おやすみのカレー

「おめざのチョコ」みたいなものか。

 先日、親しい仲間で集まって飲んでいると、評判のラーメン店の話になった。より美味しいものを求める食通ではなく、そこそこ美味しければそれでいい、という舌の持ち主であることと、子供の頃、父が外食嫌い(いわゆる潔癖症で誰が作ったか判別できない物を食べることができない。だがスーパーのお総菜なんかは平気で食べるので、その辺りの線引きはよくわからない)なため、店で出される料理を食べる習慣がなかったことで、私にとってラーメンとは家で食べるインスタント麺のことになってしまっている。ので、ラーメン屋さんの話題にあまりついていけず、聞き役に徹していると、ふと美味しいカレーの店を食べ歩きしてブログを書いている友人のことを思い出した。もうほとんど、その著述が生業になりそうな域に達している彼が現状に至った経緯というのがなかなかおもしろいのだ。

 ラーメン談義で盛り上がったまま、近くにみんなで食べに行かないかということになり、私たちは一旦飲みを切り上げて、歩いて5分ほどのところにある中華屋へぞろぞろと移動した。歩きながら、何だかでっかいトンカツがのったカツカレーが食べたくなってきたなあ、なんてみんなの思惑を他所に考えながら暖簾をくぐると、僕は、もう定席になってしまっているカウンターの一番壁際の席に着いた。

 この店ではだいたい鶏ひき肉のカレーを頼むことにしている。季節によって具の野菜が変わるので、夏の間は茄子やトマトだったが、そろそろきのこが入ってくる時期だ。最近では美味しいだけでなく、なるべく「身体に良さそうな」カレーであることも重視していた。ブログを書くために、という理由だけではないけれど、1日3回カレーを食べることも珍しくない僕にとってその条件はけっこう重要になってきている。いくら記事にするとはいえ、そんなにカレーばかり食べることはないだろう、単にいつもカレーを食べていたい、ただのカレー好きなだけではないの?と言われるかもしれない。それは半分当たっていて、半分ははずれている。ただ、ある訳があってこれからも僕は尋常でない頻度でカレーを食べ続けなくてはならないことは確かなのだ。まあ、好きだからいいけど。
 
 最初、僕は本当にただのカレー好きだった。週に1~2度、本格的なシーフードカレーを家で作ってみたり、美味しいと評判のカレー店へ出かけてみたり。それで満足だった。いや、それで「満足」なのは今でもなのだが、だんだんカレーを食べる「必要」も生じてきたのだ。

 ある頃から僕は不眠に悩まされるようになった。休日の夜だけは寝付きが良いので仕事のストレスかとも思ったが、職場でそれほど嫌な思いをすることもなかったし、普段でも夕飯にカレーを食べた日はすっと眠りにつけるのだ。逆にカレーを食べない日は一睡もできない。いや全く眠っていないことはないのだろうが、それに近い状態なので昼間の業務にけっこうこたえる。困った僕は心療内科に行くことも考えた。が、症状をなんと訴えよう?

「カレーを食べないと眠れないんです」

 そんなバカな話があるかと、それこそ馬鹿にされるか、怒られるか。でもこのままでは、僕は眠るために毎晩カレーを食べ続けなければならなくなる。思い切って何年か前にできた、近所のメンタルクリニックをたずねてみることにした。

 診察室に入ると、細身で眼鏡をかけた「何でも話せそう」と「迂闊なことは言えない」という相反する二つの印象を相手に与える、年齢不詳で独特の雰囲気を持った医師が静かに座っていた。

 今日はどういったことで、だか、どういった感じで?といったような、ふわっとした質問で穏やかに診察が始まった。僕はとりあえずカレーのことは置いておいて、夜眠れなくて困っている旨を述べた。
 何かきっかけはあったか、とか、初診だからなのか生い立ちや子供の頃の家族構成なども聞かれて、30分ほども喋っただろうか、不意にこう質問された。

