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戦車について知ろう!~戦中戦後編~

 皆様「重戦車」とはなんなのかご存知でしょうか。 
 ご存知Pz.Kpfw.ⅥティーガーやIS-2、M26パーシングなどに代表される重装甲と大口径砲を備えたです。
 では、重戦車滅亡の理由をご存知ですか?
実は「核戦争適応重戦車の失敗」もあったことをご存知ですか?

 どうもミリタリーサークル「徒華新書」です。
 本日のミリしら(ミリタリーの実は知らない)です。
 @adabanasinsyo

 筆者の北条岳人です。
 @adabana_gakuto

 前半をお読みになった方には前回の続き、黎明期の戦車開発には現時点で興味がさほどない方にとってはお待ちかね、第二次世界大戦以降の戦車開発を論う後半です。

 逆に第二次世界大戦を知らないという人はーーそんなにいないとは思いますがーー第二次世界大戦のヨーロッパ戦線の振り返り記事をご覧ください。


大戦前期における戦車開発

 ここからの各国戦車開発史はいよいよもって面白くなってきます……が、面白いからって全力で書き続けてるとぼくが満足する前に「今から」来年度になりかねず、
なんとか年度内に収まったとしても校閲する側とされるぼくで「長すぎる。ここの記載はいらない」『このくらい読める。必要だから書いている』の殺し合いになるのは確定なので、極力総則的に書くことにします。

 1929年の大恐慌によって多砲塔戦車の開発がソ連を除く全世界的に凍結された後も、「二本立ての戦車開発」という部分は残りました。尤もこの二本立ては国によって若干異なった色彩を持ちます。
 イギリスに於いては「陣地攻略用の歩兵戦車と、敵陣突破後の追撃や機動戦闘に用いる巡航戦車」(あるいはめいめいの戦車の通常型と、煙幕弾を投射して支援するCSモデル。但しCSモデルの登場は1940年以降)、
ドイツは「小口径砲で対戦車戦闘を担う戦車と、それを大口径砲で支援する戦車」、フランスは「敵の攻勢を受け止める装甲重視の戦車と、受け止めた後に反転攻勢に入る機動重視の戦車」となっています。
 これはソ連ですら例外ではなく「多砲塔戦車の代替・更新としての重戦車と、快速戦車の代替・更新としての中戦車」の二本立てでした。
具体的にはイギリスでは歩兵戦車マチルダと巡航戦車カヴェナンターやクルセイダー、ドイツではⅢ号戦車とⅣ号戦車、フランスではB1 bisやR35とS35、ソ連ではKV-1とT-34でした。

マチルダ歩兵戦車。正面装甲78mmは開戦時点では破格の重装甲だったが、拡張性がなさすぎて早期に陳腐化してしまった
巡航戦車カヴェナンター。「被弾面積の最小化のために全高を抑える」という発想はよかったのだが、そのために高さは低いが幅があるエンジンを選んだ結果エンジンの配置に困り、結果として排熱に非常に問題がある戦車ができあがってしまった
巡航戦車クルセイダー。開戦当初からイギリスにあった戦車としてはいち早く6ポンド砲を積載したのだが、その代わりに戦闘室容積が犠牲となった結果乗員が5人から3人に減り、整備の際などに大変難儀することとなった
Ⅲ号戦車。対戦車戦闘を担う主力戦車のはずなのに、軍がスペックにこだわり続けた結果38年12月になってようやく量産が始められたため開戦時点で主力を担えるはずもなかった
Ⅳ号戦車。対戦車戦闘を担うⅢ号戦車の後方から榴弾砲で支援する戦車だったはずなのに、後に拡張性の高さと設計の手堅さを見込まれて主力戦車の座につかされることとなった
R35。数の上では主力であったが、軽戦車の割には時速が20kmほどしか出せない。軽戦車の割に装甲は最大で45mmあるなど、何かが間違っている気がしないでもない
S35。騎兵科に配備される騎兵戦車として開発される。スペック的にはかなり優秀なのだが、フランス戦車の例に漏れず砲塔が一人乗りである。一応、無線手が砲塔内でしゃがめば乗れる1.5人乗り砲塔のAPX-1CE搭載型もある
B1 bis。この戦車については最初の記事で書いたので、詳しくはこちらを御覧ください。
<https://note.com/adabana_sinsyo/n/n277f0a42e065>
KV-1。3種類の重戦車の競作の中で「多砲塔をやめれば装甲も武装も強化できる」という発想に基づいて設計された。その重装甲は「ソ連に重戦車なんて開発できる訳ね~だろ(笑)」とたかをくくって侵攻したドイツ軍を大いに苦しめた
左から順にBT-7快速戦車、試作車A-20、T-34-76(1940年型)、同41年型。T-34の40年型と41年型の違いは主砲。40年型の主砲の不満を抱いた設計局側が製造側と結託し、より強力な砲を勝手に設計・搭載して製造したという驚くべき経歴だ

 また、大戦前期の特徴としてもう一つ挙げられるのは「重量に抑制的な傾向」です。特にドイツやイギリスがこの重量制限の中で戦車を設計していたことはよく知られています(イギリスの場合は重量だけではないが)。
 ドイツ軍については、重戦車開発のイメージがついて回ります。しかし橋や架橋戦車の耐荷重制限を20tと見積もっていたドイツ軍は、41年までは結局この耐荷重の軛から抜け出せずにいたのです(実際には架橋戦車は30tまで大丈夫だったらしいが)。
 そのため、兵器開発局の側はⅢ号戦車やⅣ号戦車が改良の結果20tをわずかに超えただけでも、これを苦々しく思っていました。なので実は歩兵戦車マチルダの方がこの時点のドイツ軍の戦車より重いのです。

 この状況が変わるのは、独ソ戦直前の1941年5月26日でした。この日に開かれた会議の場で、ヒトラーは
『橋の耐荷重を理由に重量制限が設けられてるけどさ、だったら戦車に渡渉装置付ければ重量制限は取り払えるってことだよな?』
と発言し、それ以前から細々と続けられていた重戦車の開発計画を公式プロジェクトとして本格化させます。
但し、このVK30計画の時点では『来たるべき重戦車は歩兵戦車マチルダを主敵と為す』とされており、重量も30t前後とされていました。

 この時点での対戦車手段に注目すると、比較的小口径の対戦車砲や対戦車ライフルが主流でした。1920年代の戦車はエンジン出力がまだ低くさほど重装甲にできなかったため、その意味でも大口径が必要とされなかったのです。
故に、この頃の対戦車砲に求められたのは威力ではなく「すぐに陣地転換したり、短距離であれば人力でも運搬できるようなフットワーク」でした。戦車砲でも基本的には~5cm前後が主流の時代なのです。

ボーイズ対戦車ライフル。ストライクウィッチーズのリーネちゃんや、最近ではブルーアーカイブの角楯カリンが使っていることで(オタクの中では、たぶん)有名。初速が遅いため改良型のMk.2でも貫通力が20mm/100Ydしか出ず、対装甲兵器としては早々に陳腐化した
戦争前期までの「小型軽量対戦車砲」の代表的なものと言えば、オチキス25mm対戦車砲であろう。大型対戦車ライフルと言ってもいい程度の口径だが、この時点でのドイツ軍の戦車は全然大したことがなかったため貫通力は十分だった
軽量対戦車砲の決定版とも言えるのはやはり3.7cm Pak36であろう。オチキス25mm対戦車砲より軽い割に4.7cmと同等級の貫通力を叩き出し、少なくとも戦間期に開発された対戦車砲としてはトップクラスに優秀だったことは間違いない。問題は、同時期に装甲の進化もかなりのスピードで進展していたこと

