ビジネスメンター帰蝶の戦国記①

あらすじ
 主人公・濃姫(胡蝶)がメンター、織田信長がメンティとなり、壁打ちしながら戦略を組み立てる戦国ライトノベル。歴史を楽しみながらビジネス戦略の基礎知識に触れる事ができます。
 第1章・桶狭間の合戦は尾張統一を果たした岩倉城の戦いの後から桶狭間の合戦まで。ビジネス戦略のフレームワークや兵法を駆使し、圧倒的に不利な状況から勝機を見出し、戦略・戦術・行動計画を組み立てます。
 見えてきたのは桶狭間の合戦は信長が仕掛けた大博打という事。そんなメンタリング(対話による戦略構築)の面白さを共有できればと思います。


第1章 桶狭間の合戦
  ~信長様、鉄砲隊では勝てません~

第1節 評価指標(KPI)は大事です・信長の状況

「胡蝶、帰ったぞ」
「お帰りなさいませ、信長様。お疲れでしょう」
「なんの、たいして疲れておらん」
 1559年3月、清州の居城に戻った信長は強がってみせた。
「今度こそ、尾張が一つにまとまりますね」
「そうだな」
 信長の顔に本来の笑顔が戻る。

 後世では、信長はすぐに人を殺す恐ろしい冷血漢で描かれることが多い。しかし、胡蝶の愛した信長は、正義感が強く、小心者である。そして、身近な人の死に苦痛感じる繊細な男であった。
 小心者だから必死に努力する。身近な人の死が嫌だから、仲裁しようとする。前田利家が拾阿弥と「こうがい」(日本刀の部品)を巡って揉めた時も仲裁しようとした。しかし、前田利家が斬り殺してしまったため、信長は無益な殺生に怒って前田利家を譴責けんせき処分としたのだった。
 しかし、戦国時代である。敵になめられたら、敵が勢いづく。家臣になめられたら軍は思うように動かない。軍が動かないと戦に負ける。戦に負ければ死ぬ。負ければ家族や友人にも累を及ぼす。大切な人が守れないのである。だから、いつからか信長は、家臣の前では虚勢を張るようになっていた。虚勢が虚勢でなくなるように努力もしてきたのである。

 だが人の本質は容易には変わらない。胡蝶には信長の本質はバレている。今更、胡蝶相手に虚勢を張っても意味がないのだ。だから、胡蝶の前では、素の信長が顔を覗かせてしまうのだ。
 信長はふっと一息つくと、面倒くさそうにつぶやいた。
「明日は、首実検。その後に論功行賞」
「首実検は嫌かもしれませんが、頑張った人をしっかり評価しないといけませんよ」
 信長の嫌そうな顔を見て、胡蝶が釘をさす。
 そう。信長は首実検が嫌いなのだ。
  (何を好き好んで、苦しむ野郎の顔を見ないといけないのか・・・)
 打ち取られた首に穏やかな表情をしているものは無い。人違いしないように、多少拭いたりする事はある。しかし、大抵は、血で汚れていた。そして、いつも最後にこう思うのだ。
  (負けたら、ここにわしの首が並ぶのか・・・)
 信長も現地に居るとは言え、全員の戦いを見比べる事は不可能である。信長が見たものだけで判断すると、信長の目の前では頑張るが、見られていない所では手を抜くものが出てくる。
 そこで、首実検である。だが、この時、打ち取った首を確認しないと不公平が生じるのだ。もし、単純に数を指標にすると弱い相手ばかりを狙うようになり、敵に強い武将が居ると逃げるようになる。
 評価基準や評価方法が家臣や兵士の行動を変える。だから、打ち取った相手の力量を評価するために、首実検を正しく行う必要があるのだ。KPI(Key Performance Index)の設定はマネジメントの重要ポイントなのである。
「分かっている」
 そう言葉を残すと、信長は夕食に向かった。その顔は厳しい表情に戻っていた。

 信長の父、織田信秀は室町幕府から見ると、越前・尾張・遠江の守護・斯波氏の部下である。ただし、この時には既に、駿河守護の今川氏に遠江を奪われている。
 斯波氏の下には尾張守護代として清州織田家と岩倉織田家があり、更に清州織田家に清州三奉行がいる。清州三奉行の一人が弾正忠家の織田信秀である。本来、弾正忠家は戦国大名とは言い難い地位である。中堅にも届かない、下請けの中小零細企業相当である。
 そんな地位であっても、今川義元との戦いなど歴戦の実績と弾正忠家の経済力を背景に織田信秀は人望を集め、織田一族の中心的役割を担うようになっていた。
 その織田信秀が42才の若さで亡くなる。1552年3月の事であった。織田信秀は実働では中心にいても、地位として実権を確立するには至っていない。たかが清州三奉行の一人である。そんな状況での死であった。その後を継いだのが信長である。
  (こんな中途半端な状況で死ぬんじゃねぇ。ふざけんな by 信長)

