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アニメ映画『君たちはどう生きるか』感想 歪さのない調和よりも、美醜溢れる混沌を

 他作品の感想と同じに、結末を書いているわけではないのでネタバレなしとしていますが、原作『ナウシカ』の結末を知っている方にはネタバレになってしまうかもしれません。アニメ映画『君たちはどう生きるか』感想です。

 戦時下の日本、母親を火事で失った少年・眞人(声:山時聡真)は、父の勝一(声:木村拓哉)と共に、東京を離れることになる。引っ越す地には、父が経営する新しい工場と共に、亡くなった母の妹である夏子(声:木村佳乃)が新しい母親として待っていた。眞人の心には複雑な感情が渦巻き、新しい学校にも広いお屋敷にも馴染めず、孤立していく。
そんな眞人は、お屋敷の周囲を飛ぶ不可解な青サギ(声:菅田将暉)のことが気になり始める。やがて青サギは眞人に挑発するように声を掛ける。「あなたの母君をお救いください」 眞人は、青サギに導かれ、屋敷の離れにある朽ちた塔へ足を向ける…という物語。

 アニメ界の巨匠・宮﨑駿監督による10年振りとなる劇場版アニメ作品にして、御年から計ると、最後の作品になるかもしれない映画。『THE FIRST SLAM DUNK』のやり方に触発されて、あらすじなどの事前情報は徹底的に明かさないという「広告しない広告」という手法も話題となりました。
 タイトルこそ、吉野源三郎の同名小説からとられていますが、それを原作としたわけではなく、ジャンル的にも宮﨑監督作品初期のファンタジーに近い内容になっています。ジョン・コナリーのファンタジー小説『失われたものたちの本』という作品に、プロットとしては近いものになっているようです。
 
 事前情報に箝口令がしかれていたせいもあるのか、公開後もなかなか内容を言えない空気になってしまい、口コミが広まりづらい感じがありました。観る前はそういう感じに何となく不満を抱いており、もう少しちゃんとした感想なり何なりが広まる空気に触れた状態で観たいと思っていたのですが、観てみて理解しました。感想を言葉にしたり、口々に考察して楽しんだりするような作品ではないんですね。映像に圧倒されて打ちのめされるか、置いてけぼりにされてポカンとするしかない作品だと思います。
 
 プロットこそ、宮﨑監督の初期作品に近いファンタジーものになってはいますが、全体の作りとしては、『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』に近い物語の組み立て方になっています。映像の強烈なイメージを優先させて、ストーリーの整合性を端から捨てたものになっているんですよね。
 序盤でじっくりと、『風立ちぬ』でも描いていた戦時下の日本での生活を描きつつ、中盤以降は、その世界とは全く関係ない異世界を描いているように見えます。けれども眞人が踏み込む塔の中にある世界は、生以前、死以後が並列になっているような世界なので、戦争中の現実世界と繋がっているとも感じられます。この世界観は『ポニョ』に連なるものに思えました。
 
 各シーンで、過去作のセルフオマージュが各所に登場しますが、これについてはサービスカットみたいなもので、作品の造り自体は現在の宮﨑駿の表現を最もダイレクトに放出しているように感じられました。
 物語の主軸そのものは、実はかなり解りやすいものになっていると思います。現実に問題を抱えている主人公が、異世界を冒険することで何かを得て成長するという王道、あるいはベタ中のベタな物語ですよね。
 ただ、そのベタな物語を理路整然とさせずに、とっ散らかった世界観イメージの応酬で、ある意味滅茶苦茶に引っ掻き回している部分に、「駿作品」を観ているという感慨がありました。
 
 動画作品としても、やはりS級のアニメ作品になっていますね。人力車に乗り込む時の重さを感じさせるきしみ、泥に踏み込んでバランスを崩す足の動きなど、ちょっと他のアニメでは観た事のないレベルのリアリティです。それでいて、後半での青サギのコミカルな飛び方、アクロバティックな活劇などを入れ込んでくるので矛盾しているはずなんですけど、このリアリティを先に描いているから、ファンタジーを受け入れられる部分があるようにも思えます。
 
 イメージの応酬は過去作の延長が多いのですが、一番、駿作品として画期的な部分がありました。それは原作の漫画版『風の谷のナウシカ』を感じさせる部分ですね。「塔」の奥に広がっている世界の映像は、原作『ナウシカ』の腐海が尽きた世界とよく似ているし、眞人が選択する答えも、ナウシカが選んだ道と同じものと言えます。
 個人的に、宮﨑駿の最高傑作は原作漫画版『風の谷のナウシカ』と断言し続けた身としては、ここにとてつもなく感動してしまい、心の中で立ち上がれなくなっていました。
 
 眞人という少年のキャラクター性も、ナウシカに似ている部分があるように思えます。物凄く聡明で、感情移入しにくいくらいの主人公キャラなんですけど、自ら付けた頭の傷についても言っていたように、自分自身の「悪意」について、とても自覚的な人間なんですね。この辺りが、漫画版のナウシカが平和を望んで争いを止めようと奔走しつつ、自らの手が血に染まることも引き受けながら進んでいた姿とよく似ているように感じられました。
 眞人と夏子という見目麗しいキャラの顔が、怒りや悲しみの感情に囚われて歪む表情は、今までの宮﨑作品にはあまり見られない表現だったように思えます。「悪意」というものに自覚的であるからこそ出来た表現なのかもしれません。
 
 しかし、これほど破綻した物語なのに、ちゃんと面白く感じられるという点に感動を禁じ得ません。塔の中の世界の説明も観念的過ぎるし、眞人と夏子の関係性も後半はなし崩し的だし、決して巧い脚本ではないはずなんですけど、所々の飛躍し過ぎている部分のブッ飛び方が快感になってしまいます。ただシンプルに冒険活劇としてもドキドキするし、言語化出来ずとも、感情的なメッセージは伝わってくる物語でもあります。
 
 繰り出されるイメージがどういう意味を持っているのか、様々な考察がされてはいますが、個人的にはあまり特定の答えを出したくない気持ちが強いです。各々で「どう生きるか」を実践するか、観た人に託す物語だったと受け取りました。
 僕としてはやはり、歪さのない調和よりも、醜さと美しさが混然とした混沌の世界を提示した、原作『風の谷のナウシカ』を感じさせるメッセージを与えられた気持ちです。
 
 人生の終盤で、最も破綻しつつ、ちゃんとポップな作品を創り出した宮﨑駿監督にはとても痛快さを感じます。ただ、本当にこれで終わるのか、ちょっと実感出来ない部分も大きくあります。ひょっとしたらカーテンコール的な作品があるのではないかと期待も抱いてしまう、それほどの充実した映像体験でした。


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