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How forests tell(3/3) : 森の未来洞察をしよう

植生メモリー開封レポート第3弾。二回目のnoteでは、植生メモリーを利用して森の現在、過去を読み取ってきました。最後となる今回のnoteでは、少し考察のベクトルを変えて、森の“未来”に目を向けていきたいと思います。

しかし、その前に重要な障壁を越えなくてはなりません。
植生メモリーが、ACTANT FORESTの森が抱える諸問題も浮き彫りにしたのです。これを蔑ろにして、森の未来を考えることはできないよなあ……。ということで、その③のスタートは少しネガティブな内容となります……(泣)。

ACTANT FORESTの森が抱える諸問題

その②の最後で、ACTANT FORESTの敷地内には幅広い環境が揃っており、これが植物の多様性に好影響をもたらす、と書きました。

しかし、実際に森を詳しく見ると、“植物の多様性が環境の多様性と釣り合っていない”印象を受けました。
これだけ多様な環境が揃っているのにもかかわらず、出現植物種に大きな偏りがあるのです。

たとえば、コナラ・クヌギ林から湿地、緩斜面まで、環境タイプを問わず、敷地内の広い範囲でアズマネザサが繁茂していました。

コナラ林内で林床を覆い尽くすアズマネザサ
斜面下部では、アズマネザサが人の背丈を越えるまでに成長。トトロのトンネルみたいになっていた。探検するぶんには楽しいが、笹原の植物多様性は非常に低い

アズマネザサは、地下茎で個体同士が繋がっていて、遠隔の個体同士で物質のやりとりを行うことができる、という国際スパイ組織のような植物。それゆえ繁殖力が強く、土地全体を排他的に支配してしまうこともしばしば。ササが過度に繁茂してしまうと、林床で育つ他の草本植物・稚樹の成長が大幅に阻害されるため、自ずと森の植物の多様性は低下してしまいます。
敷地内に幅広い環境が揃っている一方で、その全てにアズマネザサが進出してしまっているため、個々の環境ごとの植物群落形成が思うように進んでいない……という事態が発生しているのです。

アズマネザサのジャングルでひっそりと育っていた、ヤマウコギ。枝にするどい棘があり、江戸時代の東北地方で藩を侵入者から守る生垣として大活躍した。こんな輝かしい経歴を持つ樹種も、ササの前では無力。日照ストレスに耐えながら生きていた

さらに、鹿食害の影響も深刻でした。
森という社会空間では、本来複数の樹種が均等な勢力を保って群落を形成するはずなのですが、ACTANT FOREST敷地内においては、そのパワーバランスが大きく乱れていました。

前述の斜面上部陽樹群落では、エゴノキ、イヌザンショウがスペースの大半を牛耳っていました。
また、コナラ・クヌギ林内の林床でも、低木層を占めているのはアズマネザサの他、ほとんどがレンゲツツジ。高木層をコナラ、クヌギが支配しているにもかかわらず、その下の低木層・亜高木層に、彼らの若木は見られませんでした。これは、コナラ、クヌギの世代交代(更新)がうまくいっていない、ということを意味します。

斜面を、エゴノキの稚樹が牛耳っていた

エゴノキ、イヌザンショウ、レンゲツツジは、有毒成分を含む、味・匂いが鹿の好みでは無いなどの理由で、鹿から敬遠される“不嗜好性植物”。それゆえ、彼らは鹿の食害を免れることができます。

葉・花に神経毒が含まれているレンゲツツジ。この毒には人間にも効き、新潟県で中毒事故が発生したことがある。ACTANT FORESTの林床に多数生育
コナラの稚樹。本来なら、これが林床を埋めるはずなのに……

鹿がコナラ、クヌギの稚樹、その他多数の草本・稚樹を食べ尽くした結果、レンゲツツジなどの不嗜好性植物がライバルなしで勢力拡大できるようになり、森で形成されていた樹木の社会構造が崩れてしまっているのです。同様の問題は、日本各地の森で起きています。

古い文献で、「滋賀・福井県境の駒ヶ岳には、関西で一番美しいブナ林が広がる」という記述を見つけ、現地に出かけてみると、あまりの惨状に落胆した。下草が全く無い。砂漠にブナが生えているような状態。これも、鹿食害の影響によるもの。滋賀県高島市、駒ヶ岳中腹にて