 故に、次の時期の独ソ戦開始以降「ソ連に比べてドイツは火力が~」などと批判されますが、むしろソ連軍だけが既に「大口径砲という正解」にたどり着いていたことの方が全く異様と言うべきであり、事実ドイツ軍だけでなくイギリス軍も「戦車の重装甲化に伴う大口径への適応」という問題にぶつかります。
 特にイギリスの場合は、ダイナモ作戦において重装備をほとんど全部フランスに投棄せざるを得なかった都合上、部隊の再編成のために既存の2ポンドをしばらく全力で生産し続ける羽目に陥っています。これでは新兵器の6ポンド(≒5.7cm)砲の配備はおろか、新開発の17ポンド(≒7.62cm)砲の生産など夢のまた夢です。

戦争中期以降の戦車開発

 『バカなスラブ人にまともな戦車なんて開発できる訳ねーだろ(爆笑)』と思い込んで余裕をクソほどぶっこいて侵攻した結果、
そのスラブ人が開発した中戦車や重戦車にアホほど苦しめられたバカな国家がヨーロッパ中部にあったのですが、そのバカな国家とソ連の殴り合いによって戦車は実に目覚ましいーー恐竜的とも言っていい進化を遂げていきます。

 戦争中期以降のトレンドは「大口径化による役割の一本化」「後の主力戦車につながる車両の登場」です。
ドイツ軍は当初、高機動力・比較的小口径の戦車砲で対戦車戦闘を担うⅢ号戦車と、大口径短砲身の榴弾砲でⅢ号を支援するⅣ号戦車の二本立てでした。しかし独ソ戦の戦訓によって「戦車をぶち殺すには、最低でも7.5cmないとお話にならない」ことを痛感し、Ⅳ号戦車の7.5cm戦車砲をより長砲身にしていきます。
 その結果、それまでは小口径・長砲身砲で担っていた対戦車戦闘と大口径・短砲身砲で担っていた火力支援という2つの任務がⅣ号戦車1両で完結できることとなり、機甲部隊の中核戦力へと躍り出ていくことになります。

 また、エンジンの大出力化は戦争前期までの
・「速度に割り振って、装甲や武装を諦めた軽戦車」
・「武装や装甲に割り振って、速度を諦めた重戦車」
・「バランスを取ることに着目して、特に何にも特化してない中戦車」

この3類型を破壊する存在を生み出しました。それが例えばパンターやセンチュリオン、IS-3などといった、装甲と機動力と火力とを兼ね備えた戦車たちなのです。

 例えばSd.Kfz.171パンターは、正面装甲が傾斜付き80mmと、戦争前期の重戦車にも匹敵するほどの装甲と、路上最高速度46kmとそこそこの快速を併せ持ち、ティーガー用に開発された7.5cm KwK L60をベースにした7.5cm KwK42 L70を装備しており、その意味では重戦車に匹敵するほどの火力をも兼ね備えています。

Sd.Kfz.171 Pz.Kpfw.Vパンター。傾斜付き80mm、路上最高速度46km、70口径7.5cm砲、ダブルトーションバーによる非常に高い安定性、Ⅳ号戦車より少ない部品点数など主力戦車としては申し分なく、この戦車をして戦後第一世代戦車の走りとまで評されることもある。……但し整備性や開発当初のゴタゴタなどの問題を除けば。
巡航戦車センチュリオン。イギリス軍がようやくたどり着いた装甲・機動・火力を高いバランスで併せ持った傑作戦車である。但し巡航戦車の名を冠する割には速力は34kmとそこまで速くなく、作戦行動半径に至ってはティーガーより短く、そして戦争には間に合わなかった。

そんなセンチュリオンだが戦後は各国に輸出され、南アフリカでは度重なる近代化改修によって戦後第2世代戦車相当の能力を手に入れたオリファントとして今でも現役である
IS-3。IS-2重戦車の改良型で、徹底して被弾面積の減少・傾斜装甲による防御力向上に努めた。122mmの火力、最大装甲厚250mmに達する防御力、重量45tにして路上最高速度40kmと、重戦車でありながら走攻守をバランスよく備えた戦車。但し、車内容積が犠牲となっており搭乗員の居住性や装弾数に問題を抱える。
実戦には間に合わなかったがこの車両を見た米英は心底驚き、こいつに対抗するためにM103やコンカラーといった重戦車の開発を開始する

 この時点での対戦車火力も戦車の劇的な進化に伴って高貫通のものが求められ、対戦車ライフルはもはや「対装甲兵器としては」完全にお払い箱になりました(長距離狙撃用ライフルとしての運用はされる)。

PTRS1941。シモノフ対戦車ライフルとも呼ばれ、ルパン三世カリオストロの城にも出ていることから対戦車ライフルの中ではピカチュウめいた知名度を誇る。現代のクリミア紛争やシリア内戦でも近代化改修されて長距離狙撃用ライフルとして使われている
PzB39。ドイツ軍で運用された対戦車ライフル。T-34やKV-1の前に完全に威力不足となり、シースベッヒャー(小銃擲弾)を発射する専用の銃に改造されたりもした
2.8cm sPzB41。スクイズボアとも呼ばれる口径漸減砲(ゲルリヒ砲)であり、距離100mであれば入射角60度でも貫通力69mmと、 schwere Panzerbüchse(重対戦車ライフル)の名を冠しながら軽対戦車砲の領域にまで行き着いてしまった代物。実戦ではIS-1の正面下部装甲(100mm/60度)を至近距離から貫通したこともあるらしい

 また、成形炸薬弾が実用化され、アメリカ軍のM1バズーカ、イギリス軍のPIAT、ドイツ軍の戦車猟兵に配備されたパンツァーシュレッケ、通常の歩兵や国民突撃隊などに広く配備されたファウストパトローネ(パンツァーファウスト15および30)→パンツァーファウスト(パンツァーファウスト60以降)によって理論上は歩兵が単独で戦車を撃破できるようになりました(攻撃が通用するようになったが、優位に立ったとは言ってない)。

M1バズーカ。口径は60mm。ちなみに点火装置がバッテリー駆動なので、永久磁石とコイルによる電流発火のパンツァーシュレッケと比べると若干発射の信頼性に劣るとも言われている(特に初期型)
PIAT。バネの力を用いて弾薬を飛ばしたり、バネの張力が80kgもあって再装填が大変だったりすることを指して『英国面w』などと馬鹿にされることもあるが、歩兵携行型対戦車兵器として『射手の位置が露見しにくい(=先制や反撃されにくい)』という利点もあるので、そう馬鹿にできたものでもない
ラケーテンパンツァービュクセことパンツァーシュレッケ前期型。クルップ式無反動砲なので発射時に高温・高圧・有毒の燃焼ガスを生じるためガスマスクをつけて二人で運用しなければならないが、その代わりに後期型のクソほど重たい防盾がないので、ベテランはむしろ防盾がない前期型を好んだとも言われている
パンツァーシュレッケ後期型。防盾がついてノーマスクでも運用できるようになったが、この防盾は資源節約のため鉄でできており重量が激増したため、必ずしもこれを「改良」とは見做さない兵士もいたようだ
パンツァーファウストの訓練に臨む国民突撃隊。ちなみに再装填はできない。開発中のパンツァーファウスト250からは(ソースによっては150からとも)再装填が可能になる予定だったが、いずれにせよその前に国家の命運が終わってしまった

 ちなみにパンツァーファウストをしてヒトラーは「もはや戦車はその戦略的な価値を失った」(=戦車猟兵でもない通常歩兵が戦車を撃破できるようになったため)と言っており、
時々❝露悪的なリアリズム❞に満ちた二次創作や駆け出しミリオタが書いたであろうウェブ小説などで妙に持ち上げられることがありますが、
推進薬はロケットではなく黒色火薬なので激烈な発砲炎と煙と音を出し弾道は山なり一発限りの使い捨て砲口初速も以下に示す通りめちゃくちゃ遅いんですけどどう思います?

