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How forests tell(1/3) : 3つの視点で森が語りだす

今回のnoteは、先日森に遊びに来てくれた樹木をこよなく愛する男子、三浦夕昇さんをゲストライターに迎えて、ACTANT FORESTの植生がどのように成り立っているかを読み解いていただきました。植生を解釈するための基本的な視点、森の具体的な植生、森の課題と未来洞察という流れで、全3回にわたっての連載です。ACTANT FORESTのことがメインに書かれてはいますが、どのように森とコミュニケーションを取るのか、どのような情報を読みとるべきか、その普遍的な方法論としても参考になるでしょう。皆さんの周りの自然がどのようなストーリーを語ってくれるのか、このnoteを読んでから森に入ると普段とは違った散策が楽しめるはず。(Ryuichi Nambu)

はじめに

ACTANT FORESTの記事の読者の皆さま、こんにちは。初めまして。
僕は三浦夕昇(みうら ゆうひ)といいます。樹木に人生の大半の時間を吸い取られてしまった19歳です。樹木がとにかく好きで、いままで日本各地の森に足を運び、さまざまな樹種・巨木を追いかけてきました。その記録を、noteのharunire0321というアカウントで記事にして公開しています。将来は環境保全に関する仕事に就きたいと考えており、今年冬からニュージーランドの学校で環境学を学ぶため、留学をする予定です。

ご縁あってACTANT FORESTの森を訪問する機会があり、今回、そこに生育する樹木にまつわる記事を書くことになりました。なかなかマニアックな内容ですが、楽しんでお読みいただけると幸いです。

森はストーリーテラー

よく、「樹木のどんなところが好きなんですか」という質問をいただきます。
これはなかなか難しい質問です。
樹木というのはなかなかヤヤコシイ奴らで、2〜3文の短い文章では、とても彼らの魅力を語れないのです。
見た目が可愛かったり、かっこよかったり、はたまた不気味だったり……というような、ビジュアルの魅力。
とてつもなく巧みな生存戦略を使いこなす頭の良さ、他人(他樹)を蹴落としてでも生き残ろうとする生々しさなどといった、内面的(生態的)な魅力。
そして、土地の成り立ちを伝えてくれる、という、ストーリーテラー的な魅力。

近所の公園に生えていた、エノキの大木の雄大な枝ぶり。日常生活に、こういう“何気なく美しい瞬間”をぶっこんでくれる、というのが樹木の大きな魅力のひとつ。

こういった、無視できない程に強力な魅力の数々に振り回された結果、僕は子供時代・思春期をほとんどすべて樹木に費やしてしまう、という取り返しのつかない選択をするに至ったのです。
特に危険な、中毒性の高い魅力は、3番目の「ストーリーテラー的な魅力」。これに侵されてしまったら、もう樹木の世界から抜け出すことは不可能と言っていいでしょう。恐ろしいことに、この魅力の味を知ってしまうと、日々の何気ない散歩が、とてつもなくエキサイティングな体験へと変わってしまいます。日常生活に直接的な刺激を加えられたら、もう中毒に従うしかないのです……。

かくいう僕は、完全にこの魅力に取り憑かれています。今回、ACTANT FORESTに、この中毒を有効活用しようということで、この記事では、樹木を媒体にして森の景色を“読む”手法について、書いていきたいと思います。この記事を読んでくださっている皆さま、もしよろしければ、僕の中毒症状にしばらくお付き合い願えますか……?

樹木が優れたストーリーテラーである理由

「樹木が土地の成り立ちを教えてくれるって、そもそもどういうこと?」と思った方も多いと思います。
もちろん、樹木たちが自ら「ここの森の特徴は〜」とペラペラと自己紹介するわけではありません。物言わずに、樹木たちはその土地に秘められた物語を伝えてくれるのです。

現在地球上に生きている生物で、最も寿命が長いのは樹木です。

動物は、脳・神経・血管・心臓など、複雑な器官をいくつも体内に抱え込んでおり、それらのうちひとつでも損傷すると死に至りますが、樹木のからだの構造はそれに比べて非常に単純。葉・枝根などの器官は何回でも再生可能です。
また、死んだ細胞を排泄せず、幹の内部に心材として蓄え、樹体を構築する、というトリッキーな技を使うことだってできます。

以上の理由から、樹木は動物と比較して格段に長い時間、この世に留まり続けることができるのです。大都市に住んでいたとしても、神社や保護林に行けば、樹齢数百年以上の巨木と出会うことができます。

