別れた理由<掌小説>

僕は彼女と別れた。ついさっき。
いい人だった。女性としていうよりも、人間として魅かれた。
なじみのスーパーで何回か通りすがった。
「そのゼリー、美味しいんですよね。わたしも好きです。一寸高いけど」
ゼリー売り場で、僕がボーっと、ある商品を見ていたら、話し掛けてきた。
「えっ?」
笑うと出来る笑窪と、特徴的な声がだけが印象に残っている。

何となく話はじめた。無意識的に彼女が来店しそうな時間にスーパーに出向いた。偶然を装った。そういう関係になった。
肌を重ねる時、さらさらした艶に眩暈がした。僕の肌がしっとりを与え、丁度いい具合になる。好みだ。今までの女とは、全然違う。
「結婚」「共に苦楽を」「一緒に」類いの言葉も、どこからともなく沸く。
「最近、ご機嫌だよね。何かいい事、あったりした?」
多くの仕事関係者から聞かれ、
「良く頑張ってるじゃないか、佐々原くん。素晴らしいよ」
滅多に部下を褒めない部長の声が、何よりも僕を嬉しく、弾ませた。

彼女も僕を好きでいる。夢中に恋をしてくれる。何か僕から言われるのを、待ち望んでいる節さえある。
(次回ぐらいに、一寸じらして、次の次ぐらいに。次の次の次?止めた方がいい)心算(つもり)の算盤をパチパチ弾きながら、飼っていた動物達を話題に出した。

柴犬(しばけん)の「ポン太」、トラ猫の「三次(さんじ)」、オウムの「ピーちゃん」。僕の家ではみんな動物が好きで、子供の頃、何年か毎に飼っていたのだ。初めてする話だから、彼女も興味を持つだろう。
「へぇ~っ」「そうなの?」「面白いわね」
大きな笑窪を想像する。僕の未来を支えてくれる象徴だ。

声が止まった。「えっ?」
「えっ?」驚き、聞き返す。オウム返しとなる。
「飼ってたの?犬・猫・鳥(いぬ・ねこ・とり)を。三郎さん」
(どうして区切り、区切りに言うのだろう?)素朴な疑問を抱きながら、彼女を見る。
「そうだよ」続ける。希望を述べた。「だから美代ちゃんと、、、その、、いっ、一緒になっても、、」
遮って来た。「ごめんなさい」
「ごめんなさい!?」再びオウム返しが出たが、今度は、驚愕だ。

僕の家とは真逆だった。

義父になる予定だった父は、子供の頃に柴犬に足を噛まれ、ニヶ間もの重傷を負った。左足の腿に今でも手術跡が残る。
義母になる予定だった母が唯一、大丈夫なのは小鳥と兎。動物自体は嫌いじゃないが、アレルギーがある。大抵の動物に出る。
彼女、美代ちゃんの体験は壮絶だ。
三歳の時、大きな犬にいきなり吠えられビックリし、声に支障が出るようになった。小学校に入る際、前日に入学式当日に来てゆくお洒落な服を、隣の猫にめちゃくちゃにされた。
義兄になるはずだった兄は、小学生の時に父と同じ体験をし、中学生の時には、左腕をやられた。
義妹になるはずだった妹は、高校生の時、何日も動物達の大群に襲われる夢を見て以来だ。
ざっと数えて20人ほどいる身内の中にも、経験者が多い。
よって在原家では、タブーの話題の第一が「動物」である。親戚が集まったとしても絶対、話題にのぼらない。

「そんなんで、、、その、、悪いけど」
沈んだ声で「、、、ごめんなさい」
僕は彼女を見た。茫然となった。
「そんな事」
大したことじゃない、大丈夫さ、気にしなくていい、動物を飼うのは止めよう、約束する、言おう、言おうと考えた。けど、口が言えない。言葉が閊(つかえ)る。
「、、、その、あの、美代ちゃん」
「楽しかったわ。今まで。ありがとう。さようなら」
無理して迄、笑窪を作る。
「僕もだよ。美代ちゃん」心とは反対だ。
そして、別れた。






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