祭後の三小説外伝

エピローグのプロローグ:やり直せないよな

学校に行きたくない。そんな言葉を親に伝えてもきっといじめだとか体罰だとか曲解するだろう。私の繊細な機微なんて、彼らは経験していても忘れてしまっているのだ。どれだけ強く刻んだ字でも、いつかは掠れてしまうように。私だってそのくらいは分かってるから言わない。でも、言わなくてもこの気持ちが消えることなんてない。だから、行ってきますも言わずに学校へと向かう。
祭りの後の学校は、装飾はまだ残っているのにどこか寂しく見える。これは毎年のことだっただろうか。足どりは重く、自然と視線は下がる。自分のしたことは、今になっても後悔している。ごめん、私はあなたを傷つけるつもりはなかったの。でも、じゃあ私の好きは全部なかったことにしてしまえたの? 私の心の声なのに、到底私のものとは思えなかった。醜くて、見たくもない。
下駄箱で上履きに履き替える。履き替えた靴を持ち上げようとしたけど、途中で落としてしまった。何もかも上手くいかない。ゆっくりと手を下に伸ばしはじめると、不思議と静かなはずな玄関に酷く切ないあの曲が聞こえる。いつになったらこの曲は終わってくれるのか。耳を塞ぐことはせず、靴を拾い直すと横からの視点に気づく。そこには、裏切ってしまった彼女がいた。
「あっ」
目を合わせるも何も言えなかった。向こうも何も言わなかった。ゆっくりと、視線を下へと戻す。聞こえていた曲はこういう時に限って聞こえなくなって、沈黙だけが私の全てを包み込んだ。彼女とまた視線を合わせてしまうかもしれない気まずさと、飲み込むような空気感への恐怖から逃げるように素早く動く。前までなら、彼女と会うと笑顔が絶えなかったのに。今となってはそんなことを考えても後の祭りだ。ごめんなさいと心の中で呟いて、その場を離れた。彼女にはきっと届かないけど、こんな言葉届かないくらいがちょうど良い。
急いで階段を駆け上がったからか、少しの間肩で呼吸をすることになった。教室が並ぶ長い廊下には誰もいない。どこまで逃げてもどこまで逃げても沈黙と彼女に追われているみたいだ。下手なB級ホラー映画よりもよっぽど怖い。いや、下手だからB級なんだけど。私は自分の教室に一直線に進み、ぎこちなく自分の席につくとしばらく寝たフリに徹した。普段の彼女なら寝てる人間を叩き起こすようなことはしないだろう。今がその普段やら普通やらが通じるような状況ではないけれど。彼女には何をされても仕方ないと思う。初めて机に伏せて寝てみたけど、固くてとても寝れたものではなかった。
少しずつ人がクラスに集まってきて、祭りの時ほどではないけど騒がしくなってきた。寝ぼけた感じを出して自然に見えるよう起きる。彼女は結局何もしてこなかった。その事実に安心を覚えつつもどこか寂しさを感じた。彼女が私とまた仲良くしてくれるようになるなんて夢物語を信じているのか。喉も心も渇いた私は自販機に向かおうと廊下に出た。そこには、自分が思えばそれがロックなんて、頭の悪そうな言葉を並べていた私の彼氏がベースを背負いながら登校している。私は彼と目を合わせた。実は付き合ってからあまり彼とは話せていない。むしろ付き合う前の方がコミュニケーションを取っていたのではないか。だから、今日こそは何か話そうと私は
①元気に挨拶をした

②普通に挨拶をした

③結局何も言えなかった。

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