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2021年6月の記事一覧

きのうのアボカド

きのうのアボカド

「きのうのアボカドかっ!」

付き合い始めてから8ヶ月と3日の明日香にそう叱られた。
“きのうのアボカド”
まったく意味がわからない。

久しぶりに2人の休みが重なって、朝一番に洗車してきたミントブルーの僕の愛車でちょっと遠出のドライブをしていた。
高速道路の出口でうっかり降り損なって
「あ、今のとこで降りるんだった」
と、つぶやいたその瞬間にその言葉は僕の左のこめかみあたりをめがけて飛んできた。

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燻製牡蠣のソテーと名古屋港水族館

燻製牡蠣のソテーと名古屋港水族館

正直に言う。
僕は浮気をした。

休日出勤をした日曜日、帰宅するとリビングに鞄を置いてとりあえず風呂場へ向かった。
汗を洗い流し、すっきりとした気分で美味しいビールを飲むための、これはいつもの儀式だ。そう、どこも可笑しな行動ではない。落ち着け。そうそういつも通りに。きっと、きっと大丈夫さ、上手くいく。

「ん?なんかいい匂いがする」

付き合って3年、一緒に住み始めて9ヶ月の彼女、結衣の声がはっき

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旅の匂い

旅の匂い

空港に着いてから迎えに来ているはずのドライバーと合流できるまでが大変だった。

日本の感覚だと必死に探すまでもなく、視線が重なった瞬間になんとなく伝わるものがあり、顔も知らない迎えのひととでも全く不安を感じない。
しかし、それがいくつもの国境を越えて降り立った国ともなるとそうはいかなかった。
デリー空港。それがはじめてのインドだった。

30分ほどキョロキョロウロウロしてなんとかみつけることができ

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ネコと海

ネコと海

たとえばそれは春の花だったり、誰かの香水だったり、Tシャツから香る洗剤のやわらかな匂いだったり…

きっと誰にでもひとつくらいは記憶の中に妙に懐かしさを感じる匂いがある。
私の中にもそんな匂いがあるのだけれど、それがいったいいつ感じた何の匂いなのかがどうしてもわからない。
春というわけでも、夏というわけでも秋でもなく、誰かの香水だったという記憶もない。
ただ不意にどこからともなく漂ってきて、鼻から

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