 この時代、国人衆と呼ばれる家臣団の総意が力を持っていた。国人とは大抵は地元の有力武士である。例えば、北近江の浅井久政は家臣団にそっぽをむかれた結果、子の浅井長政(15才)に強制的に隠居させられている。そんな背景があったから、国人の一人である織田信秀にも頭角を現すチャンスがあったのだ。
 しかし、それは信長にとってはマイナスに働く。信長自身、家臣団が大人しく『うつけ者・信長』を支持するとは思えなかった。戦の実績の無い信長は、ただの若輩者であり、家臣団が弟・織田信行(信勝)に付けば、弾正忠家の経済力も掌握できなくなる。信長の強みは斎藤道三の後ろ盾のみである。それ故に、織田一族の間では、家格の低い信長を見下しながら、弾正忠家の行く末を様子見するという、微妙なバランスの中におかれたのだ。

 そんな信長の不安は現実のものとなる。今川義元はこれを好機として、謀反や反乱を煽ってきたのだ。1552年織田信秀の死の1ヶ月後には、山口教継のりつぐが謀反を起こし鳴海城を取られ、今川軍を引き入れられている。同年9月には清州織田家の又代・坂井大膳相手に萱津かやつの戦い。1554年には村木砦の戦いで信長軍と今川軍は直接激突している。1556年長良川の戦いで斎藤道三の後ろ盾を失うと、すぐに弟・信行が動き出し稲生の戦いが起きている。
 信長は、当初、孤立無援に近い状況であった。しかし、何度も苦境に置かれるたびに、信長は自ら軍を率いて戦ってきた。苦戦しつつも実績を積み上げてきたのだ。そして、弾正忠家、更には織田一族における主導的地位を築いていったのであった。
 岩倉城の戦いは、こうした織田家の主導権争いに終止符を打つ戦いであった。ようやく、今川対策を落ち着いて考える土壌が整ったのだ。

第2節 困った時には事実関係の再確認・PEST分析

 岩倉城攻めの論功行賞が終わった日の夜、信長は胡蝶の寝室に入ると地図を広げた。
「お疲れさまでした」
「うむ」
「ついに今川対策ですね」
 信長は地図を睨みつけながら、無言で答える。
 胡蝶の寝室は二人の作戦会議室である。夜、信長が正室・胡蝶の寝室へ行けば、気を遣って誰も寝室へは近寄らない。文字通り、二人だけの時間である。ただ、あまり色艶がない。
「これで謀反を懸念した所は全部謀反を起こしたことになる」
 少し間をおいて、少し呆れたように信長が言う。先ほどまで論功行賞をしていたから、まだ、信長の頭の中は岩倉城での戦いの余韻が残っている
「主だった所は全部潰したことになりますね」
 胡蝶は僅かに苦笑いを浮かべて返すと、さらに続けた。
「全ての織田家が戦わずに味方になっていれば一番良かったのでしょうけど。でも、今川が攻めてきた時に戦場で寝返られるよりは遥かに良いと思いますよ」
「まぁ、確かに」
 しかし、そこから言葉が出てこない。状況が良くない事は二人の共通認識なのだ。
 しばらくの沈黙の後、地図とのにらめっこに飽きたのか、顔を上げると信長は胡蝶を見た。
「さぁて、どうしたものか」
 信長の顔には明らかに困ったような表情が浮かんでいる。
 ふっと胡蝶の頭に言葉が浮かぶ。
  (困った時には状況の再確認)
「とりあえず、状況の整理から始めましょうか」
 信長の表情は、これまで何度もやってきただろうと言いたげではあるが、他に良いアイデアもない。
「何から始める?」
「では、織田と今川のそれぞれの立場で環境分析しましょう」
 そう言うと胡蝶は、新しい紙を広げた。PEST分析である。PESTとは
P:政治Politics、E:経済Economics、S:社会Social、T:技術Technology
の頭文字を取ったアクロニム(頭文字を集めた略語・用語)である。
「まず政治ね。内政は経済で議論するとして、外交関係はどう?」
「今川にとっての外交関係と言えば、武田・北条と締結した甲相駿三国同盟だな。これで西に戦力を集中できる」
「そうですね。見方を変えれば、北や東に領土が増えない以上、西に向かうしかありません。尾張にとっては事実上の宣戦布告です。実際、ちょっかいを出してきますし」
「全く。しつこい」
 信長は吐き捨てるように言った。

