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『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読んで、えいごを学ぼう!第二回目のテーマはネーミング(命名法)!


 さて前回はアビーロード記念日につき急遽予定を変更してビートルズイースターエッグについ書きましたが、やっとネーミングねたです。
 そもそもお名前というものを掘り下げるというのが、ここがはじまって以来の基本コンセプトです。
 そして、この「プロジェクト・ヘイルメアリー」にもネーミングのシーンが複数回あります。もはやネーミング小説といってもいいくらいです。
 まずはこの物語の事実上の主役ともいえる、「アストロファージ」の呼称が誕生するシーンから。

“What would you call an organism that exists on a diet of stars?”
I struggled to remember my Greek and Latin root words. “I think you’d call it ‘Astrophage.’ ”
“Astrophage,” she said. She typed it into her tablet. “Okay. Get back to work. Find out how they breed.
星を食べて生きる生物。あなたならなんて命名する?」
ぼくは知っているギリシャ語由来、ラテン語由来の言葉を必死で思い出した。「"アストロファージ"ですかね」
 「アストロファージ」と彼女はいって、タブレットに打ちこんだ。「オーケイ。仕事にもどって。どうやって繁殖するのか、解明して」

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

 これが受験問題の例文なら、なかなか良問です。文は少しもひねくれてないというのに単語の解釈によっては主従が逆転しまいかねないワナが潜んでいます。
 私が大学受験のころ試した、「スーパーラーニング」という教材はクリック音にあわせて腹式呼吸をしながらひたすら英単語を聞くというナゾのメソッドでしたが、そのテキストでは「diet」の意味は「規定食」でした。当時は規定食ってなんだよと思いましたが、時を経てようやくここで実を結びましたw。ついでに言うと、この教材では「Chapel」「らいはいどう」になっていて、「え?れいはいどうじゃないの?」とか気が散って仕方のない教材でしたがむしろそのせいでそれらの単語はアタマに残されました。

さて、ここは「live on a diet of ~を常食とする」を知っていればなんてことはない文ですね。そこまで知らなくても「規定食」を知っていれば答えには辿りつけます。
 この語に関しては、いわゆるカタカナ語ダイエットと同義で使われている箇所もあるので参考まで

“You are very heavy,” I say. I hope he doesn’t take that to mean Hey,fatty! Go on a diet!
「きみはとても重い」彼が、おい、デブ、ダィエッ卜しろよ!という意味に取りませんように。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

 アストロファージの"ファージ"は日本人にとっても健康情報番組でこすりたおされた語「マクロファージ」などのおかげもあり、カジュアルな響きがある語感なのではないでしょうか?
 2016年には大隅良典のノーベル生理学・医学賞の「オートファジー(自食作用)なんてのもありましたし。
 健康番組ネタということでいうと、ライランドが昏睡から目覚めたあとに初めての食事にありついたシーン

Oh my God it's good! It's so good! It's like thick gravy but not too rich. I squeeze more straight into my mouth and savor it. I swear it's better than sex.
I know what's going on here. They say hunger is the greatest seasoning.
When you're starving, your brain rewards you handsomely for finally eating.
オー・マイ・ガー、うまい! すごくうまい! 濃厚だがしつこくないグレイビーソースという感じだ。直接、口のなかへ絞り出して味わう。断言する、セックスよりいい。
 どういうことなのかはわかっている。空腹はなににもまさる調味料。飢えていて、やっと食べものにありつけると、脳は気前よくごほうびを奮発してくれるのだ。よくやった、これでしばらくは死ななくてすむぞ!

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

これは原文を見ると、「ホンマでっかTV」その他でもお馴染みの報酬系(reward system)のことなのだとわかります。
 つまり主人公が食べ始めると止まらなくなってAIにお代わりを要求するまでの一連の流れは人間の生命維持に関わる本能と脳の働きについてのくだりだったのです。
 アメリカにも日本のような健康情報番組があるのでしょうか。「最強の食事」のようなダイエット本や脳科学の本はくさるど出ているでしょう。たいした説明もなくBrain Reardについて書いてる時点で知識の浸透ぶりは日本以上なのだとみてとれます。いずれにせよGoogle命のウィアーらしいくだりでした。

さて、「ファージ」は「食べる」ですが、「アストロ」のほうは「星」という意味でキーボードの「*(asteriskアステリスク)」と同源です。

astrologyは占星術ですが
astrophysicsは宇宙物理学
astronautは宇宙飛行士
と訳語が「宇宙」になりますね。
astronautはギリシャ神話のargonautアルゴノート(アルゴナイタイ)アルゴ号の乗組員からきています。
ライランドがギリシャ語ラテン語かと思考をめぐらせていたようにNASAマーキュリー計画アポロ計画などからもわかるようにギリシャ・ローマ神話がお好きなようです。ライランドはNASAでもなんでもありませんが、アメリカ人も先例に寄せるということはするみたいですね。というかオタクである作者の思考でしょうか。学者やアマチュア天文家なら自分の名前をつけると思うのですが。
 
