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心の病とスーパーパワー、信頼できない語り手 〜 元祖ムーンナイト『レギオン』の覚え書き

※『ムーンナイト』をきっかけに2017年マーベル製作のFXドラマ『レギオン』を見返したので、2019年に書いた感想をサルベージしました。
『スプリット』『ミスター・ガラス』のネタばれあり


高校生のとき、時々、たまり場のガストに「いかれたおばさん」がやってきた。
おばさんはメモ書きや書類が挟まれて膨れ上がったノートを抱え、ある女性を探しているのだが、ここにいないかと店員に聞いてまわる。
欲しい答えが得られないと、おばさんは二人掛けのテーブル席に座る。そしてパンパンに膨らんだノートを開き、何やら書き込んだり作業を始める。大声で独り言をつぶやきながら。

私たちは「あのおばさん」が来ると、ジャイアントポテトフライをつまむ手を止めておばさんを観察した。「やばいよね」と私たちは囁きあった。グループの一人がおばさんを沿線で目撃した日は特に盛り上がった。あのおばさんがガスト以外の空間で存在している、電車で移動する、「ふつうの」人間であることがとても新奇に感じたのだ。
高校二年生の私たちは無敵だった。規定から半分以上も裾を切り落としたミニスカートを履いて、自信に満ち、仲間と並んで学校や駅を闊歩した。
そのときは、私たちの誰も、なぜ私たち「JK」が無敵なのか、なぜいずれ「JK」でなくなる必然をぼんやりと恐れているのか、分からなかった。

その後私は勉強をはじめ、大学を出て、会社に入り、現在心療内科に通っている。
自律神経失調症の診断が出てから一年、軽度のうつ病の診断から半年だ。

ところで、正気ってなんなんだ?
What the fuck is sanity?

主人公のデイヴィッドは統合失調症と診断され、精神病棟で5年間暮らしてきた。
そこに新入りの患者としてやってきたシド。デイヴィッドは彼女と恋に落ちる。彼女は接触恐怖症の患者と思われていたが、実は超能力者(=ミュータント)なのだという。
そして彼女はデイヴィッドに「あなたは病気ではなく、私と同じ超能力者なのだ」と告げる。

劇中でデイヴィッドがシドに告げる台詞がある。
「統合失調症患者にとって一番危険なことは、自分が病気じゃないと思い込むことだ。

例えばある日女の子と病院で出会って、その子とその友達が俺に”あなたは病気じゃない”、”あなたには超能力がある”と言われたら、それに飛びつくよ。
それって俺はイカれてないし、病気でもなく、恋愛もできる。幸せになれるってことだから。」

これは『レギオン』というドラマ全体を貫くテーマだ。

M・ナイト・シャマラン監督は、『スプリット』でスーパーパワーを持つと「思い込んでいる」キャラクターを登場させ、『ミスター・ガラス』でヒーロー達を精神病院に入れてみせた。
そしてこの映画では ※ネタバレ※ 自分がスーパーパワーを持っていると「信じる」ことが、現に超現実的な力を発現させると証明される。
シャマランは精神病の疑いをかけられる登場人物達をアウトサイダーのメタファーとし、超能力を物語の力・それを信じる力のメタファーとした。

レギオンにおける「心の病」はメタファーを超えたリアルな存在だ。
超能力は超能力、精神病は精神病。念力で物を動かせても、自分のSanity(正気さ)の証明にはならない。

視聴者はデイヴィッドの意識を辿る。
彼は病気なんかじゃない、ヒーローなんだ! いやまてよ、本当に?
デイヴィッドは信頼できない語り手であり、視聴者は彼の思考の迷宮に迷い込む。なぜならデイヴィッド自身も、自分を信用できないからだ。彼は正気なのか?病気なのか?ヒーローなのか?ヴィランなのか?

正気ってなんなんだ?
What the fuck is sanity?

今の私は、「あのおばさん」に自分を見る。彼女の人生は私の人生であったかもしれない。今は違くても、これからそうなるかもしれない。
私は、シェーン・ブラック監督作『ザ・プレデター』のバクスリーに自分を見る。薬の副作用で軽いチック症状が出たことがあったからだ。

心の病にかかり、私は初めて自分自身が「信頼できない語り手」になる可能性に気付かされた。
私が世界を見、認識し、判断する。でも、もしその認識機能が壊れていたら?


2019年のわたしが書いたのはここまで。
わたしは今も心療内科に通っている。当時の病状からは回復したが、いろいろあって通院は生活の一部になっている。わたしはそんな現状に満足している。

子供の時から、なんとなくX-MENが好きだった。当時は特別映画好きでもなかったし、映画館に行く習慣もなかった。でも金曜ロードショーで見る映画の中で、一番心に残っていた。大人になってから、なぜX-MENだったのか、わかってきた。

そのうちそういうことを書こうかなと思う。2019年のわたしが書ききれなかったことが、今なら書ける気がしている。

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