 1552年信長の父・織田信秀が死去。信長が後を継いだ。その後、今川の調略が激しくなり、謀反むほんや反乱が何度も起こった。1554年には、今川は武田・北条と平和条約を締結し、東側の懸念をなくすと、今川は尾張に攻める準備を着々と進めていた。
「状況はたいして変わっていませんね。まだまだ尾張を攻める気満々みたい。では織田は?」
「岩倉城を落とした事で、村木砦むらきとりでの戦いのような後詰めは必要なくなった。その分は、マシになったと言えるかな。もっとも美濃の援軍はもう頼めないから差引ゼロ」
 村木砦は元々は今川方が作った砦であり、織田方に付く水野信元への脅しでもあった。1554年信長は、胡蝶の父・斎藤道三から美濃の兵を借りて後詰めを願い、手持ちのほぼ全軍を使って、今川軍が構築した村木砦を落としたのだった。
「そうですね。表向きはともかく、美濃の兄(斎藤義龍)が攻めてくることはありませんし、伊勢の北畠もすぐに攻めてくる事はできないでしょう」
 美濃は胡蝶の故郷であり、1556年長良川の戦いで美濃は、胡蝶の兄・斎藤義龍の支配下に置かれ、斎藤道三は死んだ事になっている。道三と同盟関係の信長は、道三を討った義龍と対立関係になる。だから援軍は頼めない。しかし、裏では胡蝶と斎藤義龍はホットラインを維持していた。また、西側は伊勢北畠と尾張織田の間に伊勢長島があり、そこは天然の要塞になっており無法者たちが占拠していた。それが実質的に緩衝地帯となっていた。
「では、内政はどう?まずは経済状況」
「今川は商工業の保護を行って経済が安定的に成長していると聞く。しかも検地を何度も行って、税収を増加させている。二つの金山の開発も順調らしい。皮製品を統制して軍備強化に充てているという情報が入っている」
「凄いのね。さすがは名君、今川義元。学があって隙がない」
 調べる方も調べる方でよく勉強している、と胡蝶は感心した。
「では、尾張は?」
 信長は、ちょっとふくれっ面を見せたが、すぐに感情を消した。事実を直視する事ができる人である。
「これから・・・」
「頑張ろうね」
 胡蝶も分かっているので、微笑で返す。
「じゃあ、社会情勢は?軍事力に影響する所で考えましょうか」
「今川は寄親・寄子制度を整え、家臣の軍役負担が不平等にならないようにしているそうだ。最近は内政が安定しているから、一揆もほとんどない。大きな戦もない」
「だとするとこれから人口も増えるだろうね。尾張は?」
「似たような制度を取り入れようとしているが、いろいろ説得が必要で・・・」
 昨日まで尾張は内輪の戦いに明け暮れ、戦いのたびに労働人口が減り、生産力が削られてきたのである。現実を見せつけられると、さすがに空気が重くなる。
「うん。頑張ろうね」
 聞く胡蝶もつらくなってきた。
「最後に技術は?」
 唯一、信長にとっては突破口としたい技術力である。気を取り直して語気を強める。
「技術そのものには差があるとは思わない。むしろ勝っていると思う。鉄砲も買える時には買っている」
 そんな信長に冷や水をかけるように、胡蝶が言う。
「でも、生産能力としての物量では勝てないよね?人口に差があり過ぎる。当然購買力も」
「・・・それは・・・」
 信長は正直である。もっとも胡蝶相手にウソやハッタリは意味が無い。
 再び、二人の間に重い沈黙が漂う。
「ちょっと眺めてみようか」
 胡蝶は、双方のPEST分析を並べてみた。

