性のある子供達のこと)へ

          のびのびばplus 2回目のこと(7/12実施)

          療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.47

          今回のバオバヴカフェでは、支援の必要な子供達にとっての、「安心、安全」な場所についての話題が出ました。そういう場とは、「あたたかい」「そのままの自分でいられる」「受け入れられる」、、といった言葉が出ました。逆にそうでない場とは、、 からだの様子でみると、前者では、のびのび、後者はドキドキ、カチカチ、といったところでしょうか。 義務教育機関である、小、中学校は、そんな子ども達にとって、圧倒的に後者であることが多い、、というのは、実感としてあります。又、放課後デイでも、案外、この

          療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.47

          療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.46

          6月のバオバヴカフェも、「ポリヴェーガル理論」について。 自分の状態を客観的に見る指標として、「赤、青、緑」という色を使うことはわかりやすい、と参加者同士で一致する。(詳細は、以下、花沙さんが、まとめてくださっています) 特性の強い子供達にとって、周囲の人間の関わり方で、こうも違った風になるのか…という状況は、放課後デイという現場で、本当に数多く見てきたし、日々目にしている。例えばADHDタイプのアクティブな子への、火に油を注ぐような関わりをする大人をたまに目にするのだが、大

          療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.46