How forests tell(2/3) : 樹種のるつぼ ACTANT FOREST
さて、先のnote「How forests tell(1/3):3つの視点で森が語りだす」では、樹木たちの複雑な棲み分け、そしてそれに関する知識を利用して“植生メモリー”を開封する方法についてご紹介しました。
今回は、実際にACTANT FOREST敷地内の森の植生メモリーを開封していきたいと思います。記事のマニアック度は順調に増していきますが、もう暫くお付き合いください(笑)。
ACTANT FORESTの植生メモリー
では、いざ開封のとき。なんだかワクワクしてきます。
その①でご紹介した、「時間的分布」「気候的分布」「空間的分布」の3つの軸に則って植生メモリーを開封していきたいと思います。
①「時間的分布」からの視点
ACTANT FORESTの森の主要構成樹種は、前述の通りコナラ、クヌギ。彼らは、陽樹と陰樹の中間ぐらいの樹種。つまり、ACTANT FORESTの森は、「陽樹林の過程は通過したけれど、その土地の極相までは達していない」というレベルにあると考えられます。
また、森を構成する樹種は、どれも樹齢およそ40〜50年ほど(推定)。大木・古木は生えていません。このことから、ACTANT FORESTの森は、成立してからまだそれほど時間が経っていないんだな、と推測できます。
また、コナラ、クヌギは優れた萌芽能力(伐採されて切り株の状態になったあと、新しく芽を出して復活する能力)を持つ樹種です。伐採が頻繁に行われてきた森では、彼らのような、人間の干渉に対して柔軟に対応できる樹種が覇権を握るのです。
ブナ、モミのように、萌芽能力が無い樹種は、伐採されるとそこで絶命してしまいます。それゆえ、彼らが大木に育っている場所は「人の伐採が長らく入っていない場所である」と推測できます。
ACTANT FORESTの森はそれとは全く逆の状況。若いコナラ、クヌギしか生えていません。これを踏まえると、ACTANT FORESTの森は人間による干渉を強く受けてきた森なんだろう、と考えられます。実際、ACTANT FORESTの周辺には、別荘地、牧草地、農地が広がっていますから、森に人の手が入っていてもおかしくありません。
②「気候的分布」からの視点
樹木の視点に立つと、本州の気候は「冷温帯」「暖温帯」の大きく2つに分けることができます。冷温帯は、東北〜中央高地、西日本では高海抜の山岳地帯に分布する気候帯で、ここにはブナ、ミズナラなどの落葉広葉樹林が成立します。一方、暖温帯は関東以西〜西南日本にかけて分布し、ここにはカシ、シイなどからなる照葉樹林が成立します。
では、ACTANT FORESTの森はどちらの気候帯に分類されるのか?
ACTANT FORESTの森の主要構成樹種のひとつであるクヌギは、主に暖温帯に分布する樹種で、分布の南限は沖縄にまで達します(コナラに関しては、冷温帯と暖温帯の両方にまたがって広く分布する樹種なので、ここでの言及は避けます)。
また、林内には、クヌギの他にも、ソヨゴ、ヌルデ、ヤマザクラなど、暖温帯系樹種がいくつか生育していました。これだけを見ると、ACTANT FORESTの森は暖温帯に属するのか……と考えてしまいます。
しかし、敷地内には、ズミ、レンゲツツジ、ミズメ、シラカバなど、冷温帯系樹種も多く見られました。
つまり、ACTANT FORESTでは、暖温帯系樹種と、冷温帯系樹種が共存しているのです。
ひょっとすると、ACTANT FORESTの森の近辺は、暖温帯と冷温帯のちょうど境目にあたるのではないか。
これが正しいかどうか検証するため、ACTANT FORESTから外へ飛び出して、周辺2km以内の雑木林をしらみつぶしに歩いてみました。
すると、暖温帯系のエノキの隣に冷温帯系のエゾエノキがあったり、クヌギ林の林床に多雪な寒冷地を好むヒトツバカエデが生えていたり。はたまた、暖温帯系のコウゾの茂みを囲むようにフサザクラ(冷温帯指向)の成木が群生していたり。なかなか癖の強い植生。クヌギとヒトツバカエデなんて、本来なら隣合って生育するはずのない御二方です。
お互いに分布域が遠く離れているはずの、冷温帯系樹種・暖温帯系樹種が混在する、というのは、ACTANT FORESTの森の大きな特徴のひとつであると言えます。
北杜市の標高700m付近(ACTANT FORESTと、僕が回った雑木林がある区域)は、冷温帯と暖温帯の境界線上なのです。こういったある意味“曖昧な”場所に成立する森林は、「中間温帯林」と呼ばれます。ACTANT FORESTと、その周辺地域に広がる特殊な植生も、中間温帯林という言葉で表現して差し支えないでしょう。
では、標高何mまで登れば、完全な冷温帯に突入するのか?
