祭後の三小説

今夜も月光、すごく綺麗だね
尊大な羞恥心と何だっけ。山月記は私に一番響く作品だったのに、もう内容を忘れてきてしまっている。ひょっとしたら、今の思いもすぐに忘れてしまうのかもしれない。それの善し悪しは私には判断がつかなかった。
キャンプファイアの揺らめく炎を眺めていると、遠くからギターとドラムの音が聞こえる。低いからかベースの音は認識できない。後夜祭特有の校内生徒への演奏だろう。聞き覚えのあるその曲はロックンロールと称しているけれど、切なげな歌詞と悲しい印象のメロディで、ロックとは思えなかった。
「自分が思えばそれがロック」
なんて誰かの言葉が浮かんでくるが、誰の言葉でも良いやと思考を停止させる。ついた溜め息はどこかに溜まることなく空気へ消えた。
もう疲れてしまった。オロナミンCで癒そうとフタを開けたらそのまま地面に落ちた。いつもおいしく感じていた味も気持ち悪い炭酸へと豹変し私を責める。
「分かってるよ、私が悪いのも、もうどうしようもないことも」
揺らいでいるのは火だけではなく、視界全部になっていた。戻りたい、自分でも少し気持ち悪いくらいの純粋な妄想をしていたあの頃に。隣にあなたがいなくても、あなたの隣に誰もいなければそれで良かった。月明かりに照らされた涙はきっと誰にも、私にさえ届かない。
やっと思い出したもう一つは臆病な自尊心だった。

君の弦が動く
私は友人を裏切る形で、初めての恋人を手に入れた。彼女の恋愛相談を担っていた私が、彼の魅力に気づかされてしまったのだ。
「文化祭で告白する!」
と意気込んだ彼女への罪悪感は多分祭りが終わっても、もしかしたら墓場まで消えない。文化祭の前日、皆で準備をしている中、休憩時間をこっそり被せて想いを空き教室で伝えた。彼は戸惑いと迷いと憂いをごちゃ混ぜにしたような顔を浮かべた後、一度顔を下に向ける。そこから上がった顔にはさっきまでの表情とは一転した、眩しい笑顔があった。
「良いよ」
と言ってくれた。その時の彼の目が少しだけ曇っていたのは目を瞑っておこうと思った。

文化祭初日の朝に、空き教室で彼女に付き合ったことを告白すると、心にもないことを喋るように、もしくは心がないロボットの喋り方のように
「そうなんだ、おめでとう」
彼女はすぐにクラスへと向かった。絶望にまみれた目と、ナイフが刺さったような背中が私の罪悪感をより一層一生ものにしていく。謝って良いのかも、謝る資格があるのかも私には分からない。

後夜祭でバンド演奏するから体育館に来て、と彼に言われた。最前列で彼の出番を待っていたら、すっかり辺りは暗くなっていた。やっと登場した彼がベースを弾く姿は画になっていたが、それと同時に何かを嘆いているように思えた。酷く切ない曲が私を包み込む。

おやすみお祭り、さよなら泣き虫
少しの緊張と、まだ何もしていないのに額へと流る汗を感じながら円陣を組む。今までやってきた努力は無駄じゃなかった。それを今日、証明したい。
バンドをやったらモテるというのは本当のようで俺にも昨日、彼女ができた。文化祭の前日に話があると言われて事務報告なのか、と思うくらいにはあまりにも意外な相手からの告白に最初は戸惑ったけど、迷うことなくOKをした。これから送る王道な青春に心を沸かせている。

嘘だ。俺には好きな人が別にいる。すぐにでも崩れそうな繊細さが織り成す美しさに魅了された、なんて難しそうな単語を並べたけど、守ってあげたくなる可愛さにいつの間にか独占欲に近い欲を覚えたということだ。彼女も、多分俺に気がなかったわけじゃない。色々他の男より積極的に接してきたし、いつも俺を見つけては笑いかけてきた。それがただの痛い妄想でないことは証明できないけど。その彼女への好きな気持ちを俺は裏切ってしまった。俺は尊大な羞恥心で告白することもアピールすることも諦めてしまった。自らステージから降りてしまったのだ。
「自分が思えばそれがロック」
そう偉そうに彼女に言っていたことを思い出す。ずっと好きだった、伝えられなかったけど、を込めてベースを弾く。この気持ちもロックになって彼女に伝わってくれ、と思いながら奏でる曲は酷く切ないものだった。

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