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誰かを殺し、誰かがキレイにしてくれた水に、僕は今日も生かされてるだけだ「This is water/これは水です」のお話③

昨日からの続きやで!


昨日までのまとめ


・僕らは「水」が見えないサカナみたいなもんだ

・いや、むしろ「監獄が見えない盲目の囚人」みたいなもんだ

・その監獄は「セカイの中心は、たぶんオレorわたし♪
理由は特にないけど、たぶん100%そう♪たぶん♪」
という思い込みだ

・そこから脱獄するために、考えるべき対象をみずから選べるようになろうや!!


でしたね。

そしてウォルス先生は、この「見えない監獄」を意識しながら生活する、ということがどれほど困難であるか?を語ります。


人生とかいう脱出ゲーム、まじ無理ゲーなんだけどw

自身の頭の中の独白に催眠されることなく、
周囲に注意を払い続ける

というのは非常に難しいことです。
(略)
研ぎすました意識を持ち、
自分が考えるべき対象を選び、
自分の経験から意識的に意味を抽出できるようになること。
これができないと人生はツラいものがあります。

「意識は優秀な執事ではあるが、最悪な主である」
という、これまた陳腐な表現が意図することです。
(略)
銃器で自殺をする大人の大半が、
自分の頭を撃ちぬくというのは、
「最悪な主」を殺すためです。


(引用元:quipped/「これは水です。」)


この後のウォレス先生の最期を知っている僕らからすると、これはなんともゾッとするくだりですね。

でも、ここでウォレス先生が言っている「無理ゲー」の輪郭がハッキリと見えてきました。


自身の頭の中の独白に催眠されることなく、
周囲に注意を払い続ける

つまり、「頭の中のひとりごとによる催眠」から、いかに自由になるか?

それが、考えるべき対象をみずから選べるようになろうや!!の意味するところなのです。


ちょっと脱線しますが、ウォレス先生の死後、生前の彼へのインタビュー音声を元に作成された映画があります。

(めちゃくちゃいい映画です。男2人が会話してるだけの映像が続く、波乱のない展開。でも、演技と映像と音楽がいい。ウォレス先生の人間臭さと、いちいち知的な会話についつい引き込まれて、飽きが来ない。気がつきゃ最後まで見ちゃいました。映像の中に広がる時間と空間は、素朴で静謐な優しさに満ちていて、観賞後は一冊の小説を丁寧に読みきって、そっと本を閉じた時にも似た満足感があります。「人生はローリングストーン」という邦題のダサさに怒っているウォレス先生ファンのレビューがあって笑ったw)

このインタビューは、亡くなる12年前に行われたものですが。ここでもウォレス先生の葛藤が甲斐みえます。

インタビュアーの青年と、口論になるシーンより。

演技するより
まともに会話したい

そう思うのが、おかしいと思うなら
そう思ってろ

俺は自分の型を守るのに必死だ
信念を持って守り続けてる
無意味かもしれないのに


(引用元:「人生はローリングストーン」/監督:ジェームズ・ポンソルト)

2人のアラスカ人へ「もっと謙虚になろーぜ」と語りかけていたことからも分かるように、ウォレス先生は自分が「傲慢になること」を人一倍牽制していたんだなあ、ということが伝わってきます。

それは、「意識という最悪の主の奴隷」に成り下がることを意味するからです。

この孤独な戦いは、ウォレス先生の死の直前まで続いたことでしょう。


話を戻しましょう。

ウォレス先生は、卒業生たちに、この戦いがいかに孤独で、長く、耐えがたいものであるか?を、スーパーマーケットでの買い物のシーンを例にあげて説明してくれます。

言い切ってしまうと、君たち卒業生は、
まだ「来る日も来る日も」が何かわかっていません。

実は、卒業スピーチで誰も話さない、
アメリカの社会人生活の大きな比重を占める部分があります。
そのひとつが、退屈と、つまらない苛立ちです。

親御さんや年配の方々は、ぼくの言っている意味が、
よくおわかりになるかと思います。
(略)
あなたは朝起きて、やりがいのある、
知的階級の、大卒の人のための仕事に行き、
10時間ほど一所懸命に働いた後、
ずっしりと疲れとストレスが溜まった体で、

ああ家に帰って夕飯でも食って
1時間ほど息抜きをしてから
早めに寝なきゃなあとため息をつき、
帰路につきます。

早めに寝るのは、また次の日に同じことを
繰り返さなくちゃいけないからです。
が、そこで家に何も食べるものがないことを思い出します。

というのも、
「やりがいのある」仕事が忙しかったせいで、
最近ろくに買い物をする時間がなかったからです。

仕方がないので帰りにスーパーに寄るべく
車に乗るのですが、道は大渋滞です。
(略)
そこにあるのは長蛇の列。
バカげていると憤慨します。
でも、レジの女性に八つ当たってはいけません。