つまり、樹木は、他のどの生き物よりも長い時間、その土地に寄り添い続けているのです。それゆえ、土地の気候、地史、環境の変化は、樹木の生き様・植生に色濃く反映されます。
植生とは、その土地が辿ってきた歴史を精細に記憶した、一種のメモリー(記憶装置)なのです。

京都御所にある「清水家のムクノキ」。幕末、長州藩士の来島又兵衛がこの樹の下で討ち死にしたと伝えられている。現代の私たちにとって幕末は記録上で垣間見ることしかできない、遠い昔だが、この樹にとっては“人生の通過点”なのである。樹と人間の時間軸は全く違う。

降水量が多い日本では、ほぼすべての場所に樹木が生育します。屋外で、樹木を一切視界に入れないことはほぼ不可能であると言えるでしょう。つまり、どんな場所にも“植生メモリー”が装備されている。樹木好きとして、これで遊ばない手はないっ‼︎

そこで今回は、ACTANT FORESTの森にあった“植生メモリー”で遊ばせていただきました。

ACTANT FORESTの森

さて、ACTANT FORESTの森があるのは、南アルプスと八ヶ岳に抱かれた高原のまち、山梨県北杜市。8月下旬、僕の住んでいる神戸から車で6時間かけて当地へと向かいました。
北杜のまちの背後を固める南アルプスの峰々は、標高3,000m級。巨大な山体が、圧倒的な威圧感を醸し出しながら盆地に落ち込んでいく光景は、まさに圧巻の一言。地元の神戸も、山に近接したまちだけれど、このスケールにはついていけないよなあ……。
山梨ならではの雄大な光景に心地よいショックを受けながら、田舎道をしばし走ること20分。牧場や別荘地の合間の雑木林に、ACTANT FORESTはあります。

ACTANT FORESTの森。コナラ、クヌギなどが生い茂る、里山型の二次林。

ぱっと見た感じ、ACTANT FORESTの森の主要構成樹種はコナラ、クヌギ。いわゆる「里山林」。関東以西の丘陵地帯に多い森林タイプです。南アルプスの麓だから、冷温帯系の樹種が多いのかな〜と思っていたけれど、意外と暖温帯系の樹種が優勢なんだ……。
森に入ったときの最初の感想は、こんな感じ。しかし、詳しく森の中の樹種を見て、植生メモリーを開封すると、「この森、ただの里山林じゃないな……」と、いい意味で戦慄してしまいました。普通の暖温帯林だと思って油断してる場合じゃなかった……。

森の景色を読み取る方法

では、そろそろ植生メモリーの開封に取り掛かります。植生メモリーを開封するには、少々の予備知識が必要です。

日本にはおよそ1,100種の樹種が生育していますが、その一つひとつに対して、「分布」というものが決定されています。
この「分布」は、①「時間的な分布」②「気候的な分布」③「空間的な分布」という、3つの軸に分けて考える必要があります。

①時間的な分布

これは「どの遷移段階でその樹種が出現するのか」を表したもの。遷移(せんい)とは、草ひとつ生えていない裸地から森が成立するまでの過程のこと。多くの場合、遷移は[裸地]→[草地]→[陽樹林]→[陰樹林]という段階(それぞれを「遷移段階」と呼びます)を踏んで進行します。どの樹種が、どの遷移段階で出現するかは、運動会のプログラムのように、あらかじめ決められています。

たとえば、マツやシラカバなどは、森のでき始めである[草地]〜[陽樹林]の段階で出現しますし、ブナやカシ、シイなどは、森の最終完成形である陰樹林(極相林)の段階で出現します。逆に言えば、シラカバが多い森は、まだ成立して間もないんだな、と推測できますし、ブナが多い森は、森そのものの歴史がかなり長いんだな、と推測できます。

また、人の伐採が入っているかどうかも植生を決定づける重要なファクターのひとつ。ブナは人の手がほとんど入っていない、原生的な森でないと生きていくことができませんが、コナラ、クヌギは伐採が頻繁に入る里山林を主な生育地とします。森に生えている樹種を見れば、「その森に最後に伐採が入ったのはいつ頃なのか」がわかるのです。

遷移初期の崩落地跡(兵庫県神戸市)
極相林(奈良県奈良市)
西日本の温暖な地域では、遷移の最終到達点はこのような照葉樹林となる。上の画像の遷移段階とは、日照条件、土壌条件が全く異なるため、出現する樹種も全く違う。