短砲身7.5cmや「(初速が遅いので)見ながら弾着を修正できる」とまで言われる八九式中戦車の九〇式五糎七戦車砲はおろか、火縄銃よりも遅い。

 また対戦車砲についても大戦前期までの「陣地転換しやすさ」は鳴りを潜め、敵戦車を必ずぶち殺すための大口径化や、特殊砲弾の配備などが見られました。
まあそれはそうでしょう。重装甲化にも技術的及び物理的な限度があるから小口径・高初速でよかった戦争前期までと違い、
エンジンの大出力化によって重装甲でも最低限度の機動性を持つことができるようになり、加えて傾斜装甲による防御効果の増大も相俟って、小口径高初速弾では物理的に太刀打ちできなくなったのですから。背に腹は変えられません。
 また、こうした砲は重いので自走化する試みが積極的になされました。対戦車自走砲や駆逐戦車などと呼ばれる部類の戦闘車両です。

7.5cm Pak40。一応独ソ開戦前からも細々と開発はされていたが、KVショックを受けて開発が本格化。次期主力……というか「このくらいは絶対に必要」という対戦車砲になる
3.7cm Pak36に装填されたStielgranate41。Pak40の開発および生産が軌道に乗るまでの間、3.7cm Pak36や5cm Pak38でもKV-1を撃破するために作られた前装式成形炸薬弾。命中すればKV-1の装甲でも貫徹できる代物ではあったが、前装式であるが故に命中精度や有効射程に問題があり、何より「装填するために防盾から身を乗り出さなければならない」
8.8cm Pak43。威力は折り紙付きだが、もはや人力での移動はおろか迅速な陣地転換は困難な重量となり、鹵獲されてしまう事案もままあった
アーチャー17ポンド対戦車自走砲。陳腐化しつつあったヴァレンタイン歩兵戦車に17ポンド対戦車砲を搭載した。しかし17ポンド砲がそのまま載せるにはでかすぎたため、全長を抑えるためにも後ろ向きに搭載することに。意外にも「撃ったらすぐ逃げられる」ので好評だったとか
M18GMC(Gun Motor Carriage)。ヘルキャットの愛称でも知られる。他国の駆逐戦車と違い軽量高速で開放型全周砲塔を備えており、路上最高速度は80kmと当時世界最速であった。この機動力を活かしたヒットエンドラン戦法で大きな戦果を挙げた
セモヴェンテ da 105/25。105mm砲を搭載したこの突撃砲は「イタリア軍が実戦に投入した兵器」の中では最強格と言っていいものである。……ただ、採用された43年は時期が時期だったため初陣は連合国ではなくドイツ軍を相手にすることになった
ISU-152。KV-1Sの車体に152mm榴弾砲を積んだSU-152の強化版で、生産が終了したKV-1S車体に替えてIS-2車体を使っている。ドイツ軍の重戦車でもただでは済まないほど絶大な威力を誇る152mm砲は市街地戦でも猛威を振るった
ヤークトティーガー。「距離3000から敵戦車を撃破可能な重駆逐戦車」として開発される。故オットー・カリウスの最後の乗車としても知られるが、彼の記録によるとあまり戦果は挙げられなかったようだ

 

戦後の戦車開発


 戦後の戦車開発でまず触れなければならない話題といったら、やはりなんといっても……

 『核戦争に戦車は耐えられるのか』ですよね。……なんで戦後第n世代ではなく枝葉末節から?
しかし、一見ふざけているように見えるかもしれませんが、1mmもふざけておらずこれは非常に重要な観点です。

 確かに、テクニカルな話をすれば「戦後第1~第3を一気にやった方が一般論的には❝流れが綺麗❞とされるため」、「変な形をした戦車であるクライスラーTV-8やオブイェークト279を紹介するため」という側面が全くないではありません。
 しかし、そのオブイェークト279はソ連で最後に研究開発された重戦車であり(量産されたものは53年のT-10が最後)、アメリカではとっくに重戦車の開発をやめていましたから、このオブイェークト279の不採用を以て戦後戦車の潮流は完全に主力戦車一本に収斂していくのです。
そうである以上「そもそも何故オブイェークト279が必要だという話になり、そして何故オブイェークト279は不採用になったのか」をきちんと理解しないと、戦後戦車を包括的・立体的に捉えることができません。

 つまり、重戦車を含む戦後第1世代から第2世代への転換を考える上で「最後の重戦車」を詳細に検討する必要があり、その「最後の重戦車」たるオブイェークト279を詳細に検討するためには当然「戦車と核戦争」を検討する必要があります。
「戦車と核戦争」という観点を考えるためには、まず「そもそも戦車が核戦争に投入される、とはどういう想定なのか」について知ることが必要であり、その知見はイギリスの核実験「トーテム作戦」を学ぶことによって得ることができます。
その上でアメリカで計画されたクライスラーTV-8について触れることで、「クライスラーTV-8にしろオブイェークト279にしろ何故あのような形状なのか」を立体的に捉えることができます。

 いくら戦車を立体的に考えるためだとしても、何故こんな回りくどいことをするのか、ですって?だって不思議じゃありませんか?
トーテム作戦に投入されたセンチュリオンMkⅢは、オーストラリア陸軍に配備されて2年と経っていない新品ピカピカのものだったのですよ?「絶対にセンチュリオンでなければならない」理由はないじゃないですか?
しかもセンチュリオンが配備されたパッカニャプル陸軍基地から核実験に使われたエミュー・フィールドまでは約2000kmも陸路を運ばなければならないのですよ?インフラが終わっているから、必要機材3000tに対して陸路で運べたのはわずか500tだったんですよ?(仕方がないので、近くに滑走路を作って残りは空輸した)
その上、この時の核実験には地表爆発が選ばれました。別に実験するだけであれば爆撃機から落としてもよかったのに地表爆発が選ばれました。何故だと思います?爆撃機を飛ばすコスト云々じゃなく「地表爆発の方が実戦に近い」からだそうですよ?「実戦に近い」!実戦に近いですよ?

核実験と戦車

 1953/10/14(現地時間)にオーストラリアで行われたイギリスの核実験、トーテム作戦にセンチュリオンMkⅢが投入されました。
センチュリオンは乗員数と同じ数のダミー人形を入れ、発煙弾を含め弾薬は満載、エンジンはかけっぱなし、ブレーキは解除した状態で、爆心地ーー地表爆発を再現するために原爆を地表31mの高さに吊り下げた塔ーーから500m以内の位置で二時間❝その時❞を待ちました。

そしてオーストラリア現地時間1953/10/14、0700時。

ちなみに、この核実験はアメリカがマクマホン法と呼ばれる1946年の原子力法を可決成立させ、同盟国との核技術の共有を停止したことに端を発する。そのため、イギリスは自力核開発の必要に迫られた

 推定核出力は最大で約10キロトン。所謂広島型原爆『リトル・ボーイ』が推定約15キロトン前後、所謂長崎型原爆『ファットマン』が約20キロトン前後とされていますから、実戦投入されたものに比べればやや核出力は低いです。
とはいえとはいえ爆心地からたった500m以内の距離で核攻撃を受けたのですから、こんなん結果は核爆発より明らかで誰がどう考えても死ん

 でないだと……?