彼女は過労働で疲れきっており、
その仕事のつまらなさと無意味さは、
あなたがたのようにエリート大学を出る人間には
想像もつかないことと思います。


(引用元:quipped/「これは水です。」)


……と、そんな感じでスーパーの「あるある」が続きますが、正直この話は現代の僕らにとってはもはやあまり新鮮とは言えません。

2005年には、疲れをためたホワイトワーカーが、渋滞の中を自家用車でスーパーまで行き、食材を買って家路につく、という光景は日常でした。もちろん、今でも地方都市(僕の生まれ育った街)なんかでは、それが日常です。

でも、2021年の現代には「来る日も来る日も」はもう少し別のカタチで存在しています。


現在、「大卒のためのやりがいのある仕事」とは、主に家の中で完結するリモートワークが主となりました。そして、それを支えているのは渋滞する道路やチカチカした照明のスーパーマーケットではなく、Amazonなどの巨大な物流プラットフォームです。

今日では、大卒の彼ら彼女らは「来る日も来る日も」ステイホームなのであり、スーパーに行くよりもUber eatsで食事を宅配してもらい、運動不足を解消するためにYouTubeのフィットネスチャンネルに登録し、新しいスポーツウェアをAmazon Primeで取り寄せる。

そこでは、混雑したレジ前の長蛇の列も、子供を怒鳴る母親の姿も、死んだ目をしたレジ打ちのおばちゃんも、視界からは消えています。


来る日も来る日も、ディスプレイを長時間眺め、眼精疲労をため込みながら、同じ部屋で、同じポジションをとり続ける。

これは、見方を変えればウォレス先生の語るスーパーのあった日常よりもキビシイかもしれません。

大事なのは、こういった日々のつまらない、
苛立ちを覚える場面でこそ、
先に述べた「考える対象を選択すること」
が重要になるのです。

道路の渋滞も、混雑したスーパーの通路も、
レジの長い列も、すべて考える時間をくれます。

(引用元:quipped/「これは水です。」)

しかし、今日の「来る日も来る日も」には、「考える対象」の姿も、「考える時間」の余裕も、ありません。

利便性と合理性の追及により、そのような余白はカットされ、僕らは「余計なことは考えず」に、「時間をムダなく効率的」に、目の前の仕事に費やすことができます。

そうして「やりがいのある仕事」をこなし、浮いた時間には自分の望む「好きなこと」に没頭することができます。


ウォレス先生の「考える対象」は、いつもステイホームしている部屋の「外」にあります。

しかし、そこで起こっている事は、能動的に知ろうとしなければ、目に入らないタイプの出来事です。

僕やあなたの持っているスマホには、僕やあなたにすでに「最適化」された範囲のものしか基本的には表示されません。そうして造られた小さな島からでは、遠く離れた大陸で起きている出来事は、見えないことが多いのです。

それは、すぐ目の前で起きていることでありながら、もはや外国の出来事かのように隔てられているのです。


例えば、僕がAmazon Primeで商品をクリックすると、何が起こるかご存知でしょうか?


僕は相当にバカなので、しばらくそんな問いすら持たずにヘラヘラ暮らしていたのですが、手元にある「潜入ルポ Amazon帝国(横田増生著/小学館)」によると・・・


僕がAmazonの画面で「注文を確定する」をクリックすると、その情報は一旦アメリカのAmazonのサーバーへ飛ぶ。

それを経て、注文者の自宅に近いAmazonの物流センターに振り分けられる。僕の場合は、国内最大の「小田原物流センター」だ。

ここで、僕の注文情報が、ピッキング作業をしているアルバイトのハンディー端末に届く。

このハンディー端末はものすごく”優秀”で、アルバイトとピックされる商品との距離を自動で産出し、「アルバイトが急いで商品をピックしないと間に合わないギリギリの時間制限」を、毎回設定する。

だからアルバイトは、ハンディー端末が決めた15秒とか60秒とかのカウントダウンが0になる前に、急いで巨大な倉庫の棚の中から、その商品を見つけてピックしなくてはならない。

そうして一つピックされると、息つく暇もなく次の注文情報がハンディー端末に届く。

それが労働時間中、延々とつづく。アルバイトは休憩もいれた8時間の労働時間で、20km以上も移動するという。これが毎日だ。そしてそのアルバイトの大半は、中高年だ。

毎日ハーフマラソンを移動するような過酷な労働環境だが、賃金は最低賃金に近い。そしてなぜか、アルバイトはAmazonおよびAmazon社員のことを「アマゾン様」と呼ぶことが公的な風習になっているという。