「全部、負けているね」
 呆れたように胡蝶がつぶやく。
「そうだね」
 感情のかけらも感じられない声で信長は返した。
「これを見る限り、当面は差が開く一方という結論で良いかしら」
 信長は不満そうな顔をするが、反論できない。
「仮に今川義元と同じ施策をしたとしても、追い付くことはできないし、仮に成熟度が追い付いたとしても、統治している領土の広さ、人口で負けているから、それを覆す事はできないわ」
「つまり・・・」
「つまり、織田家にとって時間は敵。時間が経てば経つ程、差が広がる」
「単純な戦力で言えば、今すぐ戦う方が、善戦できるという事?」
「善戦?・・・ん~。」
 胡蝶が言葉を探す。
「例えば、今川軍が同じ1万人だとして、今川軍の戦死者が百人になるか二百人かの違い」
「織田軍は?」
 信長も結果はわかっているのに聞いてくる。胡蝶もはっきりと言葉にする。
「結果は同じ。全滅」
 ここで言葉にする事が二人にとっては重要な事だと認識していた。現実を直視する事で、正しく判断できるのである。

第3節 何なら勝てる?SWOT分析

「気を取り直して強み弱みを分析してみましょう。環境に基づく機会と脅威は見えたわ」
 次にSWOT分析である。SWOTもアクロニムである。S:強みStrength、W:弱みWeakness、O:機会Opportunity、T:脅威Threatである。通常、強みと弱みは内部要因で自助努力で改善可能なもの。機会と脅威は外部要因で受け身になるものと考えて良い。外部要因、即ちPESTである。
 機会と脅威はPEST分析比較で概ね明らかになったように、実質、織田家にとっては脅威しかなかった。一言で言えば、時間は敵。
「じゃあ、何をもって強みや弱みを分析するんだ?」
「議論すべきは戦場での勝ち負けだから、軍としての強み弱みという事になるわ」
「今、全滅って言ったよね」
 信長は、拗ねるような口調で言った。胡蝶以外の相手には見せた事の無い表情である。
「そう。正面からぶつかればね。だからどうするか考えるの」
 胡蝶は意識して笑顔を作り、子供をあやすような口ぶりで答える。
 強み弱みは、ビジネスなら、VRIO分析で考える所だ。VRIOとはそれぞれ、V:価値Value、R:希少性Rarity、I:模倣困難性Imitability、O:組織Organizationである。組織と模倣困難性を考える時、経路依存性のある暗黙知(経験・ノウハウを持つ人)なども考慮される。
 しかし、ここで議論しているのはビジネスではなく、戦国時代の戦(いくさ)である。胡蝶のフレームワークは天地人、そして、人はさらに、「武器の種類」、「質と量」でマトリックスを考える。対象や状況に応じて、フレームワークを使い分けているのだ。武器の種類は剣、騎馬、槍、弓、銃の5種類である。
「天、大義名分はこちらにある」
 信長は力を込めて言った。そして続けた。
「室町幕府の秩序を否定し、我欲の為に領地を拡大しているのは今川だ」
「そうね。」
 胡蝶も同意する。今川義元は北に武田、東に北条がいる中、領土を拡大してきた強者である。そして三河まで侵略してきた今川に対して、父・信秀は危機感と憤り感じて、三河で今川と戦ったのである。
 更に、今川義元は1553年、室町幕府が定めた「守護司不入地」の廃止を宣言し、幕府による秩序を否定した。この時期、信長はまだ、室町幕府による幕府―守護体制が正しい姿であると信じており、室町幕府の秩序回復は信長にとってまさに大儀なのであった。
 もっとも、第三者から見れば、信長も既に尾張守護を追放しているのだが、二人にしてみれば親心で旅に出したという認識である。客観的に見て、これだけ不利な状況である。まだ20才に満たない若い守護を今川との戦に付き合わせるのは忍びないが、今川に泣き付かれても困る。だから、旅に出した(追放した)のである。
「それは声を大にして言いたいわね。でも、声だけでは押し返す事はできないわ。そもそも今の幕府に力がないから。では、地は?」
「地、地の利はこちらにある」
「どうして?」
「わしらの土地だ。末端の兵士まで地形は十分に承知している」
「駿府や遠江で集められた兵士にとって、三河から尾張の土地は未知の土地という事ね」
「そうだ」
 信長の言葉に勢いが出てきた。
「じゃぁ、人。数、武器、練度は?」
「人数では負ける」
「圧倒的にね」