 ❝乗員❞は衝撃波で全滅、この衝撃波により50tもある車体が所定位置より1.5mほど飛ばされ、車体のライトや砲塔のペリスコープのような光学機器は爆風による猛烈な❝サンドブラスト❞でだめになり、
無線アンテナやサイドスカートなどが吹き飛ばされ、エンジンルームも外装部がひどく焼けただれ、内側からロックを掛けられていなかったためにハッチが全部開いた『程度』で、
弾薬や燃料に引火誘爆はせず、エンジンに至っては燃料切れになって止まっただけで燃料を補給したら自走したというタフなエピソードも残っています。

 このように、原子力時代に突入した1950年代においては「次の戦争は核が乱れ飛ぶ」と想定されていました。1958年から開発が始められ61年に採用された戦術核兵器「デイビー・クロケット」の例からも明らかです。
故に、当時最新鋭のセンチュリオンMk3を核実験に投入してでも「戦車は核戦争に耐えられるか」を検証する必要があったのです。

ちなみにこの『アトミック・タンク』は後にベトナム戦争にも参戦。RPG-7の直撃を受けて砲手が重傷を負い離脱したものの、それ以外の乗員は戦闘を継続した。不運なんだか悪運が強いんだかよくわからない戦車である
デイビー・クロケット。「歩兵部隊が手軽に運用できる核兵器」として開発された。Stielgranate41のようにスピゴットモーター式の核兵器である。幸いなことに、実戦で使用されることはなく全機退役を迎えた

核戦争と戦車ーアメリカ編ー

 また、米ソ両国で開発された試作戦車にも❝面白い❞ものがありますよね。
アメリカのクライスラーTV-8は、『ソ連との全面戦争に際してあらゆる状況で戦うことができる戦車が必要』との発想に基づいて1955/5/17に提案された水陸両用の中戦車です。
この砲塔のふざけたナリには一応意味がありまして、きつい傾斜角による純粋な防御上の利点もさることながら、流線型の形状で核爆発の衝撃波を受け流すことができます。
また、この砲塔部分は完全水密であり、25tのこの戦車は砲塔による浮力で水に浮くことになっていました(その場合は、砲塔に取り付けられたウォータージェットポンプで進む)。少なくとも書類の上ではそうでした。
更に、取り付けられたビデオカメラによって戦術核が飛び交う中でも安全に外を確認できることになっていた点で、まさに全環境型戦車といえるものでありました。
エンジンに至るまで重要コンポーネントを全部砲塔に収めるため、将来的には薬莢を使わない主砲発射システムも計画されていた点も興味深いです。

但し砲塔基部の装甲厚は20mmしかない。万が一ここを撃たれたらどうするのだろうか?

 しかし、この戦車の一番の特徴でありーーそして廃された一番の理由は、この戦車は将来的に小型原子炉を積む予定だったことです。
原子炉を積めば作戦行動半径がめちゃくちゃ伸びるのは確かなのですが、被弾した時にどうなるかはお察しな上に、乗員は常時被爆しますから定期的に交代しなければなりません。つまり一両の戦車に定数の倍以上の人間を割かなければならないのです。
こうして幸い(?)なことに、世界観をFalloutシリーズか何かと間違えたような「原子力戦車」という存在は、現実に生み出されることはありませんでした。

核戦争と重戦車

 こうして形にならなかったのがTV-8なら、形になった(但し採用はされなかった)のがソ連で開発されたオブイェークト279です。
 米英軍が重戦車の開発をやめた後も、ソ連軍は重戦車を前線に配備し続けていました(T-10)。T-10に続く更なる重戦車開発計画の中で、「核戦争状況下でも使える重戦車」として開発されたのがオブイェークト279です。

こちらも、衝撃波を受け流すために特徴的な形をしている

 オブイェークト279は「核戦争では大量の瓦礫が発生する」との考えに基づき、瓦礫の山の上でも機動力を発揮できるように4本の履帯を装備しています。これにより接地圧が分散され、60tもの重量を持ちながら非常に高い悪路性能と50kmもの快速とを発揮したと言われています。
また、砲塔正面は320mm、砲塔側面は220mm、車体正面のアヒルのくちばしのように出っ張った部分が(傾斜による防御効果を「含まずに」)270mm、車体側面でも100~180mmと、めちゃくちゃな防御力を持っています。
そして、こいつは核戦争に投入されることを前提にしていますから、当然NBC防護システムが搭載されています。

 しかし、この戦車は結局制式採用されませんでした。4本の履帯は確かに性能は素晴らしかったのですが、当然整備性という観点から見れば悪夢以外のなにものでもありませんでした。また、4本の履帯は方向転換に非常に難儀するもので、機動力を大いに損ねました。
 更に、60tの重量は前線での修理を事実上不可能にしました。第二次大戦でも、ドイツのフェルディナント重突撃砲(70t)が「履帯交換だけでも重ウィンチが必要なので最前線での修理は不可能であり、もし敵地で故障したら爆破処分するしかない」と報告されていたことを考えると、それより10t軽いとはいえ似たような評価を受けたであろうことは想像に難くありません。
 その上、時の指導者フルシチョフが国内の物流状況の改善のために「今後37tを超える車両を禁止する」と決定した(1960)ことも、この戦車にとっては追い打ちとなりました。

 こうして強力な砲撃にも核戦争にも耐えられるはずの戦車は実用上の問題と官僚主義によって撃破され、ついにソ連も主力戦車一本に集中することになったのです。

戦後第n世代戦車ー前提整理ー

 こうして最後の重戦車たるオブイェークト279も死んだことによって戦後の戦車開発は主力戦車に収斂していくのですが、主力戦車に収斂していく前までは米英ソは重戦車も開発・配備していました。

 重戦車から中戦車・主力戦車への収斂に至った理由は大まかに言えば
・戦争の終結により戦車戦が絶対的に減ったことによって、維持コストが問題になった。

・第二次大戦以来の大口径化傾向や技術水準の上昇によって中戦車の攻撃力と防御力が向上し、機動力を保ったまま「重戦車的な役割」を担えるようになった。

・対戦車ミサイルやAPFSDSなどの高い威力を持つ対戦車手段の普及により、重戦車ですら耐えることが難しくなった。

といったところでしょうか。

 それでもなお重戦車に存在意義を持たせるなら「更なる重装甲化」や「更なる大口径砲の積載」が必要でしょうが、前述のように重装甲化は意味が薄くなっていった上に、機動力を下げ維持コストを上昇させる点が問題です。

 大口径化は大口径化で、相手が重戦車を持っていなければ威力過剰ですし、大口径化すると主砲機構だけでなく砲弾も大きくなりますから、
車体を大きくして戦闘室容積を確保する(=被弾面積の増大、製造・維持コストの上昇)か、断固として大型化を拒否する(=搭載弾数と乗員の居住性、ひいては戦闘効率を犠牲にする)かを選ばなければなりません。
さりとて、中戦車と同じサイズの主砲では「それ中戦車でよくない?」と言われてしまいます。痛し痒しですね(実際、戦中にもソ連のKV-1は「重戦車なのに中戦車と同口径の砲を?」と言われている)。

