ともこ

ヘリオセントリック占星術、タロットリーディング、kanaiプレートアート、カラー数秘な…

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ヘリオセントリック占星術、タロットリーディング、kanaiプレートアート、カラー数秘などを使い軽やかに生きるヒントをお伝えしています。生き辛かった自身の経験を活かして対面、zoomセッション行っています

最近の記事

軽度発達障がい、発達障がいグレーゾーンのこどものいるママ

”発達障がいの診断はついたけれど 普段からものすごい大変というより 何かスイッチが入った時に めちゃくちゃ大変と感じる” ”病院に行く必要性を今は感じていないけれど これまでの子育てで、 育てにくい しんどいと感じることが度々あった そして、今もそのしんどさが継続している” 発達障がいと一口言っても本当に様々で 知的障がいを伴うものとは大きく違いが出てきやすいのです 知的障がいに関しては 世の中的にもだいぶ知られているので 発達障がい云々が伴っているいない関わらず

    • 約一年経ってのヘリオセントリック

      何かが降って来たかのような感覚 これも全て宇宙から頂いたメッセージ そう感じずにいられない。 一年前くらいに 星よみをはじめて、怪しまれるだろうかとか、ちゃんと言葉にして伝えられるのだろうとか感じていました。 言語化はアウトプットすることで、形が見えて、価値が生まれる。 この一年それを強く強く感じました。 突然、はじめましての方の星よむこともこの一年ほどで何度もありました。 星よみしていなければ、お会いすることがなかったかもしれない方々。 オンラインになって

      • 5/21facbookライブ配信します

        星よみをするようになってもう少しで一年になります。 一年前と全く違う読み解きをしていることに気づいて、あの読みでやっていた自分に勇気あるでしょうを捧げたいw そのくらい今読めるものが違う。見ている世界が違うともいうんだろうと思うのです。 今度、facbookライブ配信なるものやるのですが、思考エネルギーの方とのコラボなので、出たとこ勝負w ご興味ある方は、facbookで、”遠藤睦子”をフォローしておいてくださいね!ライブ配信は2020年5月21日 14:00~ 双

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        • 障がいのあるこどもは幸せ?

          日々色々な方とリアルやオンラインでお話する中で 結構哲学ちっくなことをそれもとに考えることがしばしばあります。 その一つに障がいのある子は幸せ? という疑問です。 昨今、障がい云々以前に児童虐待ということも 私が子供の頃と比べると多くなっていると思います。 表面に出ている数なので、昔も一定数いたと思われます。 私も、今思えば虐待だったんだろうと思うことを実の親からされていたこともあります。 従わなければならないと思ってどうにかやり過ごしていましたが、 日常茶飯事に手を挙

        軽度発達障がい、発達障がいグレーゾーンのこどものいるママ

          不安な気持ちは不安定を呼んでしまう。

          ここ最近とっても相談が増えました。 信頼いただいて辛いお気持ちを打ち明けて下さること、ありがたくおもいます。 お話しを聞いて思うことは 福祉のことって、教えてくれるところがなかなかないということ。 困り果てている状態で1ヶ月以上待たないと相談にも乗ってもらえない 相談した先で、家庭の状況の考慮をしてくれないこと そこに驚くと同時に悲しい気持ちになります。 せめて私は、個人でも動くこと可能ですので、1ヶ月待つこともございません。 知りうる情報を相談の際に惜しみなくお話させ

          不安な気持ちは不安定を呼んでしまう。

          活動原点

          私がこの活動をする原点になった出来事のお話を今日はしますね。 すまいるるーむ代表の遠藤が、すまいるるーむを立ち上げた原点のお話 2010年の1月に第一子出産をした私。 それまで、自分で決めた仕事も長続きせず、学校も嫌で不登校だったこともいじめに遭っていたこともあります。 そんな私でも親になれた。 産んだだけじゃ親になれないって 気づいていなかった頃です 退院してから、こどもは寝ない 泣き方が尋常ではないことに 初めての育児でどこまでやっても終わりがない 産後半月もしな

          活動原点

          何かを手に入れるには、何か手放す。持ちきれないほど持っても使いきれない。でもね、手放すものをその瞬間の自分の感情だけで決断しない方がいいんだよ。断つのはいつだってできる。そっと横に置いておけばいいのさ。その置いた分、大切なものから拾い上げる。損得ではないもっと大きな括りなイメージ

          何かを手に入れるには、何か手放す。持ちきれないほど持っても使いきれない。でもね、手放すものをその瞬間の自分の感情だけで決断しない方がいいんだよ。断つのはいつだってできる。そっと横に置いておけばいいのさ。その置いた分、大切なものから拾い上げる。損得ではないもっと大きな括りなイメージ

          個々に想いってある。融合するときもあれば、そこにあるだけでもいい。必ずしも同じ場にいる人が、根底から同じ想いで誰に聞いても同じはないと思うし、あったとしたら組織として、団体として精査されたものにはならないんじゃないかと思う。良いものほど磨かれていく。良い意味でぶつかっていく感じ。

