毎夏の来客

 子供の頃、母の部屋から見える景色が好きだった。

 家の二階、夏の暑い日に、西側の窓から長く続く下り坂を見下ろしていると、今にも陽炎が揺らめきそうなその道を年に一度、こちらへと登ってくる人がいた。涼しげな水色の、レースのワンピースを纏ってクリーム色の日傘を差し翳したその姿が我が家の陰に隠れて見えなくなって、程なくすると玄関のチャイムが鳴る。

 外国人と思しきその女性は母を「お異母姉(ねえ)さん」と呼び、いつも流暢な日本語で母と二人きりの会話をしていた。私は祖母や父から挨拶をしろとも何とも言われぬのを奇妙に思いながら彼らの様子を物陰から見つめる。ニコリと微笑みかけられても、田舎町で異国の人を見かけるのは珍しかった時代、人見知りの激しい私は表情をこわばらせるばかりだった。

 彼女がいつも手土産に置いていくのはミントの入ったチョコレート。今では日本でもありふれているお菓子だけれど、その頃、それを冷やして食べるのは私にとっての特別な盛夏の味で、その強烈な甘さと清涼感に、不思議に懐かしい海の向こうの空気を感じていた。

 私が中学に上がった年に我が家が引っ越しをすると、その人が訪ねてくることもなくなってしまったが、今でも年一度の海外旅行と称して夏の休暇に留学中の従兄の家にお邪魔して、お土産に現地のミントチョコレートを買い求めるのは、あの夏の「こことは違う何処か」の風の薫りを毎年思い出すからなのかもしれない。



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