 しかも、技術の発展によって比較的小口径でありながら大口径砲と同等の威力を持つ砲すら出現しました(センチュリオンMk5/2以降に搭載された105mm L7戦車砲は、コンカラー重戦車に搭載された120mm L1戦車砲と同等クラスの性能を持っていた)。
こうして中戦車の攻撃力が重戦車とほぼ同等にまで引き上げられたことで、わざわざ大口径砲を積んだ重戦車を開発する意味がなくなったのです。

 故に、戦後しばらくの間はアメリカはM103、イギリスはコンカラー、ソ連はT-10などの重戦車を開発しましたが、次第に重戦車を捨てて中戦車、あるいは主力戦車の開発にシフトしていきました。

 その主力戦車とは、機動力・火力・防御力を全部兼ね備えた戦車です。前述したように第二次世界大戦後半でもそのような万能戦車が開発されておりましたが、
特に戦後は同じようなサイズでより大きな馬力を出せるエンジンや、それまでより軽い大口径主砲、複合装甲、APFSDSなどが実用化され、より高い水準で3要素すべてを保持することが可能になりました。
第二次大戦中期以降、大口径化によって火力支援戦車と対戦車戦闘戦車が統合されたように、技術の発展による中戦車の戦力向上は重戦車及び駆逐戦車を飲み込んでいきました。

 戦後第1世代戦車

 1940年代後半~50年代頃に開発された戦車たちを指しますが、第二次世界大戦中に開発された中戦車や重戦車の中で、特に優秀だったものも含む場合があります。実際、センチュリオンは開発されたのは戦中のことですが、改良型が戦後第一世代戦車の例として挙げられています。
 重戦車もこの時点ではまだ存命で、イギリスのコンカラー、アメリカのM103、ソ連のT-10のように、戦後に新規開発された重戦車もあります。
戦後第1世代戦車の特徴とされるものとして、「西側は90mm、東側では100mm。及びそれらに準じる口径の主砲」が挙げられます。総じて、まだ第二次世界大戦の延長線上といったところです。

アメリカのM46パットン。M26パーシングの改良型として開発され、朝鮮戦争ではM26と共に北朝鮮軍のT-34-85を多数撃破した
M103。IS-3に対抗するために作られたアメリカの重戦車。敵重戦車を長距離から撃破する長距離火力支援の役割を与えられたが、陸軍にはあまり評価されなかった。逆に海兵隊では長く用いられた
FV214コンカラー。イギリスが採用した最後の重戦車。IS-3に対抗するために作られ、センチュリオンの前進を支援する役割を与えられたが、そのセンチュリオンのMk5/2に搭載された105mm L7砲によって存在意義を失ってしまった
ソ連のT-54。1949年に採用されたこの戦車の累計生産台数は3万両を超え、今だにアフリカなどでは現役の戦車である。言うなれば戦車版AK-47

 戦後第2世代戦車

 戦後第2世代戦車が登場する1960年代になると、これまでとは様相が変わってきます。
1950年代半ば頃にソ連で実用化されたAPFSDS(離脱装弾筒付翼安定徹甲弾)や、対戦車ミサイル・歩兵携行型無反動砲を始めとした成形炸薬弾の普及により、攻撃と防御の天秤は攻撃側に大きく傾きました。

 APFSDSとは現在主流の戦車砲弾であり、それまでのスタンダードであったライフリング砲からではなく、施条がない滑腔砲から発射されます。
このAPFSDSの恐ろしいところを、分かりやすさ重点で簡易化して説明すると「物理的実体を持つHEAT」であるということです。
つまり「傾斜装甲による避弾経始が効かず、HEAT対策としての中空装甲も意味がない」のです。

APFSDSの弾体部分

 このAPFSDSは1961年に生産されたT-62から「東側では」、広く採用され始めました。
初期の弾芯は鋼鉄だったために折れやすかったとか、特にT-62の初期生産型では1500m以遠では命中率がガタ落ちしたなどの欠点はありますが、
しかしT-62や64と撃ち合いになったとしたら、当時の西側の戦車でAPFSDSを防げる戦車は絶無でした。

T-62。戦後戦車として滑腔砲とAPFSDSを装備した初めての戦車。シリア軍にも供与された本車は、第四次中東戦争においてイスラエル軍のマガフ、ショット・カルなどと死闘を繰り広げた

 それだけではありません。1950年代の時点で既に「装甲材質の改良だけではAPFSDSや成形炸薬による高速度侵徹は防げない」ことを確信したソ連は、それらすら防ぐための装甲の開発、及びそのような装甲の破壊モデルの実証に没頭します。
そうして出来上がったのが複合装甲で、1963年に採用されたT-64には早くも複合装甲が取り入れられています。複合装甲、APFSDSに加えて自動装填装置まで搭載したT-64は第2世代戦車の最たるものと言えましょう。
 しかも恐ろしいことに、APFSDSやHEATをより効果的に防ぐための爆発反応装甲の研究すらも68年には終わっていたらしいのですが「西側がまだAPFSDS実用化できてないから、高い改造コストかけてまで装備さす必要ないよ(笑)」としてこの時点では装備されなかったようです。

T-64。複合装甲による高い防御力とAPFSDSによる高い攻撃力、そして中戦車として十分な機動力を高次元で兼ね備えた戦車。但し、こいつの初期型に搭載された自動装填装置が乗員を巻き込む事故が多発したため、T-64A以降は主砲もろとも換装された

 それに対して、西側では複合装甲やAPFSDSの開発に手間取りました。一説には「言うなれば民主政の軛であり、議会と予算の問題が常につきまとうのに対して東側は相対的にそうでもない」と軍事費の支弁しやすさに着目するアプローチや、
「東側がオペレーショナル・リサーチと呼ばれる堅実な方法を取ったのに対して、特にアメリカはシステム分析という未来志向の方法を取った」という研究方法に着目したアプローチもありますが、東側に10年単位で差をつけられたのは事実です。
そのため、西側に於ける第2世代戦車は「第一世代戦車の延長線上的に、装甲厚や避弾経始を重視した戦車」(M60、チーフテン)と「防御するのは無理だと諦め、機動力や地形を利用して回避することに重点を置いた戦車」(レオパルト1、AMX-30、74式戦車、Strv.103)が開発されました。また、この時点ではいずれもライフリング砲でした。

アメリカのM60。所謂パットンシリーズの最終型。本質的な次元においてはM48パットンの改良型であり、米独共同開発の新型戦車ができるまでのつなぎ……だったはずなのだが、肝心要の新型戦車がポシャったために西側の標準的な主力戦車にさせられた
イギリスのチーフテン。主力戦車センチュリオンと重戦車コンカラーの性能的統合を目指して開発された。重戦車然とした重装甲と120mm砲の威力は強力だったが、特に初期型のエンジンの信頼性が低く、演習では90%という❝大変に素晴らしい❞故障率を叩き出したとも言われる
西ドイツのレオパルト1。元々は独仏伊で共通の戦車「ユーロパンツァー」を共同開発する計画があったが、それが流れたためにドイツ独自開発となった。機動力重視の「所謂戦後第2世代戦車」である
フランスのAMX-30。当初はG弾という特殊なHEAT弾だけを使う予定だったのだが、そのG弾が色々と残念な有様となった
本邦の74式戦車。後述のStrv.103同様に油気圧式サスペンションを搭載し、西側第2世代戦車共通の防御力問題を「傾斜装甲」「機動力」と共に「ハルダウンによる被弾面積の減少」で補おうとしている。先日全車退役した
スウェーデンのStrv.103。第二次世界大戦の駆逐戦車を復活させたが如き低車高、固定砲塔の戦車である。油気圧式サスペンションによる姿勢制御によって、斜面に車体を隠し正面投影面積を減らしつつ射角を確保することが可能