以上のことから、

  • ACTANT FORESTには水分・養分ともに豊富な土壌が、厚く堆積している

  • 敷地内には、湿地、陽光斜面、二次林、沢など、多様な環境が用意されている

  • 上記2つの、植物の生育にとって非常に有利な条件が揃っているのにもかかわらず、植物の多様性はその好条件に対応していない。これはササの過度な繁茂と鹿の食害によるものである

という仮説を得られます。

未来のACTANT FOREST

さて、ここまでは“現時点での植生”に注目し、ACTANT FORESTの環境についての考察を行ってきました。

環境の特徴がわかれば、それにもとづいて将来起こりうる植生の変化を予測できるようになります。

いまはコナラ・クヌギの壮年樹しかないACTANT FORESTの森も、将来は大木が生い茂るようになり、樹種の組み合わせもガラッと変わる

植生は、一見するとずっと変化していないように見えます。10年前、僕がよくカブトムシを採りに行っていた山は、そのときからずーっとクヌギ林です。風景の変化はこれっぽっちもありません。

しかし、それはあくまでも人間側の視点で見たときの話。人間よりも寿命が長い樹木の視点で見れば、植生とは変化の連鎖によってでき上がるものなのです。

現在地球上に存在するすべての植生は、極相(植生がこれ以上変化しない段階)に向かって遷移しています。
極相の状態に達するとどのような植生が形成されるかは、地域によってあらかじめ決まっています。日本の場合、冷温帯ではブナ林、暖温帯ではシイ、カシなどの照葉樹林が極相となります。

青森県・八甲田のブナ林。典型的な極相林

ACTANT FORESTの森は、まだ極相の段階に達していません。撹乱なく順調に遷移が進んでも、当地が極相に達するには、100年以上はかかると思われます。では、そのときACTANT FORESTはどんな森になるのか?
この疑問を解くため、北杜市内で、すでに極相に達している森を探してみたところ、2箇所のポイントを発見することができました。

ひとつ目は、北杜市須玉町若神石にある「諏訪神社上社」の社寺林。
神社に隣接した森は、宗教上の理由で手厚く保護されることが多いため、結果的に極相林が成立しやすいです。諏訪神社上社も、その類でしょう。

諏訪神社上社のシラカシ林

諏訪神社上社は標高480m、暖温帯に位置する(その②掲出の表より)ため、シラカシを主体とする照葉樹林が広がっていました。

一方、2つ目は、そこから約20km離れた北杜市白州町大武川「諏訪神社下社」。こちらは標高815mであり、属している気候帯は冷温帯。案の定、トチノキ、フジキ、ケンポナシ、アサダなどを主体とする落葉広葉樹林が広がっていました。

諏訪神社下社のトチノキ
ケヤキ。大木が非常に多かった
林内に成立していた、ケンポナシ群落。僕自身、初めて見た樹種

しかし、ACTANT FORESTの森は、標高域でいえば両者のちょうど中間、約700mに位置しています。前述のように、属している気候帯は中間温帯。冷温帯でも暖温帯でもない、曖昧な地域なので、諏訪神社上社とも、下社とも違う独特な極相林が形成されると考えられます。
残念ながら、ACTANT FORESTと同じ標高域では、極相林が成立している神社を見つけることができませんでした。神社の境内にスギやヒノキが改築材用に植林されているケースがほとんど。

境内がスギの人工林に改変された神社。
ACTANT FOREST周辺は、このタイプの境内林ばかりだった

よろしい、ならば作戦変更。「暖かさの指数」と呼ばれる、平均気温だけでその土地の極相林のタイプがわかる魔法の公式を使います。
これは、吉良竜夫という生態学者が提唱した指標で、平均気温が5℃以上の月のそれぞれの平均気温−5の値を合計して求めます。北杜市の標高600m地点にある、武川町(むかわちょう)の平均気温データが手に入ったので、そちらを使って実際に計算してみました。
その結果がこちら↓

上記の表の通り、武川町の暖かさの指数110は、照葉樹林が成立する数値です。
ピンポイントで雨温図を取れば、数値が若干変動する可能性はありますが、ACTANT FORESTの森も将来的に照葉樹林に移行する可能性が高い、と言えるでしょう。