「こうしたら眠れるとか、逆にこれがないと眠れない、とか条件付きの不眠、という向きはないですか?」

 医師は僕が語り出すのを静かに待った。

 だが、随分長いこと沈黙が続いて耐えきれずに
「今はちょっと・・・話す勇気がないです。なんか恥ずかしいので」
とやっと答えると、医師はうなずいて、寝付きが良くなる睡眠薬を一種類処方します、と言ってその日の診察は終了した。

 残念ながらその薬は全く効かず、僕はやはり好きだから、なのか眠るため、なのかわからないまま夕飯にカレーを食べる日々だった。その後も思い切ってカレーのことを白状することができず睡眠薬の種類は増え、より強力なものになっていったが、カレーほどの効果は認められなかった。とうとうたまりかねて

「僕、実はカレーを食べないと眠れないんです!!」

と、ある日の診察で一番にこう叫んでしまった。すると医師はそんなのわかってたよ、という感じで、全く同じ症状を訴える患者が月に1~2人は必ずいると言った。厳密に言うと、対象の食べ物はカレーではないこともあり、ポテトチップス1袋(それも絶対コンソメ味)、白くまアイス、きつねうどん、ドーナツ(オールドファッション)など多種多様。何か特定の食べ物を食べないと具合が悪くなる、という人は多数いて、中には卵焼きを1日3回食べないと貧血を起こして倒れるという人もいるらしい。本当に医学的に貧血の状態なのかは謎だが。

 医師はこんな話を続けた。その昔、子供の頃から踊りを習い、成長して不世出の天才と言われたスペインのダンサーがいたのだが、彼女は生まれつき腎臓の病を持っていた。そのために踊って大量の汗をかく、つまり腎臓を介せず老廃物を排泄することによって生命を維持していたという。まあ、半分は伝説かもしれないが、いったい彼女は生きるため、生計のために踊っていたのか、踊るから生きていられたのか。何かひとつのものにのめり込むことと自身を保つこと、この二つが表裏一体となった究極の例だと、医師は言った。

 僕はこの先おそらく、治療を続けてもカレーを食べずに眠りにつくことは不可能なのだろう。ならばカレーを食べ続けよう。なんだ、それでいいじゃないか。やっぱり、僕はカレーが好きでしょうがない、ってことなんですねと言って、それきりもうそのメンタルクリニックへ通うことはなくなった。

 僕はその頃書き始めていたカレーの食べ歩きブログを本格的に著作にすることに決め、それと同時に1日1回夕飯に食べていたカレーも1日2回、3回と食べなくては心身のバランスを崩してしまうほどになったが、それでもいいと思った。カレーさえ食べてりゃOKなのだから。それでカレーが大好きなら言うことはない。腎臓を患っていたダンサーも別に無理をして踊っていたわけではないでしょう、きっと踊ることを愛していたはずです、という医師の言葉を僕は思い出していた。

 鶏ひき肉のカレーを食べ終えて店の外に出ると、辺りの飲食店はもうどこも閉店時間で、隣のラーメン屋も店じまいなのか、飲み会の後という感じの5~6人の客が1度に出てきて、その中に僕の友人の女性がいた。彼女はつかつかと僕に歩み寄るとこう言った。ねえ「大食い選手」っていうのは「職業」なの?
 
 そうだとしたら不思議だな。彼らはたぶん、食べることが大好きで大食い選手になった。そして「食べるため」に食べている、ってことか?

 私は彼がそう言うのを聞いて可笑しくなった。カレーの食べ過ぎなのか、一時よりかなり大きくなってしまっている彼の胴回りを見てこのままじゃ身体壊すなー、と思った。そして飲み会の話題になった人気のラーメン食べ歩きブログの数々を思い出して、その中には「自らの意志とは関係なく」愛するものに引き込まれていって、それが人生、だと確信している人もきっと少なからずいるんだろうな、とまた思った。少し羨ましく感じて、それからちょっと身震いした。

#エッセイ

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