北杜市の有名高原リゾート・清里に向けて車を走らせ、標高を上げてみると、標高830m付近で暖温帯系樹種のクヌギが姿を消し、標高1,100m付近で冷温帯系樹種の代表であるミズナラとコナラの混交林が姿を表しました。
このミズナラ・コナラ混交林内には、ヤエガワカンバ、チョウジザクラ、サワグルミ、ツノハシバミなど、多くの冷温帯系樹種の生育が確認できた一方、暖温帯系の樹種はひとつも確認できませんでした。うむ、ならばここが「完全な冷温帯」なのだろう。
これを踏まえると、暖温帯系樹種のクヌギの最終進出ラインである、標高830m〜標高1,000mの間が、中間温帯と完全な冷温帯域の境目であると考えることができます。
さらに登り、標高1,400m付近まで行くと、森の様相は一変。コナラは完全に姿を消し、森の構成樹種はミズナラ、コメツガ、ウラジロモミに変化します。コメツガ、ウラジロモミは、亜寒帯に生育する針葉樹。ここまでくると、冷温帯を飛び越え、亜寒帯に突入してしまうのでしょう。こういった、針葉樹+ミズナラなどの若干の広葉樹、という構成の森は、本来北海道北部・東部〜サハリン、シベリアにかけて分布します(北杜の亜寒帯林と、北方の亜寒帯林では細かい構成樹種が異なりますが)。
逆に、標高を下げてみると、標高500m付近の神社で原生的な照葉樹林を確認できました。その森の主要構成樹種は、シラカシ。暖温帯系の照葉樹で、カシ類の中では最も内陸に分布する樹種です。海なし県山梨の土地柄が、樹木にも表れておる。
その照葉樹林には、シラカシの他、ケヤキ、エノキなど、いくつかの樹種が高木として生育していたのですが、すべて暖温帯系、または暖温帯・冷温帯両方を分布域とする樹種でした。
よって、この照葉樹林は「完全な暖温帯」に属すると考えられます。
北杜の全体的な植生の特徴を捉えるべく、車でぐるぐると各所の森を回ったら、1日で暖温帯、中間温帯、冷温帯、亜寒帯という、日本に存在するほぼ全ての気候帯を体感してしまいました。こんなことは初めてです。照葉樹林を見た30分後に、亜寒帯林を見ることができる場所が、この世にあるなんて……。
北杜市の須玉〜清里美し森(約20km、標高差1,000m)を走破すれば、上記4つの気候帯を全部通過することになります。これは、緯度・気候帯、そして植生帯の観点から見れば、東京〜稚内まで、約1,200kmの南北移動をするのと同じことです。
そして、ACTANT FORESTの森は、冷温帯、暖温帯という2つの相反する気候帯の要素が少しずつ重なり合った、特殊な場所に位置しており、その“曖昧さ”が、森の樹種の組成を変則的なものにしているのです。
③「空間的分布」からの視点
コナラ、クヌギは、肥沃で、湿潤な土壌を好む樹種です(とはいっても、沢沿いほどの湿潤さは要求しない)。また、彼らは直根性で、根を深く張る傾向があります。コナラのどんぐりを庭に埋めると、ものすごいスピードで根が成長し、水道管や家の基礎が破壊されてしまった、というトラブルが稀に発生するのですが、これも彼らの直根性が原因です。
それゆえ、彼らは栄養分豊富な土壌が厚く堆積している場所で、最も成長が良くなります。
ACTANT FORESTの森には、コナラ、クヌギがかなりの密度で生育しているうえ、樹1本1本も良好に成長している印象を受けます。
厳しい環境に置かれ、困難を抱えながら成長を続けた樹には、不自然に幹や枝が屈曲していたり、枝の節間が短かったり、という外見的な特徴が現れるのですが、ACTANT FORESTの樹木たちにそういった兆候は見られません。樹高に見合った、適度な太さの幹が、逞しく直立しています。ここのコナラ、クヌギは、かなりの好条件を享受しているのでしょう。
このことから、ACTANT FORESTの森には水分・養分が豊富な土壌が、厚く堆積している、と考えられます。また、土壌が厚く堆積しているということは、「直近の過去に土砂崩れ・氾濫などの、土壌が流出するような大規模な撹乱が発生していない」と推測できます。
さらに、コナラ・クヌギ以外の樹種に着目すると、ACTANT FORESTの敷地内の“環境の多様性”が見えてきました。
たとえば、敷地内を流れる沢沿いには、ズミというバラ科の落葉広葉樹が複数本生育しています。
ズミは、多湿な土壌を好む樹種で、草原化する途中の湿原などでしばしば群落をつくります。ズミが生えている沢沿いの区画の土壌は、かなり湿っているのでしょう。将来、ここに湿った土壌を好む植物が進出し、コナラ・クヌギ林内とはまた違った組成の植生が形成され、敷地内の植物多様性が大幅に増す可能性は大いにあります。
また、コナラ・クヌギ林内ではギャップ(既存の高木が倒れ、林冠に“穴”が空き、一時的に日照条件が大幅に良くなっている場所)が確認できました。
高木の枝葉がひしめき合い、日光が遮断されている通常の林内には、陽樹は進出することができません。ギャップには、林内に陽樹の生育地を用意し、森の樹種多様性を高める役割があるのです。樹の“死”は、森という構造体を適切に機能させるうえでは欠かせない現象であるといえます。
ACTANT FORESTの林内のギャップには、ヌルデ、ホオノキ、エゴノキ、ヤマウルシなどが生育していました。彼らのような陽樹が、ギャップで群落を形成することで、単調なコナラ林の植生に一種の“スパイス”が加えられ、生物の多様性が飛躍的に増すのです。
たとえば、ギャップに生育する落葉性の陽樹は、林冠に棲むキリギリスの大事な食草となっています。
この他にも、敷地の突端には日当たりの良い緩斜面があり、そこでもウツギ、シラカバ、ホオノキ、タラノキなどの陽樹群落が形成されていました。また、その斜面下部には、小規模ながら湿地帯もあり、湿地性の草本植物群落が見られました。ここには将来、ヤナギやハンノキの森が形成されるのでしょう。
……と、こんな感じで、ACTANT FORESTの敷地内には、沢、湿地、日照条件の良い緩斜面、二次林、ギャップなどなど、多種多様な環境がコンパクトにまとまっているのです。
その③へ続く
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