 PEST分析から明らかだ。動員できる兵力は基本的に石高で決まる。その上、内乱で殺し合った尾張といろいろと内政施策を実施している駿河・遠江では差は歴然だ。
「どれくらい来るかしら」
「今でも少なく見積もって2万は覚悟しないといけない。全軍動員すれば、その倍ちかく可能かも・・・」
 実際、石高を比較すれば、それくらい動員できてもおかしくなかった。
「数年も経てば、それが更に増えるということね」
 認めたくないのか、信長は黙った。先ほどの言葉の勢いはどこかに消えてしまった。胡蝶はそれを無視して質問を続ける。
「武器は?」
「武器はわしらの方が強いと思う」
 信長の言いたい事は鉄砲の存在にある。
「鉄砲?」
 胡蝶は具体的に信長の言いたい事を確認した。そして続けた。
「先の村木砦では、鉄砲も使ったよね?」
「使った」
 なぜ、ここで過ぎた話を持ち出してきたのか、信長は胡蝶の質問の意図が即座には理解できなかった。
「今川は当然、対策してくるよね?」
 この質問で、信長はようやく意図を理解した。
「信長様が今川義元だったら、次、どうします?」
「対策を考える・・・。いや、対策よりも、銃の数を揃える。それができる経済力がある。それが早い」
 相手の立場で考える。これはゲーム理論的発想である。信長は容易に状況を理解した。
「撃つ精度はともかく、武器の数で負けるということか・・・」
 信長はつぶやいた。
 信長の理解が落ち着くのを待って、胡蝶は続けた。
「じゃあ、軍の練度はどうかしら。もし、同じ人数ならどう?今川義元に勝つ自信はある?」
「勝てる!」
 信長の表情が急に明るくなる。
「根拠はあるの?」
 意地悪そうな表情を浮かべながら胡蝶が問いかける。
「実績がある!」
 そう、信長は謀反や内乱に勝ってきたのである。その多くが敵よりも少ない人数で勝ってきたのだ。赤塚の戦いでは敵が約1500人に対して信長軍は約800人。稲生の戦いでは、敵が約1700人に対して信長軍は約800人、浮野の戦いでは当初敵3000人に対して信長軍は2000人で互角の戦いをし、援軍1000人を得て一機に敵軍を崩したのである。
 驚異的な戦績であるが、その中心となるのは子供時代から一緒に合戦ごっこをしてきた仲間で、信長親衛隊ともいうべき約800人の精鋭であった。これまでの戦いを共に生き残った歴戦の猛者である。しばらく大きな戦いの無かった今川とは経験値が違う。もちろん胡蝶も良く知った者たちである。
「千人対千人なら勝てそうね」
「浮野では3千人相手に2千だった。状況次第では倍の相手でも勝てる。今でも勝てる。いや、勝つ」
 信長の眼に精気が戻ったようである。
「つまり、それが織田軍の強みという事ね」
 状況は絶望的ながら、一縷の望みが出てきた。
「でも、時間は敵よ。今なら今川軍は2万かもしれないけれど、5年後には3万かもしれない。もっと多いかもしれない。これに対して、織田家の精鋭800人が1200人になっても絶対数で見ると差は広がるばかり。訓練すれば精鋭を増やせるけど、今から訓練するのであれば、今川軍でも訓練しているから・・・」
 胡蝶の言葉を接いで、信長が言葉を続ける。
「つまり、今の戦力差で勝てないなら、将来も勝てない」
「そういう事」
 突き放すように胡蝶が答えた。こうして、二人のSWOT分析が完了した。

(ビジネスメンター帰蝶の戦国記②に続く)

以下、目次用(リンク付き)

 (ビジネスメンター帰蝶の戦国記②)

第4節 相手の立場でも考える

第5節 仮説が違った場合も考える・優先順位と代替案 

第6節 戦略から戦術・突破口を見出せ

 (ビジネスメンター帰蝶の戦国記③)

第7節 戦術からアクションプラン・己を知る

第8節 決戦、桶狭間

 (ビジネスメンター帰蝶の戦国記④)

第2章 ビジネスメンター帰蝶
 ~道三のスパルタ教育~

第1節 胡蝶生まれる

第2節 お蝶が胡蝶となったわけ・胡蝶の夢

 (ビジネスメンター帰蝶の戦国記⑤)

第3節 地位は信頼の上に築かれる・時代背景

第4節 期待と畏怖の使い方・時代背景

第5節 売れる理由(KBF)と選ばれる理由(KCF)

 (ビジネスメンター帰蝶の戦国記⑥)

第6節 商売も信頼が大事・与信管理

第7節 胡蝶の輿入れ・DOICサイクル(実行・観察・改善・検証)

#創作大賞2024 #ビジネス部門


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?