          個々に想いってある。融合するときもあれば、そこにあるだけでもいい。必ずしも同じ場にいる人が、根底から同じ想いで誰に聞いても同じはないと思うし、あったとしたら組織として、団体として精査されたものにはならないんじゃないかと思う。良いものほど磨かれていく。良い意味でぶつかっていく感じ。

          リーダー的な立ち位置ができるのって、生まれ持ってるもの。育ちでどうこうしてもなれなくもないけども。本質的な素質がある方が組織はうまくまわると実感している今日この頃。ヘリオセントリック占星術は、そういったことを読み解くの得意なんだなと再確認。想いだけでは人はついてこないのですね。

          リーダー的な立ち位置ができるのって、生まれ持ってるもの。育ちでどうこうしてもなれなくもないけども。本質的な素質がある方が組織はうまくまわると実感している今日この頃。ヘリオセントリック占星術は、そういったことを読み解くの得意なんだなと再確認。想いだけでは人はついてこないのですね。

          占いじゃないんじゃないかと思う

          よくテレビや雑誌で今週の運勢の類があるんだけど それは、占い感があるから 当たった外れたとかいう概念が発生するのも 不思議なことじゃない ヘリオセントリック占星術は 占いの要素より コーチングの要素なんじゃないかって思うことが ここ最近の感じ方。 なぜって、個人を読む時は 生まれた年月日で読むので そこって変わるものじゃない。 ただ、どのくらい心が成長しているかで 捉え方に違いが出ることはあるんだけども。 ヘリオセントリックでは、 内惑星と言われる水星、金星、地球、火星で

          占いじゃないんじゃないかと思う

          kanaiプレートアートで浄化

          明日から新しいメニューを追加するのです。 kanaiプレートアートは昨年末に無料体験でドンピシャ感があってそのまま基礎講座を受け 現在kanaiプレートアートナビゲーターな私。 ただでさえ、自分の内面を言語化するのは難しい 表面に見えてる、感じられてることならまだしも。 見えてない潜在意識を言語化なんて よく考えてもできるものじゃない 人はほとんど感じているのは、顕在意識。 よって潜在意識を自力でどうこうなんて よく考えなくてもどうにかならないってわかる。 それを5

          kanaiプレートアートで浄化

          未来への橋渡し

          時代時代でお役目がいろいろあるんですが、 生まれた年の冥王星の位置で年代あるあるなことは結構当てはまるのです。 私が当てはまるのは、天秤座の世代。 名前のごとく、バランスを取って公平に平和に。 前の世代と、後の世代を繋ぐパイプ役。 様々なことが今変わろうとしている中で とても重要な役割を担っています。 異なるもの同士の橋渡しは、この世代の人が持ち合わせているのです。 故に、間によく挟まれませんか? 上からも下からも 言い分を言われ、まとめる役だったり。 それを争いが好きでは

          未来への橋渡し

          居場所作り

          私が孤育てにならないために続けている活動 居場所作り 発達障害のことを話せる居場所だったり こどもたちが工作できて、普段なかなか会えない子と過ごすための居場所だったり マルシェ形式のイベントで、様々な立場の方が来られる居場所 こどもの悩みというより、ご自身の悩みが話せる居場所 これらは、今やってること マルシェ形式ものは5年になります それ以外も3年ほど。 イベントとして開催以外本当は、一箇所でやりたいと前々から思っているのです。 今は、ご厚意もあり、場所を貸していた

          居場所作り

          相談を受けるということ

          私自身の生き辛い経験もだけど こどもが2人発達障害ということもあって 相談を受けることは多い 自分の経験してきたことが 相談者さんの生きる活力になったり 前に進んでいくきっかけになったり 笑顔の素になれたり そういうお手伝いができればいいなと思って お話を聞いて私の持ってもの出し切るくらい出します。 ここまで1人で思い悩んできたという 親御さんも少なくない 私は、相談できるところが本当になく 寄り添いもなく、求めていること教えてくれるでもないところに 話をして余計に虚しく

          相談を受けるということ

          見えないものに想いを馳せる

          人はどのくらい見えないものを大切に思うのだろうかと時々思う。 見えないもの。 物質的でないものはおおよそここに入る。 人の気持ちも 電子マネーも コードレス家電も WiFiも。 所謂、占いの業界というのも見えないものを売っているとも言えるのかなと。 目の前にあるものだけでは 収まらなくなって来ている でも、こんな質問を投げかける。 “見えないものを大切にしてますか?” 結構な割合で、見えないものを 怪しいものと捉えている方が多いということ 目に見えることの方が大切と

          見えないものに想いを馳せる

          偶然なことは実はないということ

          生きてるなんとも偶然に思えるようなことって度々あるのですが 実はそれは偶然なんかじゃない 為るべくしてという必然。 私結構な確率で予感が当たる人でして、 邪念がなければ、ちょっと先のことが映像で見えたりはあるのです。 邪念が結構邪魔くさいので、この邪念どうにかなればなぁとは思いますが。 次こうなる!が、思い込みでなく 誰かの操作でもなく 空気の流れのように リンゴの実が木から落ちるように 見えて来たらどうでしょう? 少し間がある時、いや、少しじゃないかもしれないです

          偶然なことは実はないということ