 所謂第2世代戦車の特徴として挙げられるのは「西側では105mmライフリング砲、東側では115mm滑腔砲」「暗視装置など電子機器の充実」です。
但し、通説的には戦後第2世代戦車の特徴として「対戦車ミサイルなどによる火力向上により、防御することを諦めて回避に振った」とされていますが、前述したようにソ連では既に初歩的とはいえ複合装甲が実用化されている訳で、
「第一世代の延長線上的な英米」「回避に振った日独仏」「第3世代的な特徴をいち早く取り入れたソ連」の三軸理解の方が正確だと思います。

 戦後第3世代戦車

 第四次中東戦争(1973)でシリア軍のT-62がイスラエル軍に鹵獲され、これがアメリカに引き渡され、アメリカでは血眼になってT-62の分析や試験を始めます。
また、この戦争は双方が大々的に対戦車ミサイルなどを使いまくった戦争であり、西側でも「成形炸薬をちゃんと防御できないとまずくね?」という機運が高まりました。

 80年代に入ると西側でもようやく複合装甲が取り入れられはじめ、79年に西ドイツで採用されたレオパルト2はイギリスからのチョバム・アーマーの技術提供を受けつつ、西側で初めて複合装甲を採用した戦車となっています
(チョバム・アーマーについては機密指定が解除されていないため、今だに開発時期などの詳細は分かっていない)。
複合装甲の採用と共に砲塔はやや角ばった形状となった他、西側でもようやくAPFSDSが採用され、敵戦車の複合装甲をブチ抜くために120mm級の主砲を積むのが一般化しました。
火器管制装置についても大幅な技術躍進が見られ、各種センサーやレーザー測距儀などの照準補助によって初弾命中率が80%を超えるのが一般化してきました。
主砲の大口径化や重装甲化、各種コンピューターを積んだことで当然重量も増えましたが、1000馬力を超えるエンジンが実用化されたためにある程度の機動力は確保できています。

ドイツのレオパルト2。米独協同戦車「Kpz.70/MBT70」開発計画がコケる前から、レオパルト1の改良型として秘密裏に開発が進められていた(この開発協定では、双方ともKpz.70/MBT70以外の戦車を開発してはいけないことになっていたため)。
第四次中東戦争の戦訓として「避ければいい、は甘え」を取り入れ、複合装甲を本格的に取り入れ成形炸薬を防御できるような防御力を備えた戦車となった。
アメリカのM1エイブラムス。ソ連・ロシア戦車に比べて大型で被弾しやすい点が指摘されることもあるが、これは設計思想の違いによるものであり、比較的大型である代わりに車体弾薬庫とバスル弾薬庫はいずれも防爆扉で隔壁化されており、誘爆の危険性は極めて低い。

また、湾岸戦争では軟弱地でスタックし移動不能となった状態で3両のT-72と交戦してこれを撃破。更に破壊処分しようとする友軍エイブラムスの砲撃を受けても破壊できなかったというタフなエピソードを持つ
イギリスのチャレンジャー2。主力戦車の中で最後の施条砲搭載戦車であり、施条砲ならではの長射程・命中精度と、多目的対戦車榴弾(HEAT-MP)より安く、対装甲も対物火力もある粘着榴弾(HESH)が特徴。

しかし複合装甲の進化により粘着榴弾の対装甲火力が発揮できなくなったため、チャレンジャー3からは滑腔砲を装備予定である
本邦の90式戦車。本邦の主力戦車として初めて自動装填装置を導入した他、複合装甲の採用、油気圧式姿勢制御、高度なFCSによる高い命中率、大馬力エンジンによる高い機動性を持ち、我が国がようやく手にした走攻守全部揃えた主力戦車である。しかし「重すぎて運用が難しい」として、配備は主に北海道がメインだった

第3.5世代主力戦車

 第3世代戦車に更に高度な電子機器を搭載し、所謂C4I(Command,Control,Communication,Computer,and Intelligenceの略。)と呼ばれる能力を付与したものです。
これによって敵味方の位置や戦況などを部隊間・車両間で共有できるようになり、より柔軟で即応的な対応が可能になりました。1992年にフランスで採用されたルクレールがその先駆けであり、本邦の10式戦車も第3.5世代戦車として数えられています。

フランスのルクレール。同国で運用されていた戦闘機、ミラージュ2000に範を取ったとも言われる高度なC4Iシステムの標準装備は大いなる衝撃を世界中に与え、ビークル(車両)とエレクトロニクス(電子機器)を組み合わせたベトロニクスという単語が作られたとも言われている
本邦の10式戦車。「90式戦車は重すぎて運用が困難」との反省から、モジュラー式装甲を採用して軽量化に努めている。西側の第3世代以降戦車のことごとくが55tを超える中、10式は最大重量でも48tとかなり軽い

戦後における火力と装甲の相克

 以上見てきたように、戦後戦車史は技術の発展による火力と装甲の相克の歴史です。戦後第1世代は第二次大戦型戦車の延長線上であり、この時点では大火力と重装甲ないし避弾経始が「まだ、相対的に」有効に機能していました。

 しかし第2世代になるとその様相は一変します。東側で採用されたAPFSDSや、成形炸薬弾による高速度侵徹は、従来までの装甲技術では決して防御しきれないものでした。
そのため、西側の第2世代戦車の中には装甲を諦めて機動力や地形追従性による回避を重視した戦車が出たり、「先手を取ったり不意を打ってブチ殺す」べく、待ち伏せやハルダウンに適した駆逐戦車的なデザインの復活も見られました。
 この頃に戦車不要論が一度取り沙汰されましたが、「歩兵は機関砲弾のみならず機関銃弾でも倒れる。その銃弾を防ぎつつ対戦車にも対物にも使える大口径砲を有する戦車は、歩兵にとって心強い存在であるという一般論的事実には何ら変わりはない」ので、この冬の時代を戦車は耐え凌ぎました。

 第3世代になると、西側でもついに複合装甲が採用され、戦車は再び一定の防御力を誇ることができるようになりました。
また、C4Iシステムによって歩兵との密接な連携ができるようになった他、一部の戦車にはアクティブ防護システムが搭載されており、対戦車飛翔物に黙ってやられる一方ではなくなっています。
それどころかアメリカのエイブラムス(120mm砲搭載モデル)には攻撃ヘリを撃ち落とすための砲弾すら配備されており、一度攻撃側へ大きく傾いた天秤は再び並行へと戻ってきています。

なぜ「戦車は今だに必要なのか?」

 インターネット上には、戦車の何たるかも知らない分際で、賢ぶるためか承認欲求目当てか、はたまた単なる逆張りか知りませんが、戦車不要論を唱える愚者が時々生えてきます。
 実際、去年の12月にもPV稼ぎと思われる戯言がツイッター上に放流されました。