 NASAまわりのネーミングといえば野球のヒューストン・アストロズやバスケのロケッツも地元のロケット打ち上げ基地にちなんでの命名です。

 ロケットの打ち上げ基地が南国テキサスにあるのは赤道に近ければ近いほど遠心力が大きい、つまり重力が小さくなるからです。
 そういえば物語の中では相対性理論による時間の進み方に何度となく言及がありましたが、重力も大きいほど時間すすみが遅い、ということは赤道近くの人々はすこしだけ早く年をとるということでしょうか。
 東京スカイツリーに光格子時計を持ち込んだ24時間計測実験では地上部より展望台のほうが4ナノ秒だけ進んでいたそうです。
 飛行機なんぞはあびる放射線も増えるし、時差ボケで体内時計その他にも負担をかけるのでさらに健康には悪そうです。

ところで、ヒューストンワシントンのように、組織名のかわりに地名で呼ぶスタイルはアメリカ的といえます。長州力氏もあるプロレス団体について「ニューヨークはなんて言ってるの?」なんて言い方をしていました。氏は巡業のことをサーキットと言ったり、縫合治療のことをステッチと言ったり、土地を転がして儲けている知人に「ミスタートランプ」と仇名をつけたりと、なかなかのアメリカンな言語感覚の持ち主です。天然扱いされた「ハッシュドタグ」もむしろ英語を知っている人の間違い方ではないでしょうか。
 ヒューストンが出たところで、こんなファンキーな了解の言い方はどうでしょう。

“Copy that, Houston,”I said.
「了解、ヒューストン」とぼくはいった。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

ドラマなどで聞いたことあるよなんて方もいるかと思いますが。

さて主人公が自分の名前を思い出すくだりも、ある意味ネーミング案件といえるかもしれません。

A small click from the hatch is the only response I get. After all the meditation and introspection I did to find out my own name, I wish there’d been something more exciting. Confetti, maybe.
 返ってきた反応は、カチッという小さな音だけ。自分の名前を思い出すためにあれだけ沈思黙考し内省を深めたのだから、もっとなにか派手な反応があってほしかったのだか。たとえば紙吹雪とか。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

みなさん「Confetti」と言う語はごぞんじだっだでしょうか?私はつい最近まで何年ものあいだ月1回はこの文字の並びを必ず目にしていました。クラシックのコンサートとか、演劇とか舞台興行全般の情報が掲載された「Confetti」という名前のフリーペーパーがあったからです。一時期は砧・成城界隈だけでも4~5ヵ所はラックがありました。今もモノ自体はありますが、タイトルがカタカナになってしまいました。
 自転車とかファンシー文具とかTシャツとか、企業名とか看板とか街には名詞が溢れています。そして名詞は文化の源です。みなさん名詞に興味をもちましょう!

主人公の名前はライランド・グレース(Ryland Grace)
RylandRye Landつまり、ライ麦畑という意味です。
ニュアンスとしてはお稲さんとか実くんみたいなことでしょうか。
グレースのほうは由来が多数あるようですが、その一つに「グレーシー」からの変化形の可能性があると知り「優雅」なイメージ一色から印象がちょっとばかりかわりました。あのグレーシー一族のお仲間かもしれないなんてね。
 実はこのお名前で、ちょっとした遊びがあります。
主人公がまだ自分の名を思いだせてない段階のシーンです。

Instead of gracefully descending the ladder, I put my foot on the next rung down at an awkward angle,
優雅に梯子を下りるつもりが、すぐ下の横桟におかしな角度で足をのせてしまい、ハッチのハンドルから手が離れて勢いよく落ちてしまう。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

さらにgraceは他動詞としても使われています。

And gracing the center of the ceiling was my pride and joy—a huge
mobile that was a model of the solar system.
そして天井のまんなかを飾るのは、ぼくの誇り、そして喜び巨大な太陽系の模型のモビールだ。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

このくだりグレース先生、なんかコワイよと思ってしまうのは私だけでしょうか…

主人公以外にも文の中に自分の名前をまき散らされている登場人物がいます。おわかですね?さっきの文にも出てきた、そう、スティーブ・ハッチ(Steve Hatch )さんですね。
 「ハッチ」という語自体が頻出ワードなのでなんかへんな感じです。
 人名としては5回ですが、モノの名としては47回も出てきます。日本語訳ではhatcheway(9回)もハッチなのでさらにハッチ感が強めですw
ちなみに再頻出人類名はストラット(stratt)の228回、次点はペトロヴァの83回でした。グレース(grace)は人名としては57回でした。