こうした極めて"優秀"な管理システムのおかげで、数時間以内にピックされた商品は、ベルトコンベアーに乗って梱包エリアへ。

ここでも短時間で包装された商品は、Amazon物流センターから宅配業者の中継センターへと運ばれる。

注文した日の夜に、中継センターでは商品は地域ごとに細かく仕分けされ、翌朝には最寄りの宅配センターへと運び込まれる。

そこから配達員が朝から1日かけてそれぞれの荷物を届けてゆく。


……これが、僕のワンクリックの向こう側で起こっていることらしい。

ちなみに、2018年の時点で世界中で推定44億個の商品がAmazonにより配送されたと言われる。イメージするのは簡単だ。上記のプロセスを44億回、頭で繰り返してみればいい。

……脳細胞が静かにスリープする音が聞こえた。


こうしたAmazonの過酷な労働環境や、その割に税金を落とさない過剰な「租税対策」は、先進国では特に問題視されている。

しかし、日本ではメディアが積極的にとりあげず、労働組合もないので問題が表面化しづらいらしい。Amazonからすればこれほど良い市場はないだろう。

安価でよく働く労働力(移民でなければ言語の壁もない)が大勢いて、税金を納めなくても文句を言ってこない政府と、帝国を愛してくれる行儀のいい大量の消費者(日本はAmazonの売り上げ世界第3位)がいてくれるんだから。


ちなみに、間違いなく僕のAmazonでの注文を担当しているであろう小田原センターでは、近年アルバイトの死亡事故が多発しているらしい。

夫をAmazon物流センターで亡くした高齢の女性が、生活費を稼ぐために働きに出たのは、夫が事故死した同じAmazon物流センターだったという。

「小田原付近では仕事が少ないので、困った時のアマゾン頼みって言われているんです。給与は日払いでもらえますし。

夫が亡くなったことへのわだかまりが全然ないと言ったらうそになりますけれど、生活のためだと割り切ることにしました。

年末もお正月の三が日も働くつもりです」

引用元:「アマゾン物流センター内で死亡事故が続発「希薄な関係」が要因に?」/livedoor News


2021年、残念ながらウォレス先生はもういない。

でも、水は水としてここにある。

そしてそれは、もっと見えずらく、考えづらいものになっている。


「考えるべき対象」も「考えるための時間」も、無くそうと思えばどこまでも生活から排除できてしまうだろう。


透明な水は、透明な「便利さ」として、ディスプレイの角にコーディングされている。

僕はまた押すだろう。

《注文を確定する》


「便利さ」の享受とは、生活の中から不純物を取り除くことで成り立つものなのだろうか?

その裏側に当然あるはずの、搾取の痛みや悲しみ、人が人でないシステムによって動かざるをえない不条理さを、見て見ぬふりをして、僕らは安全な消費者としてあぐらをかいていて良いのだろうか?


なんて、偉そうに書いている僕はAmazon Prime会員だし、さっきの映画もAmazonで見たし、今も現にあぐらをかいてこれを書いている。

クソだ


僕はそのクソの一部で、消費者であり労働者で、ワンクリックで今日も見知らぬ誰かを走らせている。もちろん僕だって、誰かのために走らされている労働者のひとりだ。「大卒のためのやりがいのある仕事」なんて1時間もやったことがない。パソコンの前で完結する労働というものも知らない。正直、嫌悪しているあり方だし、だからと言って彼らが作ったプラットフォームで買い物をして、動画を見て、日々を過ごしているのも事実だ。明らかに矛盾している。だから、見て見ぬふりをしたら終わりだと思う。

この矛盾が、僕が棲んでいる水だ。透明に見えるのは、誰かがそれを綺麗にしてくれたからだ。それだけだ。

透明な川の水も、空にのぼって雨になれば、人家を破壊する濁流になるかもしれないし、人や動物を飲みこんできた水なのかもしれない。

僕はこの水に生かされている。誰かを殺したかもしれないこの水に。誰かがキレイにしてくれたこの水に。


This is water.

これは水です。


だいぶ脱線しちゃったけど、ウォレス先生は言う。


唯一無二のシンジツとは、
「どう物事を見るかは自分で選択できる」
ということです。


(引用元:quipped/「これは水です。」)


そしてそれこそが、もう一つの自由の定義なのだと。


そういや、前に一緒に住んでいたやつが、短期でAmazonの物流センターでバイトしてたことがあった。その時は、そこがそんな過酷な労働環境だなんて知らなかった。あいつが夜勤でハーフマラソンを走らされてたなんて知らなかった。あの時、あいつの足はパンパンだったんだろうか?

次あったら話してみよう。


ああ、ウォルス先生、

こりゃ無理ゲーっすね・・・


みんなあんま無理すんなよ。

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