六炉 圏

執筆速度はかなりおそいのでどうかろくろ首くらい首を長くしてお待ち下さい。

六炉 圏

執筆速度はかなりおそいのでどうかろくろ首くらい首を長くしてお待ち下さい。

最近の記事

  • 固定された記事

祭後の三小説

今夜も月光、すごく綺麗だね 尊大な羞恥心と何だっけ。山月記は私に一番響く作品だったのに、もう内容を忘れてきてしまっている。ひょっとしたら、今の思いもすぐに忘れてしまうのかもしれない。それの善し悪しは私には判断がつかなかった。 キャンプファイアの揺らめく炎を眺めていると、遠くからギターとドラムの音が聞こえる。低いからかベースの音は認識できない。後夜祭特有の校内生徒への演奏だろう。聞き覚えのあるその曲はロックンロールと称しているけれど、切なげな歌詞と悲しい印象のメロディで、ロ

    • 捩急

      先頭に「捩急」と書かれた、それ以外はどこにでもあるような電車がやってきた。 「ただいま」 「ただいまは帰ってきた時の言葉でしょ」 「はいはい」 「はいは一回」 「相変わらずお母さんみたいだね、ライちゃん」 「大地の方は相も変わらず子供っぽいままね」 誰もいない田舎の町、ここに電車が止まるのは二時間に一回くらい。 「今日は二時間だけだけどさ、楽しもうよ」 「うん」 私はここにずっといるけど、大地の方はそうもいかない。遠いところから来た大地は次の電車で帰らなきゃいけないのだ。

      • 晴れた七夕、路傍に花束。

        バルコニーに置かれた、サイダーの入ったコップからカランと氷の音が鳴る。最近までココアで体を温めていたのに、今では机の上に空のアイスがあるのが当たり前になっていた。彼女はそれを今日も放っておいて、月に照らされている。前まで辺りを照らしていたランタンの灯りは随分前に切れてしまった。 「明日かぁ。というかあとちょっとか」 いつも通り、右隣の彼女は笑顔を浮かべている。その表情は昔から変わらず、懐かしいセーラー服姿が自然に思い浮かんだ。月明かりは放課後の西日で、僕は大きすぎて合

        • 憂鬱な妖精

           プロローグ 今日のお昼は学食にしよう。いつもは母が父の分まで合わせてお弁当を作ってくれるから学食を利用するのは母が寝坊した日と決まっていた。  愛妻弁当ならぬ愛母弁当を断るのに少し申し訳なさはあった。マザコンではないけど、いつも自分の時間を惜しんで作ってくれる母の気持ちを無下にするのはいかがなものか。そう思いながらキッチンの母に深呼吸を一つして、 「きょ、今日はお弁当はいらないよ」  らしくもないことを言うもんだから声が上ずってしまった。  それに対して母は、意外

        • 固定された記事

        祭後の三小説

          サンタクロースなんていないと思う。

          あれからそれなりに忙しい日々を過ごして、一か月とちょっと経った。思い出せることも、思い出したくないこともない無感情な一年だったと、斜め上のカレンダーを眺める。だけど、あの日のことだけはずっと忘れられず、思い出したくもない思い出として脳に鮮烈に記録されている。世間の浮かれたクリスマスと違って、この家のクリスマスは薄明りの部屋に暗い気分の自分だけ。まるで四十九日のようだった。静かな部屋に缶の開く音だけが気持ちよく響く。  彼女がいなくなってから、後を追うように死のうなんてドラマチ

          サンタクロースなんていないと思う。

          下手なピアノ

          海の上のピアノ、のを二回重ねて不自然な文法は、不自然な言葉は、この街の波音を指すらしい。海の上のピアノ、なんてどこかの映画タイトルからとったような言葉は、でもその汚さを見えなかったことにするフィクションに負けないくらい綺麗だった。写真には写せない美しさが僕の街にはあるのだ。 昔からこの街に住む僕が、その言葉の意味をきちんと感じられるようになったのはつい最近になってから。昔からこの街に住んでいたから、波なんてたまにうるさく感じるだけだった。海なんてただ汚いところで、ピアノな

          下手なピアノ

          冷えたドアノブ

          「本当はそんなこと思ってないくせに」 なんて言葉を告げて、この場を去る。何が本当かなんて曖昧で分からないけど。何を彼女が思ってるのかなんて全く分からないけど。 「うっ」 彼女が泣いてるのに、彼女を泣かせてるのに、そのままにしてこの場を去る。このままならもう二度と戻ってこれない。そんな気がして扉を閉めてからしばらく無言で立ち尽くしていた。今ならまだ、戻ってこれる。今ならまた、やり直せる。 だけど、俺は歩みを進めた。馬鹿みたいなプライド、自分のことばかりの歩みを進めた

          冷えたドアノブ

          キモオタ。

          「誕生日」 と呟いた。同じ日に同じようなことを繰り返してもつまらなくなるのは当たり前だ。その癖とうとう誰も祝うことがなくなったのだから、誕生日なんてもうどうでも良くなっていた。だからついさっきまで、その存在すら忘れてい た。それよりも大事なことがあったから、というのもあるだろうけど。その「大事なこと」がまるで自分のために用意されたかのように思えて少し嬉しくなって、そのあとすぐに虚しくなった。 明日、時計の針は0を回ってるからもう今日か、夜になるまでに何をしようか考えて

