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満天の初夏


東京の風は生温かった。
こっちの風は、空気は、からっとしていてなんだか清々しい。

たくさんの人がいる室内で、東京の5月みたいな若干の暑さが身を纏う。たぶん、間違えて暖房でも入っているんだろう。
この程度の暑さなんて慣れっこだった。8月になれば息をするのも一苦労なほどの暑さが襲う東京で生きてきたんだ、これくらいどうってことない。
周りを見ればみんなハンカチで汗を拭ったり凄く暑そうにしていたり、自分が違う土地で、気候で、生きてきたのを突きつけられたような、でもそれが少し嬉しかった。

ちゃんと自分はここにいるんだと、東京で20年近く生きてきた私はまだ死んでいないんだと、そんなようなことをぼんやり。

こっちの空気は美味しいよ。明け方、窓を開けると綺麗な空気が鼻を掠めて、幸せを感じる。

昼間、子どもたちの遊ぶ声が外から聞こえて、心が温かくなる。東京にいた頃は近所迷惑じゃないのとどこかで思ってしまっていたけれど、そんなこと一切考えなくなっていた。


ずっと働きたかったカフェチェーンが家の近くに一つだけあって、タイミング良く出た求人に応募した。採用された。
今までバイトは色々あってしてこなかったから、初めてのバイト探しで、一番働きたかったところが通って嬉しかった。

新しい経験をまた一つ。わくわくするね。

どんな人達に出会えるんだろう。ちゃんと話せるかな。割とオープンな性格だと思うけど、やっぱり既存のコミュニティに入っていくのって少し勇気がいる。初めてのバイトだから尚更。


こっちに来てから初めて東京にいる友達と電話をした。繋がって最初は、電話が繋がったことがなんか面白くて笑ってた。平和。
中学高校時代を共に過ごした友達って不思議と安心する。気が楽で、落ち着く。
友達の近況を聞くのって楽しい。私が質問して向こうが答えるっていう、会話してるなって感じの、会話が好き。
私の知らない世界を知るのが好き。

東京はいま30度近いらしい。湿度高いから体感もっと暑いよねあれ。
気候だけで言ったら進んで戻りたくはないけれど、でもやっぱり東京の街が好きなんだなって、思う。「生」が身近に溢れてる、疲れるけど音や人で溢れる街が、なんだかんだ言って好きなんだ。生まれ育った地ってきっと誰にとっても特別なんだろう、離れてみないと気づかないことってある。

ホームシック?人間関係に対してはあんまり抱いてないけど、街に対しては少しだけ。


まだ知らないことだらけだ、この街は。
この間用事があって中心部に出た。地図があるから東京と同じようにスムーズに歩けたけれど、右も左も初めて見る建物だらけで、自分の住んでいる街っていう実感はなかった。
なんだか寂しかった。ここは私の知っている街じゃないんだと。

いずれは違和感なく馴染めるようになるかな。
東京も好きだけど、この街も同じくらい好きだ、なんて綺麗事かもしれない。
もっとこの街を知って、いろんな人に出会って、それから。

焦らずゆっくりね。



手料理は美味しいこと。
ご飯を誰かと一緒に食べると何倍も美味しくなること。
何でもない日のプレゼントも、お祝いのプレゼントも、すっごく嬉しいこと。
私が嬉しい時、誰かが自分の事のように喜んでくれるのが嬉しいこと。
もともと猫派だったけど、犬もめちゃくちゃ可愛いこと。
恋人が隣にいると、一人でいる時より感情が豊かになって、幸せで、抱きしめたくなること。

この日常を、当たり前だと思わないこと。


幸せは自分で掴みに行くものだよ。


だいたい先に目を覚ますのは私で、私が起きたら隣で寝てる恋人もすぐに目を覚まして抱きついてくる。そんでまた寝る。

家族の前でだけは、たまに一人称が名前になる時があるんだけど、最近恋人の前でも出始めた。

恋人の家族を車の後部座席から眺めながら、家族っていいなぁ温かいなぁって思ったり。



夜空にひとつ輝く一等星よりも、満天の星空の方が好きだ。








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