PVカウントを与えるなど死んでも御免なので、こんなことを言っていたというDiscordのスクショを貼る

 この記事をここまで読んでくださった皆様には、片腹痛い議論であることが自明の理としてお分かりいただけると思います。
『(チャリオット、古代の戦車を指す)Charと(Char de combatやchar de batailleといった、いわゆる戦車を指す言葉の略式表記としての)Charを取り違えてんじゃねぇのかい、古代史オタクさんよぉ!』と横面をぶん殴りたい殺意と、
『こんな見え透いたPV稼ぎ、しかも50万PVありがとうございますなんて言ってるゴミ野郎に反応をくれてやる必要はない』という理性の板挟みで切歯扼腕したことをよく覚えています(スパブロはしました)。

戦車不要論に対する歴史的及び性質比較的反撃

 この手の戦車不要論者が馬鹿のひとつ覚えのように必ず挙げるのが『コストパフォーマンス』という論点です。コストパフォーマンスという観点で兵器史を見ると、戦艦の消滅が想起されます。確かに戦艦が廃れた理由のひとつはコストパフォーマンスの悪さであり、この艦種の限界は第二次大戦での空母の台頭を待たずとも、既に第一次大戦時点で示されていたことは歴史的事実です。
そう考えると、『戦艦も廃れたのだから』とコストパフォーマンスを理由に戦車の存在を否定するのは一理ある……かのように見えます。

 全くもってそんなことはないのだけれど。

 戦艦と戦車はあまりにも性質が違うものであり、コストパフォーマンスの悪さを理由に戦車不要論を唱えるのは愚行だと言わざるを得ません。

 戦艦のコストパフォーマンスの悪さは、それが露呈した第一次大戦時点においてすら、いくつかの要因の複合でした。
 この当時、戦艦は「持っていることそのもの」が大国の証と見なされていました。その建造費は往々にして国家予算全体の何%という規模であり、しかも一隻が完成するには数年かかりますから、文字通り桁外れの金額が要求されるのです(例えば第一次大戦時の英海軍の超弩級戦艦「オライオン」の建造費は現代日本円換算で約860億円とされている。もちろんこの一隻で、である)。また、船体が大きいぶん維持費もかさみます。

 しかも、戦艦はその大きさ故に小回りが効きませんから、敵駆逐艦や潜水艦などの小型艦対策として随伴艦を必要とします。
戦艦が小型艦による雷撃で撃沈されるなど、あってはならないからです(先述の通り第一次大戦型超弩級戦艦の建造費が約860億円であるのに対し、同時代のD級駆逐艦は一隻あたり約24億6000万、魚雷は約2000万円とされている)。
駆逐艦という❝たった25億❞の船の接近を許したせいで860億の戦艦が沈むというのは、悪夢以外の何物でもありません。
だから戦艦は取り巻きを必要とするのです。もちろん取り巻きの建造費も無料ではないので、そのコストもかかります。

 そして、戦艦は艦隊の中核として『艦隊決戦において敵の戦艦を沈める』のが役割と考えられていました。しかしこれは逆に言えば『艦隊決戦が起きなければ真価を発揮し得ない』ものだと言えます。
 さて、第一次大戦(1914-1918)において戦艦同士の殴り合いは何回発生したのでしょうか?はい、ユトランド沖海戦(1916/5/31-6/1)のたった一度きりです

 それにこのユトランド沖海戦も、日本海海戦と違い『決着が着くような』劇的な殴り合いになった訳ではなく、
双方とも損害は出しながらも『もう一回決戦しろ』と言われれば普通にできるくらいの戦力は保全できています。
(裏を返せば、砲撃戦で殆ど蹴りが付いた日本海海戦の方がレアケースとも言える。
ちなみにその日本海海戦ですら、全ての船を砲撃戦で葬れた訳ではない。
軍歌『日本海海戦(作詞・大和田健樹、作曲・瀬戸口藤吉、大正三年)』の11番にも

いつしか日は暮れ水雷の
激しき攻撃絶間なく
またも数多(あまた)の敵艦は
底の藻屑と消えうせぬ

とある。)

 つまり戦艦のコストパフォーマンスの悪さとは
『建造費も維持費も高い』
・『チープキルを防ぐための随伴艦という、別口のコストも要求する』
・『その癖に活躍の場が少ない』
の三種複合なのです。
この第一次大戦での戦訓を各国は『いや、この時点の戦艦がしょぼかっただけで、もっと強くすればなんとかなんじゃね?』と捉え、さらなる強化に走りました。
そうまでして性能マシマシにしたはずなのに、第二次大戦期にはせっかく作った最新鋭戦艦は往々にして出し惜しみされて活躍の場が与えられず、
しかも空母の台頭によって艦隊中核戦力の座を追われ、戦後には海戦の絶対数の激減やミサイルの実用化などが加わり、戦艦は存在意義すら希薄化したことによって消滅したのです。

 翻って、「戦車はコストパフォーマンスが悪い」という意見は、その悉くが「歩兵の対戦車火器などに撃破されうる」ことを論拠としています。
 しかし、これは笑止千万の議論だと言わざるを得ません。例えば、歩兵を我々のようなヒョロガリもやしオタク、戦車を筋骨隆々の総合格闘家だとして考えるとわかりやすいかと思います。
お互いに素手で戦えばどちらが勝つかなど明白です。オタクにだけバトン型の強力スタンガンの使用が許されれば攻撃は通るかもしれませんが、避けられて殴られたら負けるってことに変わりはありませんよね。
つまりそういうことなのです。対戦車火器は「攻撃も通用せず、文字通り一方的に蹂躙される」を「殺られる前に殺れば勝てる」に上げてくれるものの、それは戦車に対して完全な優位を取れる訳ではないのです。

 考えてみてくださいな。戦艦の陳腐化は、小型艦でも戦艦を沈めうる『魚雷』の登場によるものでしたっけ?
ーーそうじゃなかったことは述べましたね。

 今やキャッシュレス決済の普及によって現金を持ち歩かなくても生きていけますが、では現金は無価値の紙切れや金属片に過ぎないのですか?
ーーそうじゃないですよね。仮にそうだと言うなら、無償で❝処分❞しますからあるだけ全部送ってください。

 では同様に、歩兵携行火器に撃破されうるというだけで、「高い火力投射能力と機動力と防御力を兼ね備え、攻勢にも防衛にも投入でき、対抗火器を持ってない敵を一方的にボコれること」等の利点全てを否定できるのですか?
パンツァーファウストの開発によって「歩兵が単身で戦車を破壊できるようになった」ことを指して「戦車はもはやその戦略的価値を失った」とまで豪語したヒトラーですら、戦車を捨てなかったのに?
そりゃそうですよね、戦車砲どころか機銃より短い射程のパンツァーファウストでは攻勢に出られませんものね?
ジャベリンですら、撃つ前にシーカーを冷やさなければならないから『すぐ』には撃てないので敵陣に殴り込みをかける用途に使うものではないというのに
対戦車ロケットや対戦車地雷でどうやって敵陣にカチコミをかけるんですか?バイクに乗って投げ込みに行けばいいとでも?FPSのやりすぎじゃないです?
付言すれば、第3世代以降の現用戦車は、C4I能力によって戦況情報を共有できますし、米軍のFBCB2や自衛隊のReCsは車両間、部隊間での情報共有だけでなく歩兵や装甲車を含む戦闘統制すらもできますけど、
対戦車ロケットや対戦車地雷ってこれらの能力を持ってましたっけねぇ?持てるはずがないですよねぇ?