          キモオタ。

          二番線のホーム

          騒音の中、人混みの中、はたまた大雨の中、ホームに一人、佇んでいる。イライラするのは気圧の変化によるものだ、そう言い聞かせて小刻みに右足がステップを踏んだ。どこからか舌打ちが聞こえた気がするのはワイヤレスイヤホンの不調によるものだ、そう言い聞かせて自分の世界に閉じ籠る。 『馬鹿だよね、ごめんね、気づいてあげられなくて』 うるさいから耳に栓をしたのに、頭の中にノイズが混じって音楽に集中できない。僕は確かに君を振った。だから、後悔なんて、悲しみなんて覚えてはいけないのに。人の心

          二番線のホーム

          月とパイナップル

          今日は月が綺麗だ。いや、別に夏目漱石を意識したわけじゃないけど。中秋の名月と朝、テレビの天気予報が報じていたっけ。珍しく見上げた夜が、そんな珍しい芸術品なら最近の憂いもどうでも良く思えてしまう。この日が自分のためのものにあるとすら感じてしまう。日というよりは月か、そんなことはどっちでも良いな。僕の視界は上の空に釘付けのままで、頭もなんだか上の空になってた。 「ちょっと。遅いよ」 語気から判断するに怒ってるみたいだ。そんなここまで来るのに時間がかかった覚えはないけど。 「ね

          月とパイナップル

          春は昔、山河になった。君に今も、桜はならない。

          春はあけぼのと言うけれど、あの春の天災は午後に起きた。地面が揺れるなんて感覚を文化圏関係なく世界中に知らしめることになったそれを、しかし予想できた者はいなかっただろう。いたとしても、その人間は狼が来ていると叫んだ少年のように、信用されることはなかっただろう。 その天災は、今は昔、そう呼べるほど昔のことではない。今もほら、リモコンの電源をつければ「あれから何年」なんて言葉がどこもかしこも連ねられている。被災し続けている方々がいるという情報が、ネットの海を飛び交いつづけている

          春は昔、山河になった。君に今も、桜はならない。

          夕焼けに染まる月

          教室の扉が開いて、涼しい秋風が部屋を包んだ。引き戸式のそれを開けたのは僕じゃない。アクセサリーの鎖が鎖骨の一部を隠している彼女だ。身に着けている月のネックレスは、窓から差し込んでくる太陽光を反射して月光の原理を目に焼きつける。彼女はなんで? と少しだけ目を丸くしたけれど、すぐにまあどうでもいいかとでも言いたげに直角に体全体を曲げる。別に彼女はしゃべれないわけではない。ただ、声が細いことを気にしてあまり喋らないようにしているのだ。だから彼女にとっても、僕にとってもこのそっけなさ

          夕焼けに染まる月

          サクラサク

          桜が一つ、また一つと散って落ちていく。そうやって満面のピンクに染まったグラウンドを右足、左足と強く、印象に残るように踏みつける。今日でお別れをしなきゃならない。この学校とも、好きな人とも。 つきそいに来た母は 「もう大きくなって」 なんて涙を式の前からこぼす。やめてよ、私より子供っぽくなっちゃうの。やめてよ、私のことなんて好きでもないくせに。中学受験のために塾に通っても全然成績が伸びなかった時、なんでこんな子に育っちゃったんだろうってお父さんに話してたの、私知っ

          サクラサク

          サンタクロースはいない

          ぬいぐるみ 「ただいま」 言葉は空へと消えていく。シングルマザーの家庭で育った僕は一人、夕日のような常夜灯に照らされていた。別に今に始まったことじゃないし、僕のために働いているからこうなってしまっているのも分かっている。分かっているけど、こんな日になると他の何でもなくて、母の温もりが欲しい。そう感じてしまうのはまだまだ甘えているからだろうか。 ゲームをしていたらいつの間にか時計は七時を回っていた。もうしばらく新しくゲームは買ってもらえていないから、飽きている。でも、何

          サンタクロースはいない

          祭後の三小説外伝

          エピローグのプロローグ:やり直せないよな 学校に行きたくない。そんな言葉を親に伝えてもきっといじめだとか体罰だとか曲解するだろう。私の繊細な機微なんて、彼らは経験していても忘れてしまっているのだ。どれだけ強く刻んだ字でも、いつかは掠れてしまうように。私だってそのくらいは分かってるから言わない。でも、言わなくてもこの気持ちが消えることなんてない。だから、行ってきますも言わずに学校へと向かう。 祭りの後の学校は、装飾はまだ残っているのにどこか寂しく見える。これは毎年のこ

          祭後の三小説外伝

          夢、燦々

          都合の良いお伽話に夢を見ていた。都合の悪いことには蓋をして、なかったことにして夢を見ていた。ずっと見ていたかったのに、夢はいつから覚めて被害届の一つでも出したくなるような現実に対峙する。 最初は誰かお姫様かなんかがいるもんだと思っていた。自分にとってだけの特別な存在。でもその子は悪人に束縛されていて、それをいつか僕が助ける。そしてその子と幸せな日々を暮らす。だから、そのいつかが来るのを待っていたし、僕には悪を倒す力があるんだと信じていた。 そんなわけはなかった。