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DAY 96:「目を見つめて」 "BLUE LIGHTS" KENNY BURRELL Blue Note 1596 Volume 1



「おとうさんは、携帯ばっかり見ている」

と、妻にも、息子にも言われた。


そう言われて、考える。

携帯ばっかり見ている、と言われても、
そこにある世界は、魅力的だ。
自分の興味のあることや、
好きなことにてっとり早く没頭する
(あるいは「逃避する」)のには、
手のひらサイズに収まる画面を、
親指で操作すればいい。
とても簡単で、心地いい世界へ没入できる。

それは世界中と繋がっていて、
自分の操作ひとつで、
自分にとって気持ちの良い情報、
空間を選び取ることができる。
また、自分から発信もでき、
それについて賛同を得たりすることもできる。
承認欲求を満たすにも、格好のツールだ。

ただリモコンのボタンを押して、
受動的に画面から流れてくる情報を
口を開けて観ているだけではない、
という変な自尊心も、私にはあった。

そして、今やそれは私だけではなく、
おそらく、他の大多数の人の生活の中にも
はいりこんでいて、
もう、なくてはならないものになっている。

電車に乗ればわかる。
ほとんどの人が、それに目を落とし、
忙しなく親指を動かしている。

休憩時間を見ればわかる。
片手でおにぎりやサンドウィッチを
食べながら、もう片方の手では
それを弄っている。

街に出れば、歩きながら
それを見ている人を、何人も観ることができる。

その画面の中には、世界がある。
それは、自分にとって、快適な世界。


ただ、本当の世界は、
そこから目を離し、顔を上げたところにある。

現実、と言い換えてもいいかもしれない。

誰しもが、現実を見ていない。
誰しもが、世界を見ていない。

そう思う。

…自分が注意されただけなのに、
世の中の人を巻き込んで、
携帯を見ている人たちを揶揄するようなことを
言ってしまった。
そうではない人もいるだろうに。

ここまで考えて、これは単なる言い訳だと
いうことに気づく。

自分がとても恥ずかしくなった。

というわけで、
妻と息子に言われたこともあり、
自宅ではなるべく、
携帯を見ないように努めることにした。

仕事から帰り、机に携帯を置く。


レコードをかけようとしたら、
「今から集中するからやめて」
と、息子に制された。

息子を目で追う。
息子は学校から与えられた宿題に、
自分から取り組んでいた。

かんじドリルと、けいさんドリル。
うまく書けなかった
漢字やひらがな、計算式を、
その度に消しては書いて、を繰り返す。
息子は左利きだから、
縦書きで左に書いていくと、
紙を押さえる右手が、黒くなっていく。
右側のベージも、うっすら灰色になっていく。
4Bの鉛筆は、とても黒が濃い。
最大限の筆圧で、ノートに字を書く息子。
最大限の圧力で、ノートの字を消す息子。
一年前はおぼつかなかった平仮名も、
今はしっかり、
書くことができるようになっている。

けいさんカード。
たしざんも、ひきざんも、
始めた頃にはできないと泣いていた息子は、
今ではとても早く、それをいうことができる。

こくごのきょうかしょの、おんどく。
漢字が交じった文章を、すらすらと
声に出して、息子は読んでいく。

そこには、
私が目を小さい画面に落としている間に
しっかりと成長していた、世界があった。



夕食も終わり、皆でお風呂に入って、
あとは寝るだけの時間。
今度はレコードをかけるのを許してもらって、
軽快な、ギターを中心としたジャムセッションの
音楽が流れる中、
息子とふたり、カードゲームをした。


彼のゲーム中の真剣な表情や、
負けたときの悔しい顔、
勝った時の笑顔。

他愛のない会話。

そこには、
私が小さい画面に目を落としている間には
得られない、
かけがえのない世界があった。

妻も息子も娘も寝静まって、
ひとり起きた私は、
白熱灯の暖色の下、
レコードをB面にひっくり返して、
針を落とす。

人生には、
見逃してはいけない、世界がある。
見逃してはいけない、現実がある。
見逃してはいけない、成長がある。
見逃してはいけない、時間がある。


見逃してはいけない、笑顔がある。


わかっているのなら、
見逃してしまう前に。
わかっているのなら、
後悔してしまう前に。


おとうさんは、家族みんなの、
目を、見つめていたい。


今までの、自分の後悔を慰めるように、
これからの、自分の想いを支えるように。

真夜中、ギターの音色が、
優しく、私に寄り添っていた。

ここまでお読みくださり、
ありがとうございます。


今後も、
あなたのちょっとした読み物に、
私のnoteが加われば、
とても嬉しいです。

携帯やインターネットの中にも、
紛れもなく、リアルはあります。
そこから広がる、世界は、
間違いなくあります。

ただ、そこから少し顔をあげて、
その目に映るのも、リアルです。

きょうもあしたも、あなたにとって
素敵な世界の広がる、
一日でありますように。

アイ

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