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2019年春に、東京から長野に拠点を移しました。まずは自分がストレスのない生活を送るこ…

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2019年春に、東京から長野に拠点を移しました。まずは自分がストレスのない生活を送ること!それが子育てにも活きるはず!双子の出産を機に、さらに翻弄される人生を日々楽しんでいます。

最近の記事

デジタルハリウッドで変わった私の人生

この記事は「デジタルハリウッドで変わった私の人生」に参加しています。 ・子育てと仕事の両立からママクラスとの出会い 出産を機にライフステージが変化する。 私の場合は、双子出産で想定外の子育て連発。 子どもの就学相談から、発達支援の可能性。 小学校入学したらどうなるんだろう…という不安。 夜な夜なネットサーフィンしていたら、「子育てしながら仕事もしたい!」の文字に惹かれて、デジタルハリウッドSTUDIO渋谷の説明を聞きに行ったのがスタートでした。説明から1週間ほど家計状況も

    • 適疎って「なから」な感じ。

      • おこっそう(ごちそう)〜ふるさとの行事にまつわる味の伝承と創作活動〜

        先日の移住者座談会に参加した時に、地域の活動をしている「こぶし会」さんから平成10年3月発刊の「おこっそう」を1部分けていただきました。そこには村の行事や、これなんだろう?と思っていたことの答えがたくさん!会のご了承を頂いたので、行事部分などをアップさせていただきます。 全ページご覧になりたい方はこちらへ⇩

        • 人口減、選択肢減、マイノリティーが淘汰される、、、そこに未来はあるのか!?

          今日は今年度最後の参観日、東京から長野に引っ越して2年目の振り返り。 色々な行事が縮小、中止されるなか、それがコロナ禍のためなのか、 もともとの方針転換からなのかが不透明になった一年だったのだな〜と。 2年前、体験できたときに「6人になったら、3:3でドッチボールできるね!」と言っていた、あの場面を思い出した。チームスポーツや集団で何かををやろうと思うと、とにかく選択肢が狭まる。なぜなら、人がいないから。 車で送迎して市内に行けば選択肢は広がるが、、、習い事送迎問題も大き

        デジタルハリウッドで変わった私の人生

        • 適疎って「なから」な感じ。

        • おこっそう(ごちそう)〜ふるさとの行事にまつわる味の伝承と創作活動〜

        • 人口減、選択肢減、マイノリティーが淘汰される、、、そこに未来はあるのか!?

          東京を離れたらできなくなると思っていたこと

          【ドキュメンタリー映画を映画館で見る】 東京にいた時は、子育ての息抜きにアップリンクなどに映画を見に行くという「ひとり時間」を過ごしていましたが、地方に行ったらあまり見れなくなるな〜と思っていました。が、 意外と、自主上映会などが行われて、みたい映画が見れている! ・シード ~生命の糧~ ・たねと私の旅 ・人生フルーツ 【飲み会はしご】 ただでさえ、子ども3人(小5・2名、年少・1名)いると夜間の外出はできなかったのが、オンラインライフの波及効果で、 1軒目:19時半から

          東京を離れたらできなくなると思っていたこと

          #感情のトリセツ 講座:「怒り」を創造的に扱うには?

          家でイライラ親子合戦が繰り広げられていた日に目に止まったクラウドファンディング、emochan。合わせて一部を講座開催するということでポチッとしてみました。https://www.makuake.com/project/emochan/ 自分の気持ち(感情)をもう少し扱いやすくできるといいな。 「怒り」を「創造的」に?(この二つの言葉が組み合わさることが今までなかった)2時間という短い時間でしたが色々な気づきがありました。 まずは3つの質問からスタート! Q1:「怒り(イ

          #感情のトリセツ 講座:「怒り」を創造的に扱うには?

          頑張りたい子どもを応援できない大人の事情、教育という名の投資事業を考える

          最近少し日が長く(ほんの少しだけど)なった気がします。 こんな少しの空の変化に気づけるようになったことも大自然に囲まれて生活する醍醐味。 この冬休み、辛く悲しい日々が続きました。 これまで子どもが頑張りたいと思ったことには、私なりに全身全霊応援してきたつもり、、、。ところが、、、。 大人同士の信頼関係が崩れてしまった結果、子どもがやりたいことが続けられないという事態になってしまった。。。毎晩涙が枯れるほどの時間を過ごしました。 習い事などの子どもに対しての教育費用は、私の

          頑張りたい子どもを応援できない大人の事情、教育という名の投資事業を考える

          結局、移住したの?引越ししたの?moveを考える。

          年賀状の準備をはじめました。新しい住まいで初めての冬です。 今更ですが、今回の引越しは移住だったのか?を改めて振り返ることに。 ・東京から長野へ引越した(私の中ではここ) ・東京から長野へ移住した(周りからよく聞かれる) ・長野から東京へ引越した(村から出て行く人口減少を哀れむ感じ) ・長野から東京へ移住した(?あれ?都心へ行くことは移住ってあまり聞かない?) そんなモヤモヤ〜っとした気持ちをわかりやすく解説していた記事発見。https://inaka.arukikata