エリダニ40星系(the 40 Eridani system)からきた異星人種族の呼称を決めるシーン。
Eridanians
Eridans
など候補をあげて、結局…

How about Eridians? Sounds kind of like “iridium,” which is one of the cooler-sounding elements on the periodic table.
エリディアンはどうだ? 周期表の元素のなかでもけっこうクールな元素名のひとつ、"イリジウム"にちょっと似た響き。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著 アンディ・ウィアー訳 小野田和 早川書房 刊

実際のイリジウムの発音は

ァリィディァム


みたいに「リ」にアクセントな感じなのでたしかに似ています。
ちなみにイギリス英語だと「ディ」は「ジ」に近い撥音で少し日本語っぽくなります。

このような、ある特定の場所の住人についての呼称はしばしば話題になるようでコネチカット州の方が質問サイトで

Connecticuter
connecticutian
connecticutite

のどれがいい?
みたいなお題を投げかけていました。

笑ってしまったのは答えの中に
Nutmegger is the only correct answer.
というのがあったことです。

たしかにコネチカット州には「nutmeg state(ナツメグ州)」という愛称があるのですが、日本ならそもそも質問は三択じゃやなかった?とか仮に百歩譲ったとしても、いやいやそういうことぢゃないっしょ、語尾活用のようなしばりはあるでしょ?と突っ込まれるところです。でもさすがアメリカ、そんな野暮なつっこみをする人はいません。

そんなわけで語尾活用によるネーミングというとアメリカ各地の新聞名がうかびます。
以下は実際に発行されている新聞名です。

Virginian
Californian
Coloradoan
Georgian
Illinoisan
Missoulian
Oklahoman
Oregonian
Tennessean
Trentonian
Virginian
Astorian
Collegian
Saratogian
Sheboygan
Olympian
Hinsdalean
Columbian

これらを見るとけっこう雑でいいんだと思ってしまいます。「Coloradoan」なんてどっかの蕎麦屋かと思ってしまいますが、こんなに機械的な変換でいいならアベノミクスもぜんぜんありなネーミングだったようです。Illinoisanはどう撥音するか疑問に思うかもしれませんが、イリノイアンイリノイサンの両方アリらしいです。
 むかし予備校に通っていたころ埼玉県民Psytamian(サイタミアン)千葉県民Chibese(チャイビーズ)なのだと、独自の命名法を主張する講師がいました。Chibaはよく似た綴りのChinaに倣ったのだといいますが、英語は冠詞の用法などを考えると綴りより撥音が優先されると思うのでナシかなと思います。まぁ 講師本人もそんなことは百も承知だったのでしょうが、当時は予備校講師はウケてなんぼの戦国時代だったのでこんなことになってしまったのでしょうw(エリディアン語はなぜかEridianeseです)
 ちなみに大学の英作文の先生に東京人Tokyo-Ites(トーキョーアイツ)というのだと教わりましたが、使われてるところを見たことがありません。ただ沖縄県人Okinanです。これは新聞で見ました。

ところで新聞名ということで思い出したのですが「San Jose Mercury News」という新聞があります。
 前にこのmercuryはなんぞや?と思って調べたことがありました。NASAのマーキュリー計画は宇宙だけあって水星が関係してるのか?と思いきや、実はギリシャ・ローマ神話というNASAの命名の慣習にならったということでした。で新聞の方はといえば、その由来はなんと水銀でした。
 どういうことかというとカリフォルニア州にはかつてゴールドラッシュというのがありました。金が出るということで、一獲千金をねらった人々がこぞって集まったのです。アメフトのサンフランシスコ49ers(フォーティナイナーズ)の名もこの歴史にちなみ1849年が由来になっており、球団のチアリーディングチームの名も「ゴールドラッシュ」です。
 水銀は川の水から金を取り出すのに使われた物質でゴールドラッシュを支えた水銀産業が紙名の由来なのだとか。
 その時の水銀汚染がいまだに問題になっているというのに名前を残すとは、なかなかです。一応、ギリシャ神話の方ともかけているというタテマエはあるらしいのですが、神話は人によっては知らないかもしれませんが、水銀はおそらく誰でも知ってるでしょう。
ちなみにMercuryは英語名でギリシャ名はHermesヘルメスです。
 そう、あの羽の生えた草履を履いているキャラです。そしてHermesはあのブランド、エルメスと綴りは同じですが、これは創業者の苗字で神話とは無関係。プロヴァンス地方由来の名前で、荒れ地に住むものという意味があります。

そんなわけで、今回は英語学習要素少なめでしたが、次回は残りの線を引いたところ吐き出そうと思うので盛りだくさんかもしれません。ただ、 無テーマになるので、まとまりはなくなります…

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