辻村聡子

思ってもない、感じてもない、最早エッセイではない、でも小説でもない何物かを気が向いたら…

辻村聡子

思ってもない、感じてもない、最早エッセイではない、でも小説でもない何物かを気が向いたら書きます。

最近の記事

猪鹿蝶

花札の絵柄が好きで、小物を少しづつ集めている。 あの不思議な色使いも、かっきりしているのか若干雑なのか、よくわからない線の感じも良い。動物たちの表情は無機質なのに何だかユーモラス。 スマホのケースも花札柄でびっくりされるのだけど、それを手にしていると自分にもその「少しの翳り」の雰囲気が伝染して、何となくあらぬ方を見つめていたりする。 中でも好きなのが藤に時鳥の絵で、滑り降りるかのように飛ぶ鳥の、正になめらかな躍動感が他に無いと思う。赤い三日月を背にしてあの独特の鳴き声が

    • 周回軌道を離れて

      勤め帰り、洗顔料を切らしていたのでドラッグストアに寄ると、店内に懐かしい曲が流れていた。 スペインのポップグループ(←ジャンル分けすると多分こういうしかないと思う)”メカーノ”の曲で、まあ随分珍しい選曲だとは感じたけれど、以前たまたま入った地元スーパーで”ケタマ”の曲を聞いたこともあるので、それもありかもしれない。 私が今更語るまでもないけれど、独自の詩世界、ボーカルのアナ・トローハの透明感のある歌声とスペイン語の響き、80~90年代初頭独特の、日本で言えばバブリーという

      • みっちゃんとしづちゃん

        みつ子としづ子は双子の姉妹です。 でも二人は全然、似ていません。 それどころかその姿は全く正反対でした。 みつ子は真っ黒な髪に白い肌、目も鼻も口も小ぶりで身体は小柄、しづ子はいつも日焼けしたような皮膚の色で目が大きく、髪は少し栗色がかっていて背の高い女の子でした。 彼女たちの家はとても貧しく、だから仲の良い二人はどんな僅かなものでも等しく分け合います。もちろん、珍しいものが手に入ったときもそれは同じ。美味しいお菓子は半々に、綺麗な千代紙は半分に切り、真っ赤な薔薇の花も

        • 世界で一番美しい音楽

           夫が世を去って何年かが過ぎた。私は鍵の付いた、木目の浮き出た古い木箱の引き出しから白い布包みと、紫色のベルベットで覆われたオルゴールを取り出すと、部屋の西側に置いた箪笥の上にそれらを載せて手を合わせる。包みの中身は二つに割られたCD、それと今はもう鳴らないオルゴール。二度と聴くことはない音楽が詰められた物たち。  私はお見合い結婚をした。安定した生活、だけを考えて選んだ夫には正直あまり愛情はなかったけれど、穏やかで真面目なその人柄に私は満足していた。だが、夫と私は趣味にも

          おもてなしの"strong tea"

           その日も、モーニングを注文する人でごった返す時間を少し過ぎた朝9:00を回って、私が密かに「イギリス紳士」と呼んでいた常連のお客さんのひとりがやって来た。  今から20年程前、学生時代の私は自宅から2~3駅離れた所にあった小さなベーカリーでアルバイトをしていた。今ではよくある「イートイン」のパン屋さんで、売られているパンと喫茶メニューの他に朝7:00~11:00まではトーストとコーヒーor紅茶、ゆで卵の付いたモーニングセットも提供していた。  この自家製食パンを使ったモ

          おもてなしの"strong tea"

          オカンのたこ焼き

           大阪の家庭には必ず一台たこ焼き器がある、という噂は半ば以上真実で、私の実家(大阪北端の田舎町)もその例に漏れず、その昔、小さくて一度に九個しか焼けないが、油が染み込んで黒光りする、たこ焼き器というよりはたこ焼き用ミニ鉄板と呼んだ方がふさわしい趣の調理器具があった。私の母が、嫁入り道具、ではさすがにないだろうけれど、結婚前から持っていたものらしかった。  早速話が脱線するが、母はいわゆる「金の卵」と言われた世代の人で、中学を卒業するとすぐに小さな機械メーカーに就職した。早く

          オカンのたこ焼き

          真冬のそうめん

           大きくも小さくもないとあるメーカーに事務員として働いている。  ボールペンやポストイット、ノート、マーカーといった文房具から石鹸、ティッシュ、軍手などの雑貨の管理担当で、備品をもらいに来る社員への応対、時には社内メール便の依頼も受け付ける。まあ、のんびりとした部署で、私はたいてい他のメンバーよりも早く出社して、コーヒーを淹れ、十五分ほど一人でボーッとする。そういう時間がないと頑張れないのだ。  今朝も仕入れられてきた事務用品の山を眺めながら、何も考えたくない、でも私には

          真冬のそうめん

          もうひとつの玄関

           私の部屋には大小2つのクローゼットがあって、小さい方は以前、外に通じていた。  クローゼットの奥に、うっかりすると見過ごしそうな小さなドアノブがあって、開けると狭い通路がある。それを通り過ぎると結露なのか、時々頭上から冷たい滴のしたたる階段が続き、しばらく昇り降りしていくうちにマンションの裏の、ほとんど人の寄りつかない薄暗い公園に出る。  私は大分長いこと、そのからくりのような隠し通路を使ったことがなかった。閉所恐怖症で狭いところは苦手だし、公園にいきなり髪ボサボサでスウェ

          もうひとつの玄関

          毎夏の来客

           子供の頃、母の部屋から見える景色が好きだった。  家の二階、夏の暑い日に、西側の窓から長く続く下り坂を見下ろしていると、今にも陽炎が揺らめきそうなその道を年に一度、こちらへと登ってくる人がいた。涼しげな水色の、レースのワンピースを纏ってクリーム色の日傘を差し翳したその姿が我が家の陰に隠れて見えなくなって、程なくすると玄関のチャイムが鳴る。  外国人と思しきその女性は母を「お異母姉(ねえ)さん」と呼び、いつも流暢な日本語で母と二人きりの会話をしていた。私は祖母や父から挨拶

          毎夏の来客

          「趣味の話題」は果たして無難か?

           職場でお昼ごはんを食べていて、ふと同僚が前いた会社の研修の話をした。  隣に座った人(もちろん初対面)と何か話題を見つけて自由に10分間語り合う、という雑談スキルを磨く訓練のような課題があったらしい。とりあえずその同僚が隣に座った男性に「趣味は何ですか?」と聞いてみると 「競艇です」 という答えが返ってきて同僚(当時20歳女性)は、そんな「私もなんですよ~」という返事は9割方返って来なさそうな答えを平気でする人間との残り9分何十秒間かの会話に四苦八苦した、と怒りの思い

          「趣味の話題」は果たして無難か?

          おやすみのカレー

          「おめざのチョコ」みたいなものか。  先日、親しい仲間で集まって飲んでいると、評判のラーメン店の話になった。より美味しいものを求める食通ではなく、そこそこ美味しければそれでいい、という舌の持ち主であることと、子供の頃、父が外食嫌い(いわゆる潔癖症で誰が作ったか判別できない物を食べることができない。だがスーパーのお総菜なんかは平気で食べるので、その辺りの線引きはよくわからない)なため、店で出される料理を食べる習慣がなかったことで、私にとってラーメンとは家で食べるインスタント麺

          おやすみのカレー