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【エッセイ】味噌汁マインドフルネス

たかが味噌汁、されど味噌汁。

ドメスティックな瞬間こそが、心身を救うこともある。

今日、私は疲れていた。

久々に家にひとりでいる時間をゲット出来たのに、何だかダウン気味で一日動けなかった。

おそらくは、いまだ居残るこのしぶとい残暑のせいと、年甲斐もなく夏じゅうアウトドアに駆け回ったしわ寄せが今頃ひたひたと押し寄せてきたせいだろう。

夕べ突然強烈な眠気を感じ、早めに寝に就いたものの、一晩眠ったくらいで解消する疲労感ではなかった。
朝目覚めてからも、体は重いわ頭はモヤモヤするわで何か生産的なことをしようにも、「するな」「やめとけ」と強い力で後ろから引っ張られているようだったのである。今日こそはたっぷり時間をとって小説を書こうと意気込んでいたのに、どうもそういうわけにはいかないようだ。落胆する。

けれどここまでの体のサインを無視してゴリ押しで書き進めても、多分満足のいくものは書けないだろう。いやきっとそうだ。
直感のようなものが、そう囁いていた。

そこでもう、「今日は私、休業日」と決めて、朝から居間のソファで寝っ転がって目を閉じていることにした。テレビも消して、スマホも遠くに置いて。とにかく少しでも刺激になり得そうなものは、全部シャットダウンした。
日中でもいつも点けている部屋の電灯も消して、薄暗い中でヤモリのようにただ潜んでいた。

じっと目を閉じていても、頭の中には考えごとがぐるぐる巡っている。極力何も考えないよう、脳のスイッチをオフにするよう努力する。朝起きてたっぷりのアイスコーヒーを飲んだばかりの脳がそんなことに協力してくれるはずはないのだが、それでもしばらくする内に、それなりの鎮静状態は訪れた。

そうやって午前中を過ごし、午後1時頃になると、ようやく全体的に楽になってきた。そうすると、先立つものは食欲だ。

若干の空腹感を覚え、何を食べようかと思案する。ちょっとした断食状態だったので、せっかく健康的に傾いた体にインスタントラーメンのたぐいは入れたくなかった。

では何を食するか?

冷蔵庫の中にある昨日のおかずの残りは揚げ物で、まず今は体が欲さない。ご飯に漬物? とも思ったが、あいにく炊いたご飯がない。

そこでちょっと考え、味噌汁を作ることにした。

ようやく起こした体を引きずり、台所に行く。冷蔵庫から大根、薄揚げ、旅行先で買ってきたえもいわれぬ美味しさの味噌、そして絹豆腐を取り出す。本当は木綿豆腐が良かったが、買い置きが無かったので我慢。

味噌汁の味の決め手は出汁が半分、具材1/4、味噌1/4だと思っている。出汁のしっかりいた味噌汁は他のおかずを凌駕する美味しさを醸すことがある。

というわけで、鍋に水といりこを入れ、しっかり煮出していく。だしパックも同時に使う。

出汁の段階から何度か味を見て、しっかり旨味が出ていることを確認する。
それから具材。細切りにした大根と薄揚げを投入、大根に半分火が通ったと見る頃、サイコロに切った豆腐を加える。
あとはしばらくグツグツ言わせておく。
あまり火力が強いと豆腐に〝す〟が入ってしまうので、弱火から中火の間といった火加減にするよう注意する。

そして火を止め、いよいよ味噌を投入する。味噌しを使ってきちんと丁寧にやる。

味を見ながら数回継ぎ足した味噌が全体に行き渡ったら、仕上げに多めのワカメを入れる。

心を込めて作った味噌汁は、鍋の中で心地よさげに味噌をたゆたわせている。

そして、実食。ご飯もおかずもない、純粋に味噌汁とだけ向き合う瞬間だ。
お椀にいで、ありがたくいただく。

味噌の旨味、大根の風味。薄揚げの味、豆腐の優しさ。
ワカメが意外にいい仕事をしている。強めの塩味が汗で疲弊した体に沁み入っていくようだ。

と言いながら、食べる端から汗がどっと吹き出した。
当たり前のことだが。(笑)

でも、調理している間と味わっている間は、確かに無心になれていた。わやわやと心身を駆け巡るあの不快感は消え去り、美味しいものをいただける喜びにただ満たされていた。

ひとつ事に集中するのがとても難しいこの頃、味噌汁が体と心を整える大きな助けになった午後だった。


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