 現代では対ゲリラコマンドや即時展開性の観点から『歩兵戦闘車』と呼ばれるタイプの装甲車や、比較的大型の砲を搭載した『装輪戦車』(日本では機動戦闘車と呼ばれる)が注目されています。
しかしこれらの装甲車も、結局のところ戦車を完全に代替できるようなものではありません。
戦車には戦車のいいところと苦手なところ、装甲車には装甲車のいいところと苦手なところがあって、
少なくとも現時点では戦車よりも高い汎用性を持ったーー戦艦に対する空母やミサイル艦のようなーー新型兵器は出ていません。

戦車不要論の根本的欺瞞

 そして、コスト「だけ」を問題にするならもっと重大な問題があります。例えば昨今のウクライナ戦争において、Su-34戦闘機やA-50早期警戒管制機が撃墜されたとの報道があります。ソースによっても値段に差異があり、Su-34は低い見積もりで推定3500万、高い見積もりで推定4~5000万ドルとされ、A-50は推定3億ドルは下らないとされています。
これに対するウクライナの地対空ミサイルは、当初はソ連時代のS-200やS-300、2022年11月からはウクライナへの軍事支援の一環で供与されたNASAMSが使用されていますが、MDAA(Missile Defense Advocacy Alliance)の試算に拠ればS-300とNASAMSのミサイルは1発につき約100万ドルとされています(S-200は古すぎるためか不明)。
 仮にSu-34やA-50がこれらのミサイルで撃墜されたとしてーー尤も、西側と東側のユニットコストの計算方法は若干の差異があるようなので、必ずしも額面通りという訳ではないことを差し引くとしても、
しかし100万ドルのミサイルと3500万ドルは下らない航空機、どちらが高いかは小学生でもできる計算ですよね。
にも拘わらず、「圧倒的に安価な兵器に撃退されうるのだからコストパフォーマンスが悪い!」などと喚き散らす戦車不要論者の人たちは「地対空ミサイルに撃破されうる!航空機は不要!」ということを述べません。不思議ですねえ。

 「戦車と航空機の値段はスケールが違う」とお喚きになる戦車不要論者の方もおられるかもしれませんから、ここで自衛隊の対戦車誘導弾と戦車の値段比較をしてみましょう。
 01式軽対戦車誘導弾(通称L-MAT)は平成14年度予算で242セットの調達費として65億円が請求されていることから考えると、1セット単価が2685万。1個連隊が40セットのL-MATを持っているとすれば2685万×40で約10億740万です。1個機甲連隊の定数が74両、令和2年度の10式戦車の調達費が1両単価15億円で計上されています。

 とはいえ、いくらなんでも一発一殺は理想的に過ぎる数値、❝上振れ❞した数値であろうと思います。
イラク戦争では、チャレンジャー2が計14発もの対戦車ロケットやミラン対戦車ミサイルの直撃を受けながらもセンサーやカメラなど照準系の損傷だけだった例がありますし、
「ジャベリン対戦車ミサイルの命中率は94%」というのも公称値であって、二段階目のロックオンがされていないと外れることもままあります。
アクティブ防護システムにより無効化されることもあるでしょうし、一撃では撃破に至らないことや、射手が戦車に先に発見されて攻撃されることもありうるでしょう。
あれこれ言い出すときりが無いので、「1個分隊4セットのL-MATで1両の戦車を確殺できる」と仮定したとき、1個戦車連隊は74両いるので74×4=296セット必要となり、296セットは概算で約79億4700万です。
確かに1個戦車連隊の74両=1110億円に対して79億4700万ですから、戦車不要論者の仰るように値段的な意味でのコスパは良いかもしれません。

 しかし、L-MATを296セット配るということは1個連隊につき40セットですから296÷40=7.4個連隊となり、普通科1個師団は3個連隊結節ですから、即ち2.1個師団が必要ということになります。

 つまり、仮に「1個分隊で1両の戦車を確実に撃破できる」としても0.5個戦車師団を確実に足止めするためには普通科2.1個師団を割かなければならない計算になります。

不経済、非効率的だとは思いませんか?

 ちなみに1個戦車師団は2個連隊で構成されており、これを確実に止められる計算であるところの4個普通科師団は1個方面隊に相当する訳ですが……

たった1個戦車師団への対処のために方面隊レベルでの動員を?

 戦車不要論が滑稽なのは、戦車と対戦車兵器、すなわち攻撃と防御の相克の歴史を無視してコストパフォーマンスという点でゴリ押ししようとするところです。
しかも、そのコストパフォーマンスの議論にすら、「兵器の単価しか見てないんじゃねえの」という指摘をすることができるのは先程述べましたね。

 戦車は「それがあることそのもの」によって友軍を勇気づけることができるだけの高い戦闘能力を見込まれており、
そしてだからこそ「戦車を多数撃破した」というニュースが朗報として世界を駆け巡ったり、ジャベリンがウクライナで「抵抗の象徴」となっているのです。

あなたはミサイルに命を預けますか?それとも戦車に命を預けますか?
「戦うのは人間であり、人間は拠り所があるから勇敢に戦える」という事実を軽んじているようでは「戦争とはなにか」を理解するのは不可能と言っていいでしょう。
都合のいい数字の話でしか語ることのできない戦車不要論者には、理解できないかもしれないですけれど。

あとがき

 前半と後半を通じて戦車の100年史を見てきました。
ただの塹壕突破兵器として始まった戦車は、第二次大戦を通じて陸戦の中核戦力に躍り出、攻撃と防御の相克やジャンルの統廃合を繰り返しながらも、なんだかんだ陸戦において欠くべからざる兵器としての地位を確立しています。
もし戦車が本当に地上戦の場からなくなるとすれば、おそらく「ロボット同士の殴り合いで覇権を決する」機動武闘伝Gガンダムのような国際情勢が展開した時でありましょう。

 かくて戦車は陸戦の中核となり、地上戦の構図そのものが根本的に変わらない限り「戦車、または戦車的なもの」は地上戦の中核であり続けるのです。この「戦車的なもの」とは、
・攻勢の先鋒を担うことができるだけの高い機動力
・対抗兵器を持たない敵を一方的に蹂躙できるような高い防御能力
・攻勢にも防衛にも使える高い火力投射能力
を兼ね備えた兵器のことです。
たとえその形状が履帯ではなく二足歩行や多脚、もっと言えばホバー移動に変わったとしても、この本質的な部分は揺るがないことでしょう。

後半部分参考文献

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ぷろぽん「試作兵器イラスト合同」(第零設計局、2019年)
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[参考資料]防衛力整備と予算の概要(案).PDF<https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11488652/www.mod.go.jp/j/yosan/yosan_gaiyo/2002/sankou.pdf>
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そんなに美味しい話はない<https://kakuyomu.jp/works/16816927861285662152/episodes/16816927861286004584>

The Atomic Tanks of the 1950s - Object 279 and Chrysler TV-8<https://youtu.be/oC4-1pwNMcM?si=HEciu-nyW7pHDFps>
戦艦について知ろう!<https://youtu.be/Hx54wfWeYqM?si=r8a9UC4BVOQsjv1i>
M103 - The Complete History of America's Last Heavy Tank<https://www.youtube.com/watch?v=IEZn7UMkhW0>
Why do modern tanks have smoothbore main guns?<https://youtu.be/1kch8uIoJrY?si=Wv_HdHWym97iIs_L>
Tank Classes Explained - What actually is an MBT?<https://youtu.be/3uMigCzy3Ow?si=fEk_5SkylQeRUgZn>

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