          結局、移住したの?引越ししたの?moveを考える。

          火と水が扱える人に

          都内の小学校にいた頃は、なりたい職業は医師か弁護士がほとんど。今の学校では大工、農家、消防士、警察官など。世の中っていろんな職業があるんだよ〜を実感する毎日です。 これからの時代を生きるのにどんな人になってほしいか これまでは ・自分がやられて嫌なことはしない ・死ぬこと以外はかすり傷 と思っていましたが、それに加えて火と水に愛される人になるといいな〜と思いました。そうすればメシが炊けるから行きていける! 農作業とテクノロジー、両方に汗を流せると整う感じがします。 1日の

          火と水が扱える人に

          わーわーわーわーワーケーションの話

          子ども夏休み中のワーケーションの話。 ほぼフル勤務正社員と同じくらいの稼ぎをさせていただきました。 海にいても、山にいても川にいてても、新幹線の中でもどこでも連絡がついてしまうのです。。。たまに電波の届かないところへいるとホッとします。 ありがたいけど、もっとゆっくり夏休みしたかった。。。 ちょうど一年前、同じ仕事量なら東京でなくてもできるように準備したいな、と思っていた頃。運転免許取得のため、教習所に通いながら久々に電車通勤で働き(時間と場所を縛られて)、夏休みを満喫し

          わーわーわーわーワーケーションの話

          家族の形

          我が家の場合、同じ場所に住んでいた頃よりも、より今の方が家族らしくなった(と思っている)。と感じます。 東京にいてワンオペよりも今の方が楽なのです。 『隣る人』を読みました。養護施設の子どもと我が子は大差ないのではないか?!と思ったこともあります。山村留学に娘を送り出してから、何度も「あなた子供を見捨てたの?」と聞かれることがありました。 もちろん、見捨ててはいません。夏休みなどの長期休みは帰ってきて一緒に暮らします。常に「一番」気にかけています。かわいい子には旅をさせよ、

          家族の形

          東京駅、使い続ける国宝建造物。

          東京を離れる前に、インバウンド観光人材講座なるものを受講していました。その中で、東京駅のフィールドワークはやはり記憶に残るものだったので、アーカイブ。 数年前、派遣先が東京駅前だったこともあり、よく使っていた駅。 東京駅って殺害現場だったんですよ。の解説にドキリとしました。 あんなに使っていたのに、知らなかった。。。 歴史を知るって大事だな、と実感したフィールドワークでした。 これまでの軌跡を知って、今を生きる。 <メモ> 北口は開業当時は降り口だった 南口は待合の

          東京駅、使い続ける国宝建造物。

          はじめての〇〇シリーズ

          東京から転入して、早3ヶ月が経ちました。 た〜くさんのはじめてがありましたが、 その一部を備忘録でご紹介。 はじめての自動車運転 はじめての道普請 はじめてのご近所訪問 はじめての家庭訪問 はじめての漁業権 はじめての高速道路運転 はじめての戸建住宅(メゾネットタイプ) はじめてのABD(アクティブ・ブック・ダイアローグ) はじめての亜麻畑 はじめての山間部で美味しい牡蠣 はじめてのオンラインイベント開催 これからもたくさんの「はじめて」が増えると思うと楽しみです(^^)

          はじめての〇〇シリーズ

          仕事どうしたの?

          移住した結果、仕事はどうしたの?というのが次に多い質問。 前提として、移住の決め手となったのは子育て世帯であれば家賃1万円で住める!(共益費別)というタイミングだったこと。http://www.minamiaiki.jp/archives/recruit/recruit-3462 一万円で!目の前に川があり!3LDKの新築!? 奇跡です。 12月のプレオープンで、家はひと目で気に入りました!東京の家1ヶ月貸せば、1年暮らせるじゃん! 昨年の夏からクラウドワーカーにシ

          仕事どうしたの?

          一人ひとりの人生(1年の山村留学を終えて)

          双子だから一緒にいないといけないわけではない、と頭でわかってはいても、どうしても大人の都合でずっと一緒だった二人。就学時から試行錯誤、悩みながらも小学校に入学して1学期ごとに飛ぶように月日が過ぎていきました。

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          一人ひとりの人生(1年の山村留学を終えて)

          山村留学に至るまで

          今回南相木村に転入した顛末をお話すると。 そもそもは、「この双子、東京で暮らすには窮屈なのでは?」というところから始まりました。 5歳児検診で少し成長が心配な息子、長女気質な娘、双子だからといって同じ環境で育てるのがベストではないのでは??というところからすべてがスタートしています。 東京で窮屈なら、山村留学に出すのは絶対息子だ!と思って、全国津々浦々探したのですが、小1から受け入れるところは少なく、、、。いきなり離島も交通費が躊躇され断念。 地元の教育委員会からも「区

          山村留学に至るまで