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車窓から1980年の韓国を見る~『タクシー運転手 約束は海を越えて』 2021/8/29の日記

 他所の家と似た独特な匂い、少し効きすぎたクーラー、流れる外線の音、そして運転手さんの自分語り。ドアを隔てた異世界が広がっている。タクシーに乗車したのはどれくらい前だろうか。学生の僕は、ほとんど乗らないけれど、タクシーが好きだ。

 『タクシー運転手 約束は海を越えて』は2017年に公開された韓国映画だ。タクシー運転手キム・マンソプ(ソン・ガンポ)は、10万ウォンという運賃のために、ドイツ人記者ピーター(トーマス・クレッチマン)を乗せて光州へと向かう。しかし、1980年5月は光州事件の真っ只中。キムはそれを知らずに光州へと入り、ピーターと共に繰り広げられる軍隊の暴虐を目にする。ピーターとキムは暴虐の実態を全世界に伝えるべく、撮影記録を持ち帰ろうとするが、そこに軍隊が立ちはだかる。

1980年にタイムスリップしたような…

 本作の魅力は、チャン・フン監督が「観客を乗せて1980年代を走るイメージです」と述べたように、1980年代にタイムスリップしたような没入感にある。作中では当時のレトロな車種を再現したり、長さが200メートルほどのオープンセットを設けたりしている。こうしたいくつものこだわりによって、僕たちは1980年を映画の中で生きることができたのだ。

 それにより、僕らは光州市民の軍隊に対する怒りや恐れを強く共感できる。街中を飛び交う銃声、白い煙。日常生活を奪った軍隊に圧倒的な力の差を見せつけられ、為す術がない。光州の外を出れば、市民が悪者として晒され、実態が一つも伝わっていない無念。

 そんな絶望のなか現れたのがピーターだ。彼が構えるたった一つのカメラはどんな拳銃よりも強力な武器だった。そして、ピーターのカメラが武器だったように、キムたちタクシー運転手もタクシーを武器にして軍隊へ抵抗を示す。最後の軍用車vsタクシーのカーチェイスは非常に見ごたえがあった。

平和に安住する僕たち。改めて考える

 本作では、非常に多くの血が流れた。光州事件とは軍によるクーデターの抗議を目的とし、民主化運動の1つと認識している。

 今、僕らが享受している民主主義、その背景には多大な犠牲があったことを痛感させられる。

 何度も思う。

 僕らの世代は直接こうした出来事を見たわけではないけれど、歴史は繋がっていることは決して忘れてはならない、と。

 ここまでして市民が求めた民主主義とは何か。民主主義が当たり前のモノになり、そのありがたみが希薄化している今、民主主義とは何かについて、僕らの世代は考えなければならない。

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