実際、コナラ・クヌギ林の林床に、極相種であるモミの稚樹が確認できました。ACTANT FORESTの森は、確実に極相への道を進んでいるのです。

敷地内で見つけた、モミの稚樹

ACTANT FORESTは、冷温帯(落葉広葉樹林帯)に切り替わるエリアから、5kmほどしか離れていません。つまり、当地は暖温帯樹種が進出できるギリギリのライン。よって、150年後の極相林の主要構成種の座は、モミのほか、照葉樹の中でも寒さに強いシラカシ、ウラジロガシが握るのではないか、と予想できます。

三重県伊賀市に生育していた、ウラジロガシの大木。照葉樹の中で最も寒さに強い樹種で、ブナと混生することもある。冷温帯・暖温帯の境界線に現れやすい樹種

しかし、照葉樹林が成立するエリアであるとはいえ、現状ではACTANT FOREST敷地内に多数の冷温帯系樹種が進出しています。この特殊な現象も、冷温帯エリアとの近さが原因でしょう。
これを踏まえると、将来のACTANT FORESTは、ただの照葉樹林ではなく、「落葉広葉樹林に限りなく近い照葉樹林」になると考えられます。たとえば、通常時の高木層を占めるのは照葉樹だが、ギャップができたときには一時的にシラカバ、ミズメ、ホオノキなどの冷温帯系の陽樹が進出してくる、といった具合です。

つまり、ACTANT FORESTは、分布域が相反する冷温帯系樹種・暖温帯系樹種の両方に門戸を開いているのです。幅広い樹種を受け入れる気候的なポテンシャルがあるため、将来成立する照葉樹林の樹種の多様性は、通常の照葉樹林よりも高いものになると考えられます。
これも、中間温帯のなせる技。

こちらはツノハシバミという樹種。日本版ヘーゼルナッツとして有名な樹種で、本来は北日本の冷温帯に自生し、暖温帯には自生しない。しかし、ACTANT FOREST近辺の雑木林には、本種の群落が形成されていた。100年後に成立する照葉樹林に、彼のような冷温帯系樹種が紛れ込み、我が物顔で生育する可能性は高い

さらに、前述のように、ACTANT FORESTの敷地内には、湿地、沢、日当たりのよい沢など、さまざまな環境が用意されています。湿ったところが好きな樹も、沢沿いの湿潤な土壌が好きな樹も、乾燥した斜面が好きな樹も、全員ACTANT FORESTに生育することができるのです。“環境的な門戸”も、かなり広い。気候的な要因により増した樹種多様性が、さらに増す可能性は大いにあります。

「冷温帯」「暖温帯」という、本州を大きく二分する気候帯の要素同士が、繊細に混じり合った場所に、環境の品揃えが極めて豊富な区画がある。植生のミラクルが起こる気がして仕方がありません。
鹿食害、ササの過剰繁茂などの諸問題を乗り越えれば、ACTANT FORESTに数百年以上繁栄する“樹種のるつぼ”が誕生すると考えられます。そう思うと、ワクワクが止まらない!

風景のエッセンスは、樹木だ

以上が、ACTANT FORESTの植生メモリーの開封結果です。

冒頭で触れたように、日本は樹が絶対に視界に入ってくる国です。植生メモリーはどんな場所にも配置されています。日常の何気ない移動、旅先の散歩などで、樹木にちょっぴり注目してみると、面白い発見があるかもしれません。

樹木は、あまりにもありふれている存在のため、普段はその存在感が薄まりがちです。しかし、ありふれた存在であるからこそ、風景の奥に隠されたストーリーを伝える媒体になり得るのです。

樹木たちは、個々の樹種の特質を複雑に絡ませることで、私たちが想像するよりもずっと高度な社会構造を構築しているのです。
そして、その社会構造の精巧さが、「風景」という形で具現化されて、私たちの目の前で展開されるのです。
一つひとつの樹種の、些細な嗜好、性質が、何重にも積み重なり、複雑な風景のグラデーションをつくり出す。そして、その多様性が、生態系の豊かさにつながり、人間の社会、文化の豊かさにつながる。
「自然が豊か」とは、こういう状態のことを言うのだと思います。
量的な意味でも、もっと根源的な意味でも、風景のエッセンスは、樹木なのだと思います。

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