②気候的な分布

これは、植物図鑑の「分布」の項目に記されるもの。「北海道〜本州中部以北」というような形で記載されることがほとんどです。南北に長く、地形が複雑な日本では、地域によって気候はさまざま。寒冷なのか、温暖なのか、その中間なのか。多雨なのか、少雨なのか。日本海側なのか、太平洋側なのか。積雪は多いのか、少ないのか。最も降水量が多くなるのは、夏なのか、冬なのか。こういった要素が個々の樹種の特定地域への進出の可否を決定します。入り組んだ山や谷によって気流が複雑に交錯し、気候のバリエーションが生まれている日本列島では、自然と植生の多様性も増すのです。たとえば、エゾマツ、トドマツなどの針葉樹は北海道の極寒の森で群落をつくるのに対し、スダジイなどの照葉樹は温暖な西日本の低地で森をつくります。この概念は比較的わかりやすいでしょう。

北海道東川町のアカエゾマツ林(亜寒帯林)
南北に長い日本では、森の様相も地域によって全く違う。
岡山県西粟倉村のブナ林(冷温帯林)
宮崎県宮崎市のビロウ林(亜熱帯林)

③空間的な分布

「どの樹種がどんな環境で生育するのか」を表したもの。たとえば、カツラ、トチノキ、サワグルミなどは沢沿いの、湿ったところに積極的に進出しますし、ブナは適湿地(極端に湿っているわけでもなく、乾燥しているわけでもない土地)が好きです。さらに、樹木たちは立体的にも、生息域を棲み分けています。ブナなどの高木は地上30m以上に枝葉を伸ばすのに対し、コマユミなどの低木は森の地表付近で、人の身長を超えないぐらいの高さでしか枝を伸ばしません。

岩手県久慈市の海岸の岩崖(アカマツ、ミヤマビャクシンなど)
これらの写真3枚は、どれも冷温帯に属する北東北で撮ったもの。気候が同じでも、環境が変われば樹種が変わる。
青森県奥入瀬渓流の渓畔林(サワグルミ、カツラなど)
青森県深浦町の平坦な適湿地にあるブナ林

樹木たちは、上記の時間的、気候的、空間的な軸をもとにして、それぞれの生育地を棲み分けているのです。
動けない割に体がデカく、ただでさえスペースを取る奴らが、日本という小さな島に1,100種もひしめいているのです。それぞれの衝突・競合を最小化するには、こうやって細かく棲み分けるしかないのでしょう。樹木の社会って、すごくシステマティックだよなあ……。

日本本土に生育する、樹木の棲み分けのイメージ。何気ない植生も、こういった複雑な棲み分けにもとづいて決定されている。植生メモリーの開封は、この図を逆に辿る作業であると言える。

そして、個々の樹種の3要素の分布を頭に入れながら森を歩けば、植生から土地の成り立ちを推測できるようになります。

たとえば、シラカバは
・草原〜陽樹林のあいだの、遷移初期に出現し(時間的分布)、
・寒冷かつ、降水量が少ない地域を好み(気候的分布)、
・貧栄養の痩せ地で、高木に成長します(空間的分布)。

これを逆に考えると、シラカバが生えている土地は以下のように評価できるでしょう。

「まだ植生が成立してからの日が浅く、寒冷で降水量が少ない地域に位置している。植物が進出してからの期間が短いため、土壌中の有機物は少ない。この区画が遷移初期段階にあるということは、過去にここで土砂崩れなどの、大規模な撹乱(既存の森を破壊するような自然災害)が起こったのでは?」

このように、樹木の“3つの分布”を利用すれば、「周辺地域全体の気候」といったマクロな視点から、「その区画の土壌条件や、歴史、人による伐採の有無」といったミクロな視点まで、幅広い尺度で地域の自然環境を考察できるのです。
普通、植生というのは複数の樹種で構成されます。その土地に生育する樹種すべてを把握し、個々の分布に注目すれば、かなりの精度で土地の成り立ちに関する分析が行えるのです。

この樹種が出現したら、こんな環境が予測できる……

北海道の羊蹄山には、同標高に帯状にハルニレ(湿った場所を好むニレ科の高木)が生育する森があり、これは何故なのか突き詰めていくと、大規模な地下水脈がそこに眠っていた‼︎という話を聞いたことがあります。
こういう、びっくりするような発見を楽しめるのも“植生メモリー”の大きな利点のひとつでしょう。

これが、樹木の「ストーリーテラー的な魅力